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The Hound's Sorrow-狼の泪-  作者: 旗戦士
5/13

Report Five. Remains of Him

<居酒屋"放浪者">


 S市の繁華街の一角に存在する、洒落た造りの居酒屋・放浪者。

この酒場は貴士が良く一人で酒を呷る隠れ家のような場所であり、店主や看板娘とも互いに気が知れている場所であった。


シャワーを浴びてから私服に着替えた彼は銀色のドアノブを捻って扉を開けた先には仕事帰りのサラリーマンたちが酒を飲み交わしている様子や、大学生の二人組が食事をしている光景、更には中年の男性が既に酔いつぶれて寝入っている様子が目に入る。


そんな中、厨房にいる巨躯の男と注文を受けた直後の銀髪の少女が貴士の姿を見るなり、笑顔を浮かべて彼を迎え入れた。


「貴士さん! お久しぶりです! 」

「おお、貴士か! 久しいなぁ! 」


「どうも、雷蔵さん。それにシルヴィちゃんも。忙しそうだねぇ」

「はは、有難く繁盛させてもらっておる。予約の席は取ってあるぞ、まだお主しか来ておらんがな」


人懐っこい笑みを浮かべながらタオルを頭に巻いた男の名は、近衛雷蔵。

半袖のTシャツから伸びた両腕は丸太のように太いが、彼の腕は美しささえ感じる料理を創り出している。

対するシルヴィと呼ばれた少女は三つ編みにした長いこめかみを揺らしつつ、次々と作り出される料理をテーブルに運んでいた。


この二人がオーナー兼従業員としてこの居酒屋を経営しており、シルヴィの他にも従業員がせわしなく働いている。

彼女に連れられながら靴を脱ぎ、畳の席に腰を落ち着けると羽織っていたジャケットを傍に置いた。


「注文どうしますか? 先にお酒飲んじゃいます? 」

「いや、ほかの人が来るまで待つよ。それでも大丈夫かい? 」


はいっ、とシルヴィは元気よく返事をして貴士の元を去っていく。

水の入ったコップの縁を傾け、冷たい液体が喉を通り抜ける感覚を覚えたその時、店の引き戸が音を立てて開いた。


「お、いるいる。すいませーん、予約してた兎塚ですけどー」

「うむ、確かに。既に貴士の方を席に案内しておいた、上がられよ」


先程更衣室で鉢合わせた二郎が紺色の暖簾を潜りながら店内に顔を出し、シルヴィに連れられながら貴士の座っていた座敷へと辿り着く。

黒い革靴を脱いで彼の向かい側に座ると、注文を待っている彼女に2つの生ビールを頼んだ。


「先飲んじゃってもいいのか? 」

「あの二人は遅れるってよ。英治が寝坊したせいで伯が待ちぼうけ食らってるらしい」


「はは、なんだか英治らしいね」

「ま、先に始めてようや」


間もなくしてシルヴィの細い手から小麦粉色の液体が入ったジョッキが二つ、彼らのテーブルに運ばれる。


「あ、これ雷蔵さんからです。ホタルイカの塩辛。雷蔵さんのお友達が漁師をやっててその人から送られてきました。もしよろしかったらどうぞ! 」

「おっ、いいねぇ。ありがとシルヴィちゃん」

「はーい! 今後とも御贔屓に~」


ピンク色のエプロンの紐を揺らしながら厨房へと戻っていくシルヴィを横目に、貴士と二郎はジョッキの縁を合わせた。

硝子が触れ合う甲高い音が周囲に響いたかと思うと、貴士はジョッキの中にあったビールを半分飲み干す。


「かーっ! 仕事終わりのビールってのはどうしてこう美味いのかね」

「はは、俺より年下なくせしておっさん臭い事言ってんじゃねーよ。それより、何か食うか? 」


「うーん……たこわさ」

「いちいちチョイスが渋いな……」


各自酒の肴を注文したところで、再び店の扉が音を当てて開いた。

