Report Three. The Twin Hound-黒衣の執行者たち-
<ギャンググループ"RED"・拠点>
エントランスからの騒ぎを聞きつけたのか、REDの構成員たちが群れを成して一斉に階段から駆け下りてくる。
彼らの得物はナイフや金属バット、ドスなどといった日本のチンピラがよく所持しているものから安っぽいベレッタのコピー品の自動拳銃やカラシニコフ社の自動小銃まで、数え切れないほど種類は豊富だ。
「頭下げてなぁ! 」
背後から英治の声が聞こえた瞬間、彼の持つ散弾銃モスバーグ M500の銃口から無数の12ゲージの鉄球が銃身を通して射出され、鉄砲玉として一番先に1階に降りてきた2・3人の男たちを穴だらけにする。
数名の死体が大きく後方に吹っ飛ばされてきたせいかチンピラたちが階段を下りる勢いが一瞬だけ止まり、最前線に立っていた鉄男と貴士にとっては絶好の的となった。
「英治ぃ、危ないから俺らの目の前で火遁しないでよぉ」
「ごめんごめん。でも先手必勝って言うのはニンジャの掟だしさぁ」
「へっ、違ぇねえや」
隣に立つ鉄男の相槌を横目にしながら、笑みを崩さずに貴士は肩に担いでいた刀を一度だけ漆塗りの鞘に納め、深く腰を落としてから一気に両脚で地面を蹴る。
呆けている構成員たちの表情が近づいていく光景を目の前に浮かべながら、彼は鞘と柄を握っていた両手に一瞬だけ力を入れた。
肉を斬る不快な感触と、骨を両断する軽快な音。
彼の顔に降り注ぐ赤い雨を手で拭いながら、貴士は抜き払った愛刀を別のギャングに振り下ろす。
「あッ――」
そんな素っ頓狂な声が、貴士の耳に響いた気がした。
刀を振り下ろした相手は頭頂部から噴水のように鮮血を噴き出し、周囲にようやく敵が目の前にいる事を知らせる。
だが、もう遅い。
気づくのが、遅すぎた。
「お前ら、敵が来てんのに呑気に突っ立ってるたぁ良い度胸してるよなァ」
貴士の隣から響く、若い男の声。
聞き覚えのある声に彼は口角を更に吊り上げ、新たな標的のその双眸に捉える。
乾いた火薬の炸裂音と共に、バタバタと倒れていくREDの鉄砲玉たち。
鉄男の持つ合衆国産の自動拳銃キンバー・ウォリアーの.45
ACPが、彼らの脳天と鳩尾に1発ずつ叩き込まれる度に貴士の周りにいた敵を屠っていく。
「そっちばっかじゃなくてさ、俺の方も見てよね」
優し気な声とは裏腹に、横一文字に振りぬかれる紀州光片守長政の刃が対象の首と胴体を強制的に切断した。
ビルの一角の部屋を照らしていた蛍光灯の白い光が刀の剣腹に反射し、神々しさまで感じさせる。
左方から感じ取った殺気へ視線を変えたと同時に貴士は後方へと飛び退き、キンバーの弾倉を変えていた鉄男の首に腕を回して強制的にソファの陰へと移動させた。
鉄男の罵声などいざ知らず、二人が身を潜めた瞬間にAK-47の7.62×39㎜弾の嵐が周囲を飛び交う。
部屋の入り口に視線を向け、壁に隠れた英治と目を合わせてから頷くと人懐っこい笑みを浮かべる英治の姿が目に入った。
「テメェこのケツ毛野郎! いきなり何しやがんだっ! 」
「この音が聞こえねえのかよ! 呑気にリロードなんてしてたら俺たち穴だらけだぞ!? 」
「にしてもあの掴み方はねえだろ! 美少女なんだからもっと丁重に扱いやがれ童貞! 」
「うるせぇ! どの口がほざきやがる! 」
銃弾の嵐が止む。
その瞬間に鉄男は陰から身を乗り出し、貴士はソファを踏み台にしてAK-47を手にしていた男の下腹部に愛刀を突き刺した。
内臓をすべて抉り出すように刀を返し、横一文字に薙いだ彼は目の前のタンパク質の塊を胸の内に引き寄せて飛び交う銃弾の盾にすると英治と鉄男の援護射撃を待つ。
「鉄男! 英治! 」
彼の言葉と共に、キンバー・ウォリアーとモスバーグ M500の銃声が部屋に鳴り響いた。
鉄球の旋風と鳴り止まない鉛の雷鳴が、貴士と対峙していた何人ものギャングたちの命を終わらせていく。
突如として鳴り止む銃声に貴士は死体から手を放して片手に握っていた愛刀の血糊を払ってから鞘に仕舞うと、革製のショルダーホルスターから愛用している回転式拳銃 S&W社製 M586のグリップを握った。
「なんだ、もう殺陣の演目は終わりか? 」
「正直刀一本で切り抜けるのは難しいかもなぁ。まさか奴さん銃使うなんて思ってもみなかったし」
「またまたぁ~、貴ちゃんならイケるでしょう? 」
「勘弁してよぉ英治ぃ」
直ぐ後に殺し合いをしていたとは思えないほどの和やかな雰囲気を横目に、貴士はため息を吐きながら煙草の箱と古ぼけたジッポライターを取り出す。
フィルターを咥えてから煙草の先に火を点け、息を吸い込んだ。
彼の口内にずっしりとニコチンを含んだ煙が押し寄せ、そして白い煙を吐き出す。
鉄分を含んだ血の匂いと煙草の焦げた匂いが混ざり合い、死臭を飾り付けていく様子に貴士は心地良ささえ覚えた。
