《短編》バジル
更新が遅くなってしまってすみません。そして短編集だ何だと言いつつまた全然短編でも無くなりました。もうただの番外編………
「………ねぇ、バジル」
「何でしょうお嬢様」
「あ、今日はそっちなのね」
「ふふふ」
広い部屋に所狭しと並べられた色とりどりの服や装飾品の数々。そして色の海でクルクル、クルクルと上機嫌に泳ぐのはこの部屋の主であるバジル・ミラーグース。そしてそんなバジルの着せ替え人形になっているのは彼女の上司であり友人であり、妹の様に大切に大切にしているエキナセア・バートム。尤も、そのファミリーネームも家と国を出た今となっては使用していないのだが。
「お嬢様お嬢様、次はこちらを」
「はいはい」
ちなみにどうしてこんな事をしているかというと、事の発端は1ヶ月前に遡る。
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「どうしようかしら」
だだっ広い草原を獣化して1人で疾走しながら思い出すのは先程行われた“murasaki”に連なる者達を集めた会議。現在バジル率いる"murasaki”では数年後に行われる首脳会議に向けてドレスや男性の礼服を周辺諸国へとアピールしていた。そしてその進捗がかなりいい感じへと進んでおり、成果も予想以上に出て来ているので「皆の頑張りに少しでも報いたいわ」と言うエキナセアの発言により従業員に臨時ボーナスが与えられる事となった。そして一定以上の上層部には余程無茶な物で無いのならばエキナセアが簡単な望みを聞き入れてくれる、と。
「望み…………」
勿論文字通り普段の給金へ上乗せという形でも良いとは言われている。ただエキナセアにはそれなりに他方面への顔も効くので今回の『臨時ボーナス』ではそういった面での都合を付けてやったりもしているそうだ。
「みんなもう要望を出し終わったから後はバジルだけだから、また何か考えておいてね」
そう言って微笑むエキナセアの愛らしい姿を思い出してぐん、とまた一段走るスピードが上がる。
ーー考えといてって言われても……お嬢様の近くで仕事ができてるだけでも幸せなのだけれど………
しかし折角の機会なので何かはお願いしたい。が、考えが纏まらず悶々とするだけだったのでこうして獣化して草原爆走する事で気晴らしをしているのだが。
「フン」
先程から視界の端にチラチラ、チラチラと映り込んでいる緑だらけの草原では嫌に目立つ鮮やかな青色には気が付いたが鼻を一つ鳴らすに留めて無視した。無視して走って走って走り込んで、ふと思い至った。
よし、『女子会』をしよう
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「と、言う訳でお嬢様。是非ともわたくしと巷で流行っているらしい『女子会』なる物をして頂きたいのです!」
「えぇ……そんなの普通に『友人』として誘ってくれたら行くのに』
「ぐぅっ!!」
私は今、感動している。咄嗟に抑えた胸もいっぱいで爆散しそうである。
ーーやはりお嬢様は至高です!!
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そうして実行された本日の『女子会』。お嬢様と2人きり。何て素晴らしく良き日なのでしょう。ああ、このドレスも素敵。お嬢様の瞳の色ときっとよく合って………
「ねえバジル」
しかしそんな思考は至高の存在であるお嬢様の御鶴声によって中断される。素敵。考え事の内容もお嬢様でそれを中断してもお嬢様。なんて素晴らしいのかしら女子会!
「何でしょうお嬢様」
まだ何も話していないのに満面の笑みを向けられて不思議そうにきょとりとした表情をなさるお嬢様。
ーーああ、その表情。素晴らしく岩兎に似ていますわ!全力疾走してエサまで近付いたのに全力で近づき過ぎて逆にエサを見失ってしまってキョトンとする岩兎に本当に似ています!いえ、この言い方は失礼ね。そう、むしろ岩兎がお嬢様に似ているのよ。やはりお嬢様が至高。
心の中の私が狂喜乱舞している事に気が付かないお嬢様はそのまま続ける。
「女子会って……」
「えぇ」
ーー最高ですよね!
そう思いつつ思わず漏れ出た鼻歌をそのままにまた別のドレスをエキナセアへと合わせる。相変わらず素晴らしくよく似合う。ここのデザイナー、うちに引き抜けないかしら。
「友人を一方的に着飾らせる物ではないと思うの………」
……………え?