息を切らしたジャージ姿の英治と黒いジャケットに身を包んだ伯が困惑した表情を浮かべながら店内へと入り、二郎と同じようにシルヴィに案内される。


「い、いやぁ……ごめんねぇ……。ちょっとそこで人助けしてたら遅くなっちゃってさ……」

「嘘つけ、寝坊したんだろ? 寝癖があちこち跳ねてるぞ」


「うへぇ、バレてーら。代わりに伯ちゃんが謝るってさ」

「えぇ……? 僕ですか……? 」


アホか、と二郎に額を小突かれる英治を横目に貴士は再びグラスを呷り始め、あっという間に中ジョッキを空にしてしまった。


「あれ、もう空いちゃった。英治と伯ちゃん、何か飲む? 」

「あー、俺コーラ。普通に腹減ってるし今日は酒止めとくわ」

「僕はウーロン茶でお願いします」


相槌を打ちながら、別の店員を呼ぶと彼はおかわりのビールと二人分の飲み物を再度注文する。

せわしなく働く店員たちを一瞥しながら既に運ばれてきていたたこわさを口に入れると、山葵の辛みが鼻を突き抜けた。


「おまたせしましたっ、ご注文のビールとコーラとウーロン茶です! 」

「おっ、ありがとうねぇシルヴィちゃん。お店の方はどうよ? 」

「見ての通り繁盛させて頂いてますっ! 」


二、三回言葉を交わした後にようやく揃った四人は各々のグラスをかち合わせ、周囲に甲高い音を再び響かせる。

隣に座った英治がコーラを飲み終えた瞬間、先ほどの貴士のように疲れを嚙み締めた声を上げた。


「仕事後のコーラほど生きてる実感をくれるものはないよねぇ。あっ、貴士さっきはお疲れ。腕の傷どう? 銃弾掠ってたけど」

「へーきへーき、報告ついでにみどりさんに治してもらった。あの人手際が凄まじく良いからね、治療もあっという間だったよ」


「以前医療系の仕事に就かれていたんでしょうか……? 」

「これこれ。女性の経歴をそんなに探るもんじゃないぞ、伯」


「あ…ご、ごめんなさい」


二郎は軽く伯の額を小突きつつ、手にしていたビールのジョッキを空にする。


「飲むのおっそいねえ旦那。ビールはもっと回転率あげないと」

「めんどくせえ上司かお前は。だいたい貴士が早すぎるんだって」


「えぇー、こんなもんだって。おいしいからつい飲んじゃうんだよ」

「んな事言ってさぁ、この間だって俺が家まで運んでったじゃん。ママチャリに男二人で乗ってごらんよ、しんどいよアレ」


うっ、と呻き声を上げながら貴士はジョッキを傾ける手を止め、苦虫を嚙み潰したような表情を隣の英治に見せた。

微かに残っていた記憶の断片が彼の恥ずかしい経験を思い出させ、思わず彼の前で両手を合わせる。


「まあまたやったら写真撮って鉄っちゃんに送ろうとは思ってるんだけどね」

「なんであいつの話が出てくるんじゃ! 」


「いやだって貴ちゃんあいつとカップルだってみどりさんが……」

「それあの人の妄想だから! 俺ノンケ! あいつもノンケ! 」


「でもカップルって言われてもおかしくないほどいつも一緒にいますよね」

「……否定できないの辛い」


そんな事を話しながら貴士は三杯目のビールをシルヴィに注文し、空になったジョッキを彼女に渡した。

笑顔でテーブルから去って行く彼女の姿に見惚れながら、半分余っていたポテトフライを口に入れる。


「……はぁ……。シルヴィちゃんみたいなかわいい子が彼女だったらなぁ……」

「止めとけ止めとけ。ありゃ絶対に彼氏いるぞ」


「だよなぁ……」

「貴ちゃんもこっち来る? 反出生団体ゾーン」


「いやだぁ! 俺はまだ諦めないからな! もう一人でクリスマス過ごすの嫌なんだよぉぉぉ!! 」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<S県某所・貴士のアパート>


