神隠し
神崎日向。
「日向」と書いて「ひなた」と読む。
昔は「ひゅうが」と読み間違えられるのが嫌だったが、いい加減もう慣れた。
夏に生まれたから日向。
今では気に入っている。
日向が生まれ育ったこの町には、昔からある言い伝えがある。
「神隠しの伝説」だ。
とはいっても、詳しい話を知っているのはおそらく日向の祖父母くらいの世代までで、日向自身、両親からもそのような話はこれまで聞いたことはない。
どこにでもありそうなこのような言い伝えも、伝える者がいなければ風化してしまうだろうし、時代の流れや背景で色あせていくものなのかもしれない。
一般的にいう「神隠し」とは、現代の社会では、人が何の前触れもなく忽然と姿を消すことをいう。
その多くは誘拐や失踪、心中などで、事件として扱われたものの中には、未解決なものも意外と多く存在する。
では、そもそも昔から「神隠し」とされてきたものとは、いったい何なのか。
古くから日本では、神や霊などの存在が広く信じられており、日本各地にはさまざまな神が存在する。
ここでいう「神」とは、いわゆる宗教的な神ではなく、山の神といった抽象的なものから、天狗やキツネ、妖怪の類いまで地方によって伝承されているものはさまざまだ。
その神の世界と人間の世界には結界というものがあって、それを越えてしまうとあちらの世界に行ってしまうとされる。
結界には場所、時間、タイミングなどの条件があり、そこに行ったからといって必ずしも消えてしまうわけではない。
それでも、神が棲むと言われる山などで行方不明者が出ると、そこでは必ずといっていいほど「神隠し」と言われてきた。
非科学的と言ってしまえばそれまでだが、不可解な失踪事件が数多く存在するのも、また事実である。
神隠し―
現代社会では信じがたい、その不可解な出来事は、あの日、日向の目の前で現実のものとなった。