Report Two. Back Stab
<社内オフィス>
シャワーを浴び終えてた貴士を待っていたのは、既に全社員が集まっている光景だった。
半乾きの髪の毛を整えながら愛用のシャツを羽織り、前のボタンを留めると黒いネクタイを襟に通す。
胸元を大きく開けながら朝礼の列に戻った貴士の視界には徹夜明けの同僚たちは目に隈を作りながら寝ぼけ眼を擦り、なんとか朝礼に出席している光景が映った。
鉄男に至っては完璧に立ちながら寝てしまっているが。
「遅いですよ貴士さん。いくら始業時間前でも、きちんと朝礼には出て頂かないと」
「いやー、ごめんごめん。禅ちゃんもお風呂入ってきたら? 」
「……今さっき僕が言った言葉覚えてます? 」
「なんだっけ」
禅ちゃん、と呼ばれた彼は寒田禅という名だ。
貴士や鉄男のように不真面目な性格とは真反対で、真面目が服を着てやって来たような男である。
そんな事を思っていると突然禅の右手が貴士の顔を掴む。
「きちんと朝礼に、出なさいと言ったんです……。もう一度言います。朝礼に出なさい」
「あだだだだだ!! 分かった分かった! ごめんなさい!! もうしないから! 」
想像を絶する痛みに叫び声を上げながら貴士は離された右手を恨めしそうに視線を向けた後、日々谷警備保障の制服である黒いジャケットに腕を通した。
一応形として制服姿になった彼は、並んだ同僚たちの前に立つ小百合に視線を戻す。
「はいみんな、おはようございます」
一斉に響く挨拶の声。
大体が適当な生返事と化しているが、気にせずに小百合は口を開いた。
「徹夜続きの子たちもいるみたいだけどごめんね、また仕事が入ったわ。対象は最近過激な反政府運動が見られるギャンググループ"RED"で、リーダー格も抹殺せよとの事。つまりは見敵必殺よ。依頼主が大きなとこからの人だから、好き放題とはいかないけど銃の使用も許可されてる」
「うっそぉ、マジ? みどりさんはOKしたの? 」
「してるわきゃねーだろォ? 会計面倒にするほど撃ちまくったら今日安心して寝れると思うんじゃねーぞぉ」
「ヒッ、こわい……」
貴士の前に立っていたオールバックの社員、古郡保は日々谷警備の事務員である坂木みどりに対して畏怖の視線を向けている。
隣でほぼ寝かけている鉄男の瞼にサインペンで雑な目の絵を描きながら貴士は保と同じようにみどりへおそるおそる顔を動かした。
「特に貴士くんは今度好き勝手ぶっ放したら鉄男くんと一緒のベッドに寝てもらうからね」
「はい!! すいませんでした!! 節約させて頂きます!! 」
「ぐぅ……」
「いいじゃんよぉ貴ちゃん、美少女自称してるし寝てあげてもさぁ」
「それマジで言ってます保さん? 」
鉄男の顔に落書きを終えた貴士は新兵の如く畏まった敬礼をみどりにして見せ、相変わらず眠っている鉄男の頭を叩く。
んがっ、という声と共に目を覚ました鉄男は目の前で始まった朝礼に珍しく焦った様子を見せていた。
「というわけで、今回のギャングは貴士君と鉄男君、それとサポート役として英治君にお願いしたいの。いいかしら? 」
「うーす」
「あいよぉ」
「えぇー……このカップルのサポートかぁ……」
気だるそうな声を上げた男は、四葉英治。
整えられた顎髭とパーマがかったミディアムヘアを揺らす彼は、隣り合わせで並んでいる鉄男と貴士に視線を向ける。
「このクソジャムオートマ野郎とカップルは勘弁してほしいなぁ、ニンニン」
「は? 公害マグナム野郎に美少女が釣り合うとでも思っとんのか? 」
「うるせえ鏡見てこいキチガイ。それとも眼科紹介してやろうか? 」
「んだとこらヤニカス。ケツで煙草吸えるようにしてやろうか? 」
「これが大変なんでござる……ニンニン」
とほほ、と目に涙を浮かべながら助けを求めるように英治は小百合に視界を戻した。
早朝のように言い合いから取っ組み合いに発展しそうになった所で鉄男と貴士は小百合によって仲裁され、彼らの同僚たちは苦笑いを浮かべている。