「次、行こうか」
「言われなくても」
「火遁の真価を見せようねぇ」
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<廃ビル・二階>
二階へ上がった三人を待ち受けていたのは、先程の鉄砲玉たちよりも僅かばかり質の良い装備を揃えた構成員たち。
彼らの用いる武器は全てコピー品ではあったものの、致命傷を負わせることの出来る銃弾を吐き出す代物には変わりない。
「おーおー、奴さんも本気になってきたねえ」
「だから言ったろ? みどりさんにゃ申し訳ないけど、ぶっ放すしかないって」
「でもテメェと寝るのだけは絶対嫌だ」
「こっちから願い下げだハゲ」
身を潜めていた廊下の壁が.45ACP弾によって抉れる光景を目の当たりにした貴士は、一旦呼吸を置いてからスライディングの要領で壁から飛び出すと彼の身体は鉄製のオブジェの陰に移動する。
直後英治の持つM500が火を噴き、3人に降り注いでいた鉛玉の雨が一瞬だけ止んだ。
「鉄男! 援護するよぉ! 」
「さっすがあ! どこぞのハゲと違って頼りになるなぁ! 」
「忍者は常に味方。ニンニン」
誰がハゲじゃこの野郎、と開きかけた言葉を胸の奥に仕舞って目が合った男へM586の銃口を向ける。
.357マグナム弾の凄まじい轟音が響いたかと思うと、文字通り相手の頭を弾けさせ、周囲に脳漿交じりの噴水を作りあげた。
「二人ともー、ちょっと耳塞いでてね」
「へ? 」
「なにすんの? 」
直後鉄男の隣にいた英治は子供のように悪戯な笑みを浮かべながら、緑色の球体のピンを引き抜く。
M67破片手榴弾。
二人は顔を引き攣らせながら耳の穴に両指を突っ込み、口を開けた。
「火遁・破片手榴弾の術! 」
銃声のする方へ投げ込み、直後聞こえる悲鳴と爆発音。
廃ビル全体が揺れたような感覚に襲われるが廊下にまで立ち込める煙からおそるおそる3人は顔を出し、敵がまだ残っているかを確認する。
「うひゃぁ……英治すごい事になってるよこれ。ミンチよりひでえや」
「ニンジャって言う割には全然忍んでねえよな」
「時に忍者は爆発四散させなきゃいけない時もあるのでござる。ニンニン」
「まあ今のでほとんど倒し切ったし、結果オーライか」
幸い、彼らが襲撃した廃ビルは比較的小さな建物で2階までしか建てられていない。
短くなった煙草を地面に捨てて踏みつぶした直後、死屍累々としていた光景から呻き声が聞こえた。
隣の鉄男が何も言わずにキンバーの引き金を引き、止めの鉛玉を瀕死の構成員に叩き込む。
赤黒い液体の海を作り出してから男は絶命し、耳障りであった呻き声も止んだ。
「なあここで合ってるっけ? 」
「どう見てもここしかねえだろ。ご丁寧に鍵まで掛けてある」
「はいはい、忍法ピッキングの術」
M500の12ゲージ弾がドアノブごとアルミ製の鍵を抉り取り、ただのトタン板と化した扉を貴士は蹴り飛ばすと部屋の中には怯えた表情で身体を震えさせているスーツの男が座っている。
それだけならば単純に鉛玉を眉間にぶち込めば済む事。
しかし、その男の両手にはフルオート射撃が可能であるオーストリア産の自動拳銃グロック18Cがロングマガジンを装填された状態で握られていた。
「伏せろっ!! 」
貴士は背後にいた二人の身体を押し戻し、隠れる壁がある場所まで走り抜ける。
9㎜大の鉛玉が彼の腕を掠り、着ていたシャツに血が滲むが呻き声を上げずに貴士はなんとか壁の陰へと隠れる事が出来た。
悲鳴に近い叫び声と共に高レートで射出される9㎜パラベラム弾の音が止んだと同時に3人は顔を出し、手にしていた得物の銃口を向ける。
まず英治がリーダー格の男と思われる足を撃ち抜き、地に伏せさせると鉄男が即座に男の手を狙い撃つ。
自動拳銃が握られていた男の右掌は穴が空いており、男の背後にあった白い戸棚が赤く染まった。
「あっ……お前ら……っ! 」
「どうも。聞こえませんでした? 日々谷警備保障会社でーす」
死の恐怖に直面した男は目に涙を浮かべながら歯をガチガチと鳴らす。
その哀れな姿を晒す彼を貴士はただ笑みを浮かべながら見下ろし、手にしていたM586の銃口を向ける。
「おっ、俺が誰だかわかってんのか!? 手を出したらそこら中にいる仲間がお前らを殺しに……! 」
「あー、もう喋るなよ。だいたいわかるからさ」
隣にいた鉄男もキンバー・ウォリアーの銃口を向け、呆れたような表情を浮かべた。
男の目には彼との貴士姿は正しく、処刑を下す執行者と隣り合う死の芳香に見えただろう。
「失せな三下。安心しろ、痛みは一瞬にしてやるから」
M586とキンバー・ウォリアーの銃弾が、男の眉間にめり込んだ。
直後彼の顔は原型を留めないほど内部から破裂しており、修羅場を潜ってきた二人でさえもしかめっ面になる。
「大当り、だな」