起きない女王を起こす方法
ある国に4人の女王がおりました。
4人の女王はそれぞれ春、夏、秋、冬の季節を司っており、彼女らが交替で塔に住むことにより、この国には四季が巡っていました。
1年は12ヶ月。よって彼女らが塔に住む期間は1人あたりおよそ3ヶ月。
その年によって若干の差異はあるものの、毎年何事もなくこれは繰り返されてきました。
今年も何事もなくそれは繰り返されると思っていました。
しかし……。
塔の隣にあるお城。
そのお城のある部屋の一つで2人の女性が頭を抱えていました。
「うーん、どうしようか」
「どうしましょう」
彼女らは夏の女王と秋の女王。それぞれ夏と秋を司る女王です。
彼女らは悩んでいました。
腕を組み、頭を捻り、眉を寄せ、必死にその悩みの解決策を考えていました。
何を悩んでいるかって?
本日の献立? いいえ、献立はシェフが考え、作ってくれます。
明日の天気? いいえ、明日は特に予定もなく、天気は関係ありません。
食べ過ぎで太った? たしかに悩んでますが、今は違います。
では、その悩みとはなんでしょう。
夏の女王が口を開き、悩みのタネを口にします。
「春っちが……起きない……!」
女王が塔に住むことで、この国には季節が訪れます。
しかし、ただ塔に住むだけではその季節は訪れません。
その季節が訪れるためには、女王は『力』を消耗します。
そのため、女王は自分の季節の1ヶ月ほど前から、『力』を蓄えるため睡眠期間に入ります。
春の女王も来たる春に備え、1ヶ月前から『冬眠』に入りました。
しかし、1ヶ月経っても春の女王は起きてきませんでした。
もともと春の女王はお寝坊さん。今までも少し遅れて起きることがあったため、いつか起きるだろうと、みんな春の女王を起こしませんでした。
そうして1ヶ月が経とうとしていました。
さすがに起こさないわけにはいきません。
こうしてみんな春の女王を起こそうとしました。
しかし、春の女王は起きませんでした。
今もすやすやと気持ち良さそうに自分のベッドで寝ています。
このことを知っているのはお城の中でも数人だけ。
お城の外では、いつまでも冬が終わらないため、国民も不安がっていました。
「いったいどうしたら春っちは起きるんだ……?」
「うーん、どうしたらいいんでしょう……」
夏の女王と秋の女王は再び考え込みました。
そして、このまま考え込んでいても拉致があかないと思ったのか、夏の女王は言いました。
「よし。とりあえず春っちの部屋に行こう! 今日もいろいろと試してみよう! 行くよ、秋っち!」
「そうですね。行きましょう、夏さん」
2人は春の女王の部屋へと移動しました。
コンコンと秋の女王が部屋の扉をノックします。
中には眠っている春の女王しかいないので、なにも返ってはこないとは思いつつも、それでも一応ノックをしました。もしかしたら起きていて、なにか返ってくるかもしれないと思って。
部屋からは予想通りなにも返ってはきませんでした。
2人は頷き合い、そのまま春の女王の部屋に入りました。
春の女王の寝室。そこには一つの大きなベッドがありました。
そのベッドで春の女王はたくさんのぬいぐるみとともに、気持ち良さそうに眠っています。
「……うーん……もう食べられないよ〜……むにゃむにゃ……」
すやすやと寝息を立て、ときどきそんな寝言も言っています。
その寝顔はとても幸せそう。まるで見てるこっちまで幸せな気分になってしまいそうなほど。
許されるのならいつまでもこのまま寝させてあげたい。そんな幸せそうに眠る春の女王を今から起こすことに少し罪悪感も感じてしまう。
しかし、そう言ってもいられません。
これ以上春が訪れなければ、国民も不安になるし、今も塔で『力』を使っている冬の女王も倒れてしまいます。
なんとかして春の女王を起こさねばなりません。
しかし、もともと『力』を蓄える『冬眠』は深い眠りにつくもの。そう簡単には起きません。
加えて春の女王は普段から朝起きるのは苦手です。いつも誰かが起こしにいかないと起きてきません。
そんな彼女が『冬眠』に入った。
起こすことは容易ではありません。
現に今まで起こそうといろいろな行動を起こしましたが、春の女王は一向に起きる気配はありませんでした。
声をかけても揺すっても、春の女王は起きませんでした。
さあ、夏と秋の女王はどうやって春の女王を起こすのでしょうか。
「よぉ〜し! 私に任せてっ!」
まず夏の女王が一歩前に出ました。その顔は自信に満ち溢れています。なにか良い策があるのでしょうか。
「ど、どうするんですか?」
自信満々な風貌の夏の女王に秋の女王は尋ねました。
起きない春の女王。彼女を起こす夏の女王の策とは……!
「大きな声で起こすっ!」
自信満々に言った夏の女王の言葉に、秋の女王は一瞬言葉を失いました。
しかし、すぐに思い出したように、
「……え、でも、夏さん昨日もそれやって、それで春さん起きなかったですよね……?」
「昨日より大きな声を出す! 大丈夫、今日の私は昨日の私より調子が良い気がするからっ!」
「……あ、はい……そうですか……」
夏の女王は考えることが得意ではありませんでした。
夏の女王が春の女王のベッドの側に立ちます。
そこで夏の女王は、すぅ〜っと大きく息を吸い込み……そして、上半身をそらしたままピタッと止まり、
「はるっち〜〜〜〜〜〜っ!!!! お〜〜〜〜き〜〜〜〜て〜〜〜〜っ!!!!」
夏の女王の声は城中に響き渡りました。
部屋が振動で震えている気もします。同じ部屋にいた秋の女王は思わず耳を塞ぎました。
「ふう……ふう……」
大声を出した夏の女王は疲れ、肩で息をしています。
秋の女王は耳を塞いでいた手を外しました。まだ耳鳴りがする気がします。
こんな大きな声を近くで出されたら、さすがに眠ってなんかいられない。自分だったら起きるだろう。
秋の女王はそう思い、春の女王の側に駆け寄りました。
そして、ベッドの中の春の女王の様子を伺います。
そこにいた彼女は、
「……すう……すう……」
変わらずに寝息を立てていました。
「うーん。ダメだったかー」
大きな声では春の女王は起きませんでした。
「次は私がいきます」
秋の女王は言いました。
「いよーし、頑張ってー。ちなみに何するの?」
夏の女王が尋ねます。
起きない春の女王。彼女を起こす秋の女王の策とは……!
「く、くすぐります!」
と、秋の女王は言いました。そして、夏の女王の方を向き、
「だ、大丈夫ですよね……? くすぐることはまだしてないですし……これで起きますかね……?」
「うん、大丈夫だと思うよ。ファイトだよっ!」
不安そうな秋の女王を夏の女王が励ましました。
秋の女王はそれを聞くと安心したようにベッドの側まで近づきました。
そして、くすぐるために春の女王に手を出して……、
「……もし、これで起こされたら春さん怒りませんかね? 他の案がいいんでしょうか……?」
「大丈夫っ! 春っちは優しいから、そんなことじゃ怒らないよ」
秋の女王は小心者でした。
「で、では、失礼します、春さん」
秋の女王の手が春の女王の体に触れました。
秋の女王はその手をこちょこちょと動かしました。
こちょこちょ……こちょこちょ……。
指を小刻みに動かし、春の女王の体をくすぐります。
自分ならすぐに笑ってしまいそう。
夏の女王はそう思いながら、春の女王の様子を伺いました。
しