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ああ、大いなる海よ

作者: 殻栗ポルタ

 きっと誰も信じてくれないだろうが、実際に僕が体験したことを忘れないためにも、また皆に知ってもらうためにも、僕は今こうして慣れない文章を書いている。

 僕の名前は大海(おおみ) (かい)。中学二年生だ。海沿いにあるこの町に生まれ、今でも住んでいる。小さい頃は海が大好きで、友人たちとよく泳いで遊んでいた。そんな僕だったのだが、この出来事のせいで海が嫌いになったのだ。


 それはこの夏の初めのことだった。夏休みを目前に控えた僕は、毎年恒例行事のように海で遊ぶことを友人たちに提案した。いつもなら満場一致で泳ぎに行くのだが、今年はある1人が反発した。河本(かわもと) 優貴(ゆうき)だ。

 彼は本が好きで、いつも手の中に本を抱いている。そのうえ、本に影響されやすく、新しい本を読み始めた途端、今までと考え方が真逆になっている、なんてこともしばしばあった。今回もそのパターンだろう。どうせ海の恐怖みたいな本でも読んだのだろう。

 何度も説得を試みたが、彼は反対しつづけた。馬鹿馬鹿しいほどに猛反発してきた。僕は適当に流した。本を抱く彼の手は震えていた。その震えは怒りなのか恐怖なのかよくわからなかった。彼は突然本を机に投げつけ、彼は教室を出ていった。その本は何だっただろうか。確か表紙にはなにかの怪物や目などの装飾のついた円が描かれていた気がする。結局、優貴以外の全員で海に行くことになった。


 夏休みが始まってから少したち、僕たちは予定通りに海の前で集まった。一応優貴にもう一度電話をしてみたが、彼はそもそも電話に出なかった。 午前中は海に体を慣らしながら泳いだり、ボートに乗ったりした。そして友人が持ってきたシュノーケル用のゴーグルなどで海の中を覗いたりしていた。

 昼、皆がご飯のために浜に戻ったあとも僕は一人でシュノーケルを楽しんでいた。そろそろ戻ろうかと思った時、僕の視界にあるものが映り込んだ。いかにも人工的な、岩でできた扉のような物が水面近くの岩場にあったのだ。しかもそれがとても不気味なオーラを放っているように見えるのだ。途端に僕は冒険心に駆られ、まるで学者のようにその扉を調べた。

 近づいていくと彫刻が施されているのがわかった。この世のものとは思えない、なんとも美しい彫刻だった。あの美しさはなんとも名状しがたいものであった。だがその彫刻は美しさだけでなく描かれている物自体が奇妙だった。タコのような頭部を持ったドラゴンのような体の生命体を多くの人間が崇拝する様子や、完璧な正円に目のついた模様が刻まれていた。

 その上なにか見たことがあるような模様だった。その時は思い出せなかったが、今思い返せばそれと同じ模様が優貴の本の表紙にあったのだった。

 僕の冒険心はついに最高潮に達し、なんとしてもこの扉を開けて隠された謎を解明しようと考えた。いや、考えるよりも先に体が動いていた。僕は開ける方法を探した。扉の隙間は狭く、掴めそうな余裕はなかった。近くにてこにつかえるほど頑丈な流木はあるわけがなく、扉をノックしても声を出しても反応はまったくなかった。

 気がつくと日は既に西に傾きはじめていた。友人たちも心配している頃だろうと考え、昼ごはんを食べるついでにバールや懐中電灯、バッグ、靴などを取りに自分の家に向かった。あの扉の位置を忘れないように、たまたまあった細長い流木を扉の近くの砂が溜まっている所に立てておくことを僕は忘れなかった。

