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ひなた  作者: zaku
20/25

本当のこと

 「それって…」

 心臓の鼓動が速い。

 「それって、俺の幼なじみは…葵ちゃんは、天狗にさらわれたってことですか?」

 日向は空のジョッキをグッと握りしめた。

 「それは、俺にはわからん」

 荒巻は、つとめて落ち着いた口調で言った。

 「でも…」

 「日向」

 荒巻は日向の言葉を遮った。

 「もちろん、可能性がゼロだとは言わん。ただ、この現代社会で、こんな話誰が信じると思うか?オカルト雑誌の編集長ならまだしも、警察に言ったところで相手にはしてくれんだろ」

 荒巻は生ビールを二杯注文した。

 「でも…」

 「でも、何だ?」

 「でも…俺は本当のことが知りたい」

 テーブルの上の拳を震わせている日向を、荒巻は優しく見つめた。

 「日向。もう少し追いかけてみる気、あるか?」

 日向は荒巻を見た。

 「どうする?」

 「はい…」

 「わかった」

 荒巻はコピー用紙を丁寧にたたむと、カバンの中にしまった。

 「俺の大学の後輩で、もっと詳しい男がいる。一度会ってみるか?」

 日向は静かに頷いた。


 次の日曜日、日向は荒巻の運転する車の助手席にいた。

 荒巻の大学の後輩、村川に会うためだ。

 村川は、荒巻と同様、この地域一帯の歴史を研究し、今は自身の出身大学の助教だそうだ。

 「よし。着いたぞ」

 荒巻は、大学の駐車場に車をとめた。

 「勝手に入ってきていいんですか?」

 心配する日向に、荒巻は「大丈夫だ」と言って笑った。

 大学構内の喫茶室で落ち合う。

 「よう、村川」

 荒巻が手を振った先には、いかにもといった感じの人が立っていた。

 「いらっしゃい」

 村川は笑顔で迎えてくれた。

 「神崎くん…ですね?」

 「はい。よろしくお願いします」

 日向は丁寧に頭を下げた。

 「お父さんの若い頃にそっくりだ」

 えっ?

 「父をご存知なんですか?」

 「もちろん」

 意外だ。父は町の歴史なんて興味ないと言っていたが、接点があったのか。

 「ま、同じ大学だからな」

 日向の疑問を荒巻が一言で片づけた。

 「さ、こちらへどうぞ。大まかな話は荒巻さんから聞いてますよ」

 村川はそう言いながら、奥のテーブルへと二人を案内した。

 「コーヒーでいいですか?」

 荒巻が軽く頷いた。

 テーブルにはたくさんの資料が置かれていた。

 「すごい…」

 「だろ?俺なんかの知識とは比べもんにならん」

 荒巻が笑いながら言った。

 「では、始めますか」

 村川の言葉に、日向は膝の上の拳をギュッと握った。


 なぜ空巣山という字が当てられたのか、なぜ天狗山と呼ばれるようになったのか。

 たくさんの資料を使いながらの村川の説明はとても丁寧で、わかりやすかった。

 そして村川は、墨で描かれた一枚の絵を見せた。

 「これを見てください」

 これは…?

 「天狗山という呼び名になった一つの説の根拠になり得るものです」

 そこには、神社の鳥居のようなものと、変わった形をした大きな石が描かれていた。

 「この資料によると、空巣山には天狗の形をした大きな石があって、そこに山の神が棲んでいると書かれています。そして、そこに向かう道には、七つの鳥居が建てられた。この鳥居は、空巣山の東側に住む町人が建てたとされています」

 あの夢と同じだ。

 やはり葵はあの山にいるのか―


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