手にしていたドレスがパサリと手から滑り落ちる。声を出そうと思うと吐息が震えた。
「な…何ですって………?それは本当ですか?!女子会とは好きな相手を好きなだけ(自分の)着せたい服と物で飾り立てても良い会なのでは無いのですか………?!」
「違うと思うわ」
あまりにも無情な情報に思わず膝から崩れ落ちる。
「な、何てことっ………では、では私はこの衣服達をどうやってお嬢様に押し付け…ン゛ン゛ッ!受け取って頂ければよろしいのですか?!」
「………普通に自分で着ればいいと思うわよ」
「ダメです!!そんな事をしては意味が無いではないですか。一体私が何の為にこのドレス達を掻き集めたのか分からなくあるではありませんかっ」
ーーだって、だってこれらは全て最初からお嬢様の為に用意したんですもの。そもそも私とお嬢様では体格が違い過ぎる。
「本当、仕事場での貴女しか知らない人が今の貴女を見たら確実に『そっくりさん』とやらに見えるんでしょうね………」
「私の計画があぁぁぁ…………!」
噛み合わない2人の会話に割って入る者は居らず、そこにはひたすら遠くを見つめるエキナセアと余りのショックに起き上がる事が出来ずに膝をつき項垂れるバジルが居るだけだった。
しかし数日後、バジルの部下達は今にも花を飛ばさん限りに上機嫌な上司を見た。理由は言わずもがな、上司の上司である。
「ほら、結局女子会もなんだかよく分からない感じになってしまったし。バジルはお金に然程重きを置いている訳ではないから、どうしたら喜んで貰えるのかしらって思ったんだけれど。ごめんなさい、結局分からなくて私が渡したいと思った物にしてしまったの」
昨日の終業後、そう言ってワクワクとした表情をしたエキナセアがバジルに手渡したのは掌よりも少し大きい長方形の箱。震える声で「開けても?」と問えばにっこりとした微笑みで了承の意を表し開封を促す。とろりとした質感の浅葱色の包装紙を開ければ上品な濃紺色に銀糸で飾り付けられた繊細なデザインの箱。そっとあければそこにあったのは
「万年筆………?」
「ええ。なんでもガラスで出来ているんですって。あ、勿論ちゃんと実用性もあるの。きちんと文字も書けたわ」
普段自分が使っている物とは随分と見た目が異なる華やかで華奢に見えるそれは、先端から上部へかけてゆるりと螺旋を描いており『流線形』とでも言うのだろうか。美しい曲線美でそのまま飾っておいても問題が無い様にも思える。そして何よりもこの色。
ーーっこれは………!
思慮深くも慈しみを感じさせる様な深い灰色。そしてこの透明感。
ーーお嬢様の瞳にそっくり!
これだけでバジルにとっては価値が有りすぎる物になった。なのに「あと、私も欲しくなってしまったからお揃いなの」と、はにかみつつもそう伝えられた言葉にもう駄目だった。様々な想いが溢れかえって胸が痛い。
ーーよし、家宝にしよう
しかしバジルがそう強く決意したのを感じてか、笑いつつもエキナセアが出来れば使ってくれると嬉しいと言うので即座に頷いた。嬉しすぎる想いをエキナセアをぎゅうぎゅうと抱き締める事で何とか抑え、彼女と別れた後は夜にも関わらず先日と同じ様に再び草原を大爆走した。何なら今回は高揚が治らずその足でここ最近何件も被害報告が挙がっていると小耳に挟んだ害獣の群を見つけ出して殲滅しておいた。
ーーふぅ。少しすっきりしたわ
帰る頃には血みどろで、それを偶々目にしてしまった人々からはミラーグースだ何だと遠巻きにされたが別に間違っていないので放っておいた。後日、非常に複雑そうな顔をしたディルが仕事中に「悩みがあるのならフューを向かわせるぞ」と全然嬉しくも何とも無い提案をしつつ害獣駆除の報酬の書類を持ってきた。しかし手元にあるお嬢様とお揃いの万年筆で仕事を捌きつつ毎分毎秒溢れ出てくるお嬢様への愛情を噛み締めるのに忙しいので無視しておいた。
本当に、本当に、やっぱりお嬢様は最高ですわ!
書きながら「なんかバジルが限界ヲタクみたいになってる……」と思ったのですがよく考えてみなくてもエキナセアの限界ヲタクなので間違ってないな。ならいいか。と思い強行しました。仕事は出来る子なんです。
仕事は、できるんです!←