「うぷっ……飲み過ぎた……」

「だから止めとけって言ったじゃねーか……自棄酒なんて一番身体に悪いぞ」

「うぅ……ごめんね旦那……」


二郎主宰の新人歓迎会を終えたその後。

酒を飲み過ぎて気分を悪くした貴士は二郎に肩を支えてもらいながら家路をゆっくりとした足取りで進んでいる。


普段の鬱憤が溜まっていたせいか、酒のペースがやけに早く感じた。

乾いた風が問答無用で貴士の身体を冷やしてくれるお蔭で、幸い意識ははっきりとしている。


「ったく……英治の苦労がようやくわかったような気がするよ。お前、いつもこんな飲んでるのか? 」

「いつもじゃないけどさ……。新人君の前だし、ちょっと見栄張っちゃったかな」


「あとシルヴィちゃんだろ? 」

「……何故分かった……」


当たり前だ、と隣の二郎は呆れたようにため息を吐いた。

胃の中の消化しきれてない水分が一歩ずつ足を動かす度に揺れるのが分かるが、止まっていても自宅に着く事はない。

そう自分に言い聞かせながら、貴士は息を切らしながらアスファルトを歩いていく。


「……なあ、貴士」

「ん? 」

「あいつを――伯を、どう思う」


突如として投げかけられた質問に、アルコールが回った頭を回転させる。

何か物事を考えるだけで胃の中が逆流しそうになったが、そこはなんとか堪えて見せた。


「そうだねぇ……。まずあの子、本当は19歳じゃないでしょ。完全に大学生よりも若く見える」

「――だろうな。しかし保曰く、新人とは思えない程の手際の良さらしい。あんなに若いのにな……」

「……"若いからこそ"、だよ。二郎」


脳裏に浮かぶ靄が掛かった、忌まわしき記憶。

幼かった自分には、子供としての権利など全く持ち合わせていなかった。


否、既に"奪われていた"と言うべきか。


初めて人を撃った噎せ返るような血の匂い。

拭っても水で洗っても、纏わりついてくる赤黒い液体。


恐らく彼――荒城伯もそれを経験している筈だ。

貴士には確証が無かったが、それでも自信を持ってそう言い張れる。


「若いからこそ、大人は駒として利用しやすい。純真無垢な子供は、場合によっては()()()()()()にだってなれる」

「お前……まさか」


二郎が言いかけていた言葉を、貴士は敢えて制止した。

それ以上言われてしまったらきっと、彼は止まらなくなる。


「……だから、なるべくあの子には戦わせたくはない。でも新人としてここに来てしまった以上、武器を取らずにはいられない」


俯き続ける二郎を一瞥し、胸元のポケットからラッキーストライクの箱を取り出すとフィルターを口に咥えた。


既に覚め切った酔いを振り払おうと貴士は頭を左右に振り、巻き煙草の先に古ぼけたジッポライターで火を点ける。

煙草の匂いが二郎に付かないように組んでいた肩を一度だけ離すと、すぐ傍にあった公園のベンチに腰を下ろした。


「――でも、奪い続けてきたのだから……与えてやる事も出来るだろう? 俺たちには」


この手で、血塗られた両手で一体どれほどの命を奪ってきただろう。

どれほどの脳天を貫き、どれほどの首を斬ってきただろう。


それは二郎とて同じことだった。


彼の過去の経歴は、貴士でも知る由はない。

二郎の言い放った言葉が、深く彼の胸に突き刺さる。


「……あぁ、そうだな。今度こそは――」


ヒーローになってみせる。

そんな言葉を胸の奥に仕舞った貴士は、白い煙を虚空に吐き出した。


思い返される、彼の記憶。

ベンチから立ち上がると貴士は、再び二郎と共に暗がりのアスファルトの道へと消えていった。

冒頭部分で自身の作品である「ワンダラーズ 無銘放浪伝」の主人公とヒロインがゲスト出演しました。

もしよろしければ本編の方も読んでいただければ幸いです。

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