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The Hound's Sorrow-狼の泪-  作者: 旗戦士
10/13

Report Ten. Living Wanderers

<香港・アパート>


 そうして貴士と二郎の両名は小百合の指示の下でこの古ぼけたアパートへと足を運んでおり、各々の武器を手にしながら階段を音を立てずに上がっていく。

二郎の手には黒い自動拳銃(オートマチック)、Berettta 92 センチュリオンの銃口にサイレンサーが付いたものが握られ、貴士は額を伝う汗を手の甲で拭いながら両手の中にあるワルサーP99を構え直した。


「小百合さんに言われた場所はここで合っているかい? 」

「あぁ。俺も何回かここには来ている。道案内の役は任せてくれ」


可愛げのない、と言った様子で二郎は苦笑いを浮かべる。

そんな彼を無視しながら貴士は目的の部屋に到着すると、ワルサーP99を穿いていたジーンズの腰に差し込んで来ていたシャツの裾で隠れさせた。


二郎に銃を仕舞うよう合図を送ると即座に彼はセンチュリオンを隠し、貴士は目の前の錆び付いた扉をノックする。

扉の向こう側から足音が聞こえ、彼の神経が張り巡らされるのを感じながらひたすらに家主の来訪を待った。


「はいはい、どなたですかーっと」


そんな呆けた声と共に出てきたのは、髪を金色に染め上げた若い男。

同い年ぐらいであろう彼は趣味の悪いヒョウ柄のシャツと黒いスキニーパンツを身に纏い、二人を出迎える。


「……誰だあんた? 」


瞬間、貴士は腰に差していた自動拳銃を引き抜いて銃口を彼に突き付けた。

ものの数秒で空気が一変したのを感じ取ったのか、男は声を上げずに両手を上げる。


「……フォンはここだな? 」

「そ、その声……お前……アインか……? 」


男の問いには一切答えずに引き金を握る力を強めた。

玄関が開いたままの様子に気づいたのか部屋の中にいた男の仲間らしき人物が顔を出す。

銃を突きつけられている光景に一瞬呆気に取られながらも、彼を助けようと拳銃を引き抜こうとした。


貴士の背後で金属が擦れる音が聞こえた直後、二郎の手にはセンチュリオンが握られている。

銃口を仲間らしき男に突き付けながら、彼は涼し気な顔を浮かべていた。


「生憎騒ぎを起こすつもりはないんだよ。ここで銃撃事件なんて起こしたら匿っている組織の生き残りの居所をバラす事になる。いいね? 」

「あ、あんた……どうして、それを……? 」


彼の問いに男は震えながら何度も頷き、二人を部屋の中へ招く。

ダイニングルームには別の仲間が数人ソファに腰掛けており、出来上がった死体に見向きもせずに貴士達に睨みを利かせた。


「フォン・リーインだな。聞きたい事がある」

「テメェ、いきなり押しかけておいてどの口が――」


貴士のすぐ傍で座っていたフォンの手下らしき男が立ち上がって彼の頬にバタフライナイフを突き付ける。

ワルサーP99を仕舞い、両手が空いた事を目の前の男に見せると貴士はナイフを持っていた彼の手首に掌底を放った。

叩き落とされるナイフを掴み取り、男の足の甲に突き刺すと地面にそのまま貫通させる。


「余計な小細工はいらない。抵抗したら殺す。話さなくても殺す。ただ俺の質問に答えろ」

「……リー・シャオロンの飼い犬がどうして……」

「マスターは関係ない。もうあの組織は終わった」


観念したかのようにフォンは両手を上げ、何が望みだと彼に問うた。


「威瀬会系暴力団の情報だ。日本のヤクザのな」

「そんなもん知って何になるんだ? 」

「お前には関係ない。元幹部のお前なら情報を持っている筈だろう」


あるにはあるが、と渋りながら携帯を彼に手渡す。

加えてフォンの足元にあったセカンドバッグの中から威瀬会の幹部の資料を奪い取り、貴士は後ろにいた二郎に預けた。


「引き上げよう。伝手はもう二つある」

「お、おいッ! 待てよ! アイン! 」


ワルサーP99の銃口を向けながら貴士は二郎を連れて部屋を立ち去ろうとしたその時、男が彼の名を呼ぶ。

ゆっくりと振り向き、貴士は男に言い放った。


「アインは死んだ。もういない」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

<香港市内・ホテル>


 その後も二郎と共に威瀬会の情報を集め、(時には暴力を駆使して)小百合からの任務を無事に終わらせた貴士は宛がわれたホテルの部屋でシャワーを浴びた。

