本当のこと
「それって…」
心臓の鼓動が速い。
「それって、俺の幼なじみは…葵ちゃんは、天狗にさらわれたってことですか?」
日向は空のジョッキをグッと握りしめた。
「それは、俺にはわからん」
荒巻は、つとめて落ち着いた口調で言った。
「でも…」
「日向」
荒巻は日向の言葉を遮った。
「もちろん、可能性がゼロだとは言わん。ただ、この現代社会で、こんな話誰が信じると思うか?オカルト雑誌の編集長ならまだしも、警察に言ったところで相手にはしてくれんだろ」
荒巻は生ビールを二杯注文した。
「でも…」
「でも、何だ?」
「でも…俺は本当のことが知りたい」
テーブルの上の拳を震わせている日向を、荒巻は優しく見つめた。
「日向。もう少し追いかけてみる気、あるか?」
日向は荒巻を見た。
「どうする?」
「はい…」
「わかった」
荒巻はコピー用紙を丁寧にたたむと、カバンの中にしまった。
「俺の大学の後輩で、もっと詳しい男がいる。一度会ってみるか?」
日向は静かに頷いた。
次の日曜日、日向は荒巻の運転する車の助手席にいた。
荒巻の大学の後輩、村川に会うためだ。
村川は、荒巻と同様、この地域一帯の歴史を研究し、今は自身の出身大学の助教だそうだ。
「よし。着いたぞ」
荒巻は、大学の駐車場に車をとめた。
「勝手に入ってきていいんですか?」
心配する日向に、荒巻は「大丈夫だ」と言って笑った。
大学構内の喫茶室で落ち合う。
「よう、村川」
荒巻が手を振った先には、いかにもといった感じの人が立っていた。
「いらっしゃい」
村川は笑顔で迎えてくれた。
「神崎くん…ですね?」
「はい。よろしくお願いします」
日向は丁寧に頭を下げた。
「お父さんの若い頃にそっくりだ」
えっ?
「父をご存知なんですか?」
「もちろん」
意外だ。父は町の歴史なんて興味ないと言っていたが、接点があったのか。
「ま、同じ大学だからな」
日向の疑問を荒巻が一言で片づけた。
「さ、こちらへどうぞ。大まかな話は荒巻さんから聞いてますよ」
村川はそう言いながら、奥のテーブルへと二人を案内した。
「コーヒーでいいですか?」
荒巻が軽く頷いた。
テーブルにはたくさんの資料が置かれていた。
「すごい…」
「だろ?俺なんかの知識とは比べもんにならん」
荒巻が笑いながら言った。
「では、始めますか」
村川の言葉に、日向は膝の上の拳をギュッと握った。
なぜ空巣山という字が当てられたのか、なぜ天狗山と呼ばれるようになったのか。
たくさんの資料を使いながらの村川の説明はとても丁寧で、わかりやすかった。
そして村川は、墨で描かれた一枚の絵を見せた。
「これを見てください」
これは…?
「天狗山という呼び名になった一つの説の根拠になり得るものです」
そこには、神社の鳥居のようなものと、変わった形をした大きな石が描かれていた。
「この資料によると、空巣山には天狗の形をした大きな石があって、そこに山の神が棲んでいると書かれています。そして、そこに向かう道には、七つの鳥居が建てられた。この鳥居は、空巣山の東側に住む町人が建てたとされています」
あの夢と同じだ。
やはり葵はあの山にいるのか―




