あの店
「日向くん、こっち」
「葵ちゃん?」
「こっち、こっち」
葵が手招きをしている。
「葵ちゃん、待って」
葵は赤い鳥居の前に立っている。
「葵ちゃん、そっちに行ったらダメだよ」
日向は葵に戻ってくるよう言った。
しかし、葵は一度日向の方を見ると、ゆっくりと赤い鳥居をくぐった。
「葵ちゃん」
日向は葵を追いかけて、赤い鳥居の前に立った。
鳥居は奥に向かっていくつか並んでいる。
「日向くん」
奥の方から葵の声がした。
よく見ると、奥の方には大きな石のようなものが見える。
「葵ちゃん!」
日向は叫んだ。
すると、突然カラスが大きな羽音を立てて飛び立った。
日向は驚いて目をつぶった。
目を開けると、目の前に大きな赤い顔。
「うわっ!」
日向は飛び起きた。
鼓動が速い。
夢か…
今のは何だったんだ。
天狗…?
梅雨入りしてからあまり降らなかった雨も、7月になるとようやく本格的になってきた。
あれから荒巻からは何の話もない。
社長も忙しい人だからな…
日向は気長に待つことにした。
仕事も一段落したところで、日向は喫煙コーナーに向かった。
しかし、今朝の夢は何だったんだろう。
赤い鳥居、天狗…
天狗山と、そして葵と何か関係があるのか。
喫煙コーナーのドアを開ける。
先客が一人。
荒巻だ。
日向は一瞬ドキッとした。
「お疲れさまです」
遠慮がちに喫煙コーナーに入る。
「おう、神崎」
おじさんも会社では社長だ。
「例の件、いろいろわかってきたぞ」
荒巻は窓の外を眺めながら言った。
視線の先は雨に煙る空巣山。
「そうなんですか?」
日向の心は踊った。
「どうだ?今日、こないだの店で」
「はい」
7時に約束をすると、荒巻は先に喫煙コーナーを出た。
おじさん、ありがとうございます。
荒巻の背中を目で追いながら、日向は心の中でつぶやいた。
7時より15分ほど前に日向は駅に着いた。
少し早かったかな。
そう思っていると、日向のケータイが鳴った。
荒巻からだ。
「はい」
「おう、悪い。これから電車に乗るから先に行って飲んでろ」
「あ…わかりました…」
困った。
日向は一人で店に入るのが苦手だ。
少し迷ったが、日向は覚悟を決めた。
よし。行くか。
なるべくゆっくり歩いて店に向かう。
赤い提灯の前で、軽く息を吐いた。
傘をたたんで滑りの悪い戸を開く。
二人掛けの小さなテーブルに着くと、生ビールを注文した。
一口飲んでケータイを見る。
まだ7時前だ。
もう一口飲んで煙草に火をつけた。
まるで時が止まったかのように時間が進まない。
やはり、一人で店に入るのは苦手だ。
何度ケータイを見ただろうか。
ようやく荒巻が店に到着した。
日向は立って出迎える。
「悪いな」
「いえ…」
荒巻は生ビールを注文すると、一枚のコピー用紙をテーブルの上に広げた。
「何ですか?」
「まぁ待て」
荒巻は運ばれてきた生ビールを一気に半分ほど飲んだ。
「いいか?よく聞け」
日向は黙って頷いた。