付着した血の匂いを洗い落とし、シャンプーを手に馴染ませると右肩に刻み込まれた1という入れ墨が鏡に映る。

彼はそれを指先で撫で、目を瞑った。


アイン、という忌々しい名前を彼は一生抱き続けるのであろう。

畑貴士という名前を貰っても。


何故こんな事にひどく胸が苦しいのか彼には分らなかった。

変わる事を恐れているのだろうか。

新しい名前、新しい飼い主、新しい場所。


それらが貴士にとって、ひどく恐ろしいものに見えて仕方がなかった。


「……クソッタレ」


体を洗いながら付着した泡を洗い流し、アインは腰にタオルを巻いたままシャワールームを出る。

冷蔵庫の中にあったミネラルウォーターの封を切り、一気に半分まで飲み干した。


身体中に出来上がった幾つもの裂傷や銃弾の傷跡を撫でながら彼は濡れた髪を乾かし始める。

ドライヤーを終えた後彼は寝間着に腕を通しながら再び寝室へと戻った。


「あら」

「……日々谷小百合、か」

「そんな仰々しく呼ばなくていいわ。小百合でいい」


同じく寝間着に着替えた依頼主、日々谷小百合が寝室の椅子に腰かけている。

化粧を落としたのにも関わらず彼女の美貌は相変わらずのもので、夜だというのにその美しさを際限なく放っていた。


「何の用だ。俺が持って来た情報に不満でも? 」

「そんな事ないわ。むしろ完璧と言っていいほどね」

「それは光栄だ」


向かい側の席に座り、テーブルの上に置かれていた半開きのペットボトルに手を伸ばす。

その瞬間、机が音を立てて揺れた。


「貴士君はお酒、飲めるかしら? 」

「……まあ、嗜む程度には……」

「そう。なら晩酌に付き合ってちょうだい。このくらいいいでしょ? 」


アンタがそう言うなら、と貴士は空いていたグラスに手を伸ばす。

次の瞬間彼のグラスに氷とウィスキーが注がれ、透明だった器は瞬く間に褐色の液体で満たされた。

縁を傾け、酒を口の中へ放り込む。

アルコール度数の高い味と香りが彼の口内を支配し、思わず咳込んだ。


「ッ……随分と強い酒だな……」

「そうでもしなきゃ君、自分の腹の内明かさないでしょ。ねえ……本当に日本に連れて行ってもいいの? 」

「……構わない。元々ここもマスターに連れてこられたんだ」


マスター、という言葉に僅かばかり小百合は顔を顰める。


「それに、組織のバッググラウンドがない状態で俺は人を殺した。ここにいてはブタ箱にぶち込まれるのがオチだからな……」

「流石に刑務所は嫌って訳ね。ま、そりゃそうか」


「日本は前から行ってみたかった、というのもある。煙草と酒、それに飯が美味いと聞いた」

「へぇ。意外とグルメなのね」


酒の味に段々慣れてきたのか、貴士のグラスを持つ手が何度も口に伸びた。

飲む回数が増えていくにつれて彼の顔も紅潮し、深く息を吐く。


「……どうして、あんたは威瀬会に復讐しようと考えたんだ? 」

「んー……やられっ放しは普通に腹が立つとは思わない? 自分の人生を台無しにされて黙ってる程、私はお人好しじゃないし」


「……俺の人生も、台無しだ」

「だったら、これから変えればいいじゃない」


彼女が口にした言葉に思わず貴士は呆気に取られた。

自分で変える。

だが、どうやって変えていけばいいのか。


「楽しい事があったら子供みたいに笑って、むかつく事されたら馬鹿みたいに怒って。それでいいのよ、人生っていうのは。自分が思った事をそのまま行動に移せばいいの。もう君は兵器じゃない。飼い犬でもない。うちの社員よ。日々谷警備保障会社のね」

「……そんな会社の名前、いつ考えたんだ? 」

「あれ、言ってなかったっけ? 表向きはこういうスタンスで行こうと考えてるの」


無邪気に笑う小百合に釣られ、貴士も僅かばかり口角を吊り上げる。

初めて人らしく笑った貴士は妙な安心感を覚えた。


「もうお酒無くなっちゃったか。ごめんね、いきなり押しかけて。とりあえず、明後日のフライトで日本に飛ぶから準備しておいてね」

「ああ、分かった」


互いに別れを告げ、小百合は彼の部屋から去って行く。

次に貴士はベランダに足を運び、ポケットに仕舞っていた煙草に手を伸ばした。


「"変えればいい"、か……。俺は、変われるのかな……」


咥えた煙草に火を点けながら貴士は夜空を見上げる。

こうして彼は、畑貴士としての第一夜を終えたのであった。

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