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ひなた  作者: zaku
8/25

RIZE

 6月10日。

 今日は今田の結婚パーティーだ。

 日向は一張羅の黒いスーツに着替えた。

 普段スーツなど着ることがないこともあって、ネクタイを結ぶ手が多少ぎこちない。

 鏡を見ながら結び目を整える。

 暑ぃ…

 日向はワイシャツの襟を少し持ち上げた。

 ケータイの時計を見る。

 4時前か…

 パーティーは5時からだ。

 少し早いが出かけるか。

 遅刻するよりはマシだ。

 外に出ると、背中がジワっと湿る。

 蒸し暑い。

 日向は灰色の雲が広がった空を見上げた。


 待ち合わせ場所に行くと、田中と秋吉が待っていた。

 日向は待ち合わせ時間よりもだいぶ早く着いたのだが、二人はもっと早く来ていた。

 「早いな」

 「あぁ。なんとなく落ち着かなくてな」

 田中がケータイをいじりながら言った。

 「何だ、緊張してんのか?」

 「んなわけねぇだろ」

 田中がケータイをスーツのポケットに入れながら言った。

 「どうする?」

 「とりあえず煙草が吸いたい」

 三人は近くのコンビニに設置された喫煙場所で時間を潰した。

 日向は他愛のない話をしながら、妙に遅く感じる時間の流れに、なぜだか落ち着かなかった。

 何だ?俺も緊張してるのか?

 「ちょっと早いけどそろそろ行くか」

 「あぁ」

 日向はなんだかホッとした。


 会場に着くと、受付で会費を払う。

 ちょうど給料日と給料日の真ん中あたり。

 この出費は痛い。

 次の給料日までが思いやられる。

 そんなことを思いながら決められた席に着くと、店員がウェルカムドリンクのメニューを持ってきた。

 シャンパンとカクテル、それにソフトドリンク。

 「えっと…」

 三人はシャンパンを頼んだ。

 「すげぇな…」

 秋吉が独り言のようにつぶやいた。

 田中はずっと黙ってケータイをいじっている。

 やはりこういう雰囲気は落ち着かない。

 「お待たせいたしました」

 さっきの店員が、シャンパンと一緒にチーズやクラッカーなどを運んできた。

 「マジか…」

 日向は一瞬顔をしかめた。

 日向はチーズが苦手だ。

 チーズが、と言うより、乳製品全般と言った方が正しいかもしれない。

 これは日向だけでなく、日向の両親も同じで、子供の頃からチーズやヨーグルトといったものを口にすることはなかったし、給食のときなどは、牛乳が飲めなくて苦労した。

 保育園の記憶はほとんどないのだが、給食でいつも最後まで残されていたことだけはよく覚えている。

 日向の通っていた保育園は、給食の時間だけは、年少組から年長組までが一緒になって食べていた。

 子供の数が少なかったこともあるが、一人っ子や末っ子でも年下の面倒を見る心を育てるような教育方針だったそうだ。

 そういえば、日向と同じように、給食で残されていた友達がもう一人いたような気がする。

 たしか日向の隣の席だったはずだが、あれは誰だったんだろう。

 顔も名前も思い出せない。

 ふとそんなことを考えていると、田中がチーズを一口かじって言った。

 「おっ、美味い」

 田中は日向の反応を見ながら、残りのチーズをほおばった。

 「お前も食うか?」

 田中は日向の前にチーズの皿を差し出した。

 「いらねぇよ」

 日向は田中の前に皿を戻した。

 「そっか。お前、チーズ嫌いだったな」

 田中はいたずらっぽく笑った。

 日向はなんとなく背中に視線を感じた。

 思わず振り返る。

 誰もいない。

 「どうした?」

 秋吉が言った。

 「いや…」

 気のせいか…

 日向は視線を戻した。

 何か気になる。

 何だ?

 気を紛らわせるようにシャンパンを一口飲んだ。

 「ちょっとトイレ…」

 日向は席を立った。

 日向はトイレに行くと、じっと鏡を見た。

 今のは何だったんだろう…

 確かに誰かに見られているような気がした。

 気のせい…だよな。

 日向は手を洗うとそうつぶやいた。

 トイレを出た瞬間、左肩が誰かとぶつかった。

 「ごめんなさい…」

 女性の声がした。

 「すいません…」

 日向はそう言って、声の方を見た。

 どこかで会ったような気がする。

 なんとなく、そう感じた。

 次の瞬間、日向は息をのんだ。

 左の耳元に小さなほくろ。

 葵ちゃん?

 日向は直感的にそう思った。

 まさか―


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