 でも僕はここで気づくべきだった。気にせずそのまま帰るべきだった。愚かな冒険者精神によって大いなる恐怖に陥れられることを。


 友人たちをおいて、僕は細長い流木を目安に扉へと再び着いた。そしてバールを扉に挟み、思い切り引いた。想定していたよりもずっと軽く、扉はすぐに開いてしまった。そしてその次の瞬間、扉がすごい勢いで足元の海水を飲み込み、僕は足をすくわれた。急いで近くの岩につかまったが、足が扉に挟まってしまった。激流のせいで足が思うように動かせない。足を外そうとバールを必死で引くと、扉はすごい勢いで開いた。海水はより一層激しく流れ込み、岩を掴んでいた腕がもたず、ついに僕はその扉の中へ飲み込まれてしまったのだった。


 ずいぶんと落ちた気がする。辺りは闇に包まれていた。 僕は手探りで懐中電灯を探した。少し離れたところに落ちていた。完全防水で結構耐久度もあるから問題なく使うことができた。

 上を照らしても天井が見えない。そんなに落ちたのか。水に包まれていたとはいえ、ほぼ無傷だったのは奇跡としか思えなかった。

 それよりも奇妙なのは扉だった。水が流れ込んでこない。気がついた頃にはあの扉が閉まっていたのである。海水が上手く押したのだろうか、そんなことも考えたが納得はできなかった。

 少ししてから、いつの間にか足元の水が減っていることに気づいた。どこかに穴があって、そこから抜けているのだろうか。懐中電灯を頼りに探していると、岩に入った亀裂が見つかった。だが水が少しずつ出るほどの小さな亀裂であり、脱出できそうなほど大きくはなかった。

 これまた奇妙なことに、その亀裂を覗くと、その奥にとても大きな空間が広がっていて、底の方から青白い光を確認することができたのだ。それはまるで青空のような色で、月面から地球を見ているような感覚になった。こんな地下世界に光る空なんてありえないと思ったが、もしかしたらあり得るのかもしれない。少なくとも中学生の科学の知識では、到底理解できない現象であった。


 数分が経ったと思われる頃、ようやく自由に歩き回れるくらいの水位になった。

バッグの中に入っていた靴やタオル、服などを取り出し、少し上がったところで着替えた。

懐中電灯を持ってあたりを照らすと、一方向に進む道が見つかった。

他に道はなさそうなので、仕方なくその道を進むことにした。

 道というよりかは洞窟のようなもので、凹凸ばかりで歩きにくい道や這って進まなければ前に行けないほどの狭い穴がたくさんあった。とてもではないが人工のものとは思えなかった。

 しばらく道なりに進んでいると、明るく眺めの良い場所に出た。下の方を見ると先程の亀裂と同じように、光る空があった。空が下にあるなんて非現実的状況、実におかしな気分になった。

 前には少し急な坂があり、青空の下にある見えない何かへと続いていた。身支度を整えて、その坂を降りていくことにした。希望か絶望か、見当もつかないまだ見ぬ新大陸へ足を踏み込む冒険者のように。


 どれだけ降りただろうか。体の感覚で1、2時間経ったと思わしき頃、ようやく空の下の地面が見えてきた。かなりの田舎のような風景だった。田畑や豚小屋らしき小屋で埋め尽くされていた。もっと降りて遠くを見ると、少し離れたところにかなりの大都市があるように見えた。高層ビルらしき建造物が、群れをなしていた。

 それからも降りていき、ようやく地下世界の地面に降りた。あたりに人はおらず、農業はすべて自動で動く機械に任されていた。本当に人気のない地で、少し落胆した。こんなことが思えるほど、まだ僕には余裕があったのかもしれない。

 することもないので、とりあえず都市を目指すことにした。しかし都市はあまりにも遠く、到底歩いてはいけない。車などはないものだろうか。途方に暮れ、とぼとぼと歩き始めた。止まっているよりはよっぽどいいだろう。


 しばらく歩いていると、お寺のような建造物が目の前に現れた。それと同時に何か足音がしているのに気づいた。大きな動物の大群が、こちらに向かってくるようであった。身の危険を感じ、僕は急いでその建物の中に身を隠した。重々しい扉を開け、音の出ないようゆっくりと扉を閉め、息を潜めた。中は暗闇に包まれていて、何がともに潜んでいるのかわからなく恐ろしいが、迫り来る謎の生物たちに対する実体的な恐怖よりかはよほど軽いものであった。