頭の痛みに悶える二人を無視して小百合はその後淡々と他の社員たちの業務内容を伝え、朝礼を終わらせた。
「そういややけに俺の顔から変な匂いするんだけど何なの? 」
「貴士が寝てる間に落書きしてたよ」
「個人的には名作が描けたと思う」
「悪びれる様子もねえのかこのケツ野郎」
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<S県S市・廃ビル>
その後、英治・鉄男・貴士の三名は社長である小百合の命を受けてS市の中でも特に治安が悪いとされる地域に会社のバンで移動していた。
運転手である鉄男の隣に彼は腰を落ち着けており、愛刀である"紀州光片守長政"の入った刀袋を肩に立て掛けている。
一方運転席に座る鉄男は制服の下にコンシールメントキャリーを装備した状態でハンドルを握っていた。
プラスチック製のホルスターにはアメリカ産の自動拳銃キンバー・ウォリアーが差さっており、腰にマウントされているポーチにはキンバー用の弾倉が収納されている。
「ナビによりゃあここだな。住所も完璧、醸し出す雰囲気も完璧ときた」
「こりゃあギャングが住み着いてもしょうがないよねぇ。英治、着いたよ」
一方、後部座席で寝ていた英治は寝ぼけ眼を擦りながら大きな欠伸を掻く。
彼の隣には黒塗りの銃身を携えるアメリカ合衆国のモスバーグ社製の散弾銃・M500を掴み取り、制服のポケットに入れていた12ゲージ弾をローディングポートへと入れ始めた。
白いタオルに包まれているのはCRKT(Colombia River Knife& Tool)社製のマチェーテ、K910KKT。
M500と同じような黒塗りの刀身を持つこの鉈は主にキャンプに用いられるものだが、今回は別であった。
「おまたせ。いやあ悪いね、忍術の準備に手間取っちゃってさ。その名も火遁・鉄球塗れの術でござる」
「じゃあそのマチェットはさしずめ忍刀っていった所かい? にしちゃあ殺意もりもりだよね」
「刀大好きサムライボーイに言われてもしょうがねえだろ」
「うっせえアメリカかぶれ」
「んだとコラこの侍擬き」
再び突っ掛かる両者の間に英治が割って入り、辿り着いた廃ビルの入り口を黙って指差す。
ガラス製のドアの周りには対象のギャンググループの一員と思われる男たちが煙草を吸って休憩を取っており、3人の姿には気が付いていない。
その瞬間だった。
向かい合っていた鉄男の姿が一瞬で消え、どこからともなく取り出したイタリアのナイフ製造会社・Fox Knivesから生産されているFX-636T、通称"クク・ハヌマーン"のコバルト鋼刃が構成員の一人の喉元を抉っている。
彼の使用するナイフ、クク・ハヌマーンは市販されているナイフとは違い戦闘用に開発されたカランビットナイフだ。
黒い刃が容易く喉笛の肉を刈り取り、声も出さずに男は死んでいく。
「な、んだ――」
いの一番に殺害された男と向かい合って煙草を吸っていた帽子の青年は、慌てたように銃を仕舞いこんでいた腰に手を伸ばした。
しかし銃を握ろうとしたどころか、想像以上の激痛が右手に走る。
おそるおそる視線を落とすと、そこに生えてたはずの右手が"地面に落ちていた"。
「――気づくの遅いねぇ」
一瞬で帽子の男に近づいた貴士はそう残しながら抜き身の状態であった愛刀を一度鞘に納め、右手と左手にだけ力を集中させてから抜刀する。
ゴトリ、というボウリングの玉を地面に落としたような鈍い音を周囲に響かせながら帽子の男の頭は地に落ちた。
「ひゃあ、相変わらず早いなぁ。気づかずに死んでんじゃないか」
「こんなの朝飯前だ。それよりもとっとと片付けちまおうぜ、帰って寝てえ」
歓喜の表情を浮かべながら驚く英治を横目に、貴士は愛刀の峰を肩に担ぎながらガラス製のドアに蹴りを入れる。
盛大な音を響かせながら硝子は割れ、二階から一斉にギャンググループのメンバーが降りてきた。
「――どうもおはようございます。日々谷警備保障株式会社ですぅ」
「大人しく命だけ置いていきな」