 なるべく音を立てず、扉を塞いでいた。しかし、感が良い彼らはどんどん近づいてきて、ついに扉の前まで来て止まってしまった。彼らはドアをノックしてきたが、僕は応じるつもりはなかった。が、突然耳元でノックする音が聞こえたので、驚いて少し声を出してしまった。すると少ししてから扉が押されるようにして叩かれ始めた。強行突破するつもりなのだろうか。

 大人数で押されれば耐えきれるはずはなく、扉は開けられてしまった。外から差し込んだ光が未知の金属でできた部屋を明るくしていった。目の前には北米原住民(インディアン)のような見た目をした複数の人間らしき生物と、その人数分の大きな半人半獣が現れた。

 想像していたよりも彼らは友好的で、突然襲ってくることはなかった。手話のようにしてなにかを話してから、こちらを向いて意思疎通を図ろうとしてきた。彼らの言語は完全な訳はできないが、直感である程度理解できるものであった。とりあえず適当に自分でできる仕草をして、状況の説明を試みた。ある程度理解してくれたようで、この地下世界に関することをいろいろと教えてくれた。


 彼らが言うにはこの地下世界は彼らクシナイアン人が治めていて、ここからかなり先に行った方の都市に住んでいるという。今日、局所的に滝のような水が降り注いだことに都市が混乱しているようで、原因を突き止めに来たようだ。その水が僕を包んだものであるということは、言うまでもないだろう。あと、僕が通ったのは彼らは知らなかった地上世界とつながる新たな道だったそうだ。ということは警備も甘く、うまくすればあそこから地上世界に帰れるかもしれない、そう思った。

 彼らは僕を例の都市へと連れていきたいそうで、これ以上歩けないと伝えると、半人半獣の背中に乗せてくれた。見た目以上に乗り心地がよく、気持ちの良い旅となった。長い旅の末、ようやくその都市にたどり着いた。

 機械が多く存在し、様々な生産は完全に自動化され、文化のほとんどは風化していた。そのうえ発展した技術により死という概念がなくなり、生殖する必要性が完全に奪われ、新たな娯楽に飢えてまでいるそうだ。そんな彼らになにか地上世界の娯楽を提供しようとしたが、僕が教えることのできるものはすべて、すでに遊び尽くしているようであった。まだ彼らの娯楽となったのも地上世界について語ることだったが、数十年前に別の人物が話したこととほぼ変わりないため、あまり盛り上がらなかった。

 彼らは形式的な信仰の儀式以外、つまらないものとして捨てているようであった。その儀式もまたとても不気味なものであり、見ていて吐き気がしてくるレベルであった。いまだかつて見たことのない、謎の生物――少なくとも、地上で見られたら世界が一瞬で恐怖に陥るような恐ろしいなにか――を信仰しているようであった。彼らは僕の体調が悪くなっているのを感じると、無理してこなくていいと配慮してくれた。


 都市に着いてから3日ほど――あくまで自分の感覚であり、実際の時間とは違う可能性のほうが大きい――経った頃、最新の機械を見せてもらった。するとそこには、研究中の浮遊機具(ジェットパック)があった。この浮遊機具(ジェットパック)は基本、自由な高度まで飛行が可能らしい。ただ、研究中ということもあり少し出力が不安定らしい。これを使えば、脱出は可能かもしれない。

 まずは平和的に脱出できるかを聞いてみることにした。すると彼らは「我々の存在を確認した以上、出すことはできない」と拒否した。やはり彼らとしてもこの2つの世界が混じりあうのは望まないのであろう。

 やはり隙を見て脱出するしかなさそうだ。「散歩に行く」と言うと護衛を少なくしてくれ、「半人半獣に乗る」といえば快く貸してくれるようだ。これで地上世界に戻ることができそうだ。ゴミ箱に捨てられた試験型ジェットパックを盗み出し、準備をし、決行の日を待った。


 その時が来たのはその感覚的な2日後だった。彼らは大規模な儀式のため全員がある場所に集まるらしく、抜け出すには絶好の機会だった。儀式の最中に「少し外を歩いてくる」と言ってその場を離れ、ばれないように少し遠い場所から半人半獣に乗り、かつて降りてきた急坂を目指すこととした。前に半人半獣の乗り方は教わったので、ある程度のスピードで向かうことができた。

 前に都市まで来たときの半分ほどの時間で急坂に着いた。ここからはこの半人半獣には乗っていけそうになく、歩いて登る必要があった。焦りつつも転ばないよう、気をつけて駆け上った。中腹くらいまできたと思われる頃、遠くからまたも地響きのような大きな足音の群れが耳に入ってきた。彼らだ。彼らが僕の消失に気づいたのだ。今まで以上にスピードを上げた。なるべく早く登ることにした。登り切る頃には、すでに彼らの姿が見えていた。彼らは攻撃する体制を整えていた。武器と思わしきものをこちらに向けていた。殺してでも外に出さないということなのだろう。銃のようなもので僕を撃ってきた。かなり高く離れた位置にいたが、彼らのかなり正確な狙撃は自分の腕に僅かな傷を負わせた。

 攻撃を免れた僕は、記憶を頼りに来た道を走って戻っていった。途中、まだ地面が濡れていて、何回か転んだ。やっと扉の下まで来て浮遊機具(ジェットパック)の準備を兼ねて少し休憩しようかと思ったとき、地面から爆発音のような音が響いてくるのがわかった。急いで浮遊機具(ジェットパック)をつけて、飛ぶ体制を整えた直後に、地面が大きな音を立てて崩れた。彼らはこの扉の位置を、大量の水が滝のように流れ込んだあのときに気づいていたのだ。先程の爆発音は、この地面を壊すために投げられた爆弾の音だったらしい。

 ギリギリで浮遊を開始した僕は、出力が安定するよう祈りながら上昇していった。彼らが僕を攻撃しようと睨みつけているが、遠距離攻撃ができる武器を準備した頃には、もう届かない位置に僕はいた。体の感覚が正しければ今頃引き潮で、扉に海水はかぶっていないはずだ。バールを取り出し、扉についたところですぐにこじ開けた。

 想像以上に軽い扉は、音を立てて開いた。やっと希望の光が見えたと思いきや、浮遊機具(ジェットパック)の出力が不安定になりはじめた。突然噴射が強くなって天井に頭をぶつけたり、弱まって落ちそうになったりした。最後の強い噴射のときに、扉に手をかけることができた。重々しい浮遊機具(ジェットパック)はそこで脱ぎ捨てた。最後の力を振り絞って扉をよじ登った。疲れ果てた僕は、汗と泥でぐっしょりとしたまま、そこで気を失った。


 やっと目が覚めたのは地下世界に迷い込んだ日から7日経った頃であった。海沿いの街にある小さな病院のベッドに横たわっていた。今までのことがすべて長い夢だったと思いたかったが、腕に残った銃弾による傷が、夢ではないことを物語っていた。

 その後は医師やら警察やら、人がいろいろ来て疲れた。行方不明届が出されていたらしい。まあ、当然といえば当然だが。彼らにこのことを話そうとすると、クシナイアン人たちの顔が頭をよぎった。この世界は混じってはいけない、僕もそう思い、このことは誰にも言わなかった――もっとも、言ったところで精神鑑定を受けるだけであろうが。

 だがこのことは語り継がなければいけない。これは混じることがないようにだ。この恐怖の体験を文章として残しておき、後世の冒険者気取りに読ませなければならない。僕は地下世界での恐怖の旅の語り部となるのだ。彼ら、そして僕の願いをかなえるために。



 暗闇の中、あの足音の群れが幻聴として反復される。それが僕の眠りを妨げた。しかし、別の音がし始めた。窓だ、窓の外のあれは!!かつての世界の者たちが崇拝していたあの者だ!!こちらに近づいてくる!!彼らか!?彼らなのか!?窓の向こうから、絶望が迫ってくる!!ああ、あの手が!!僕のもとに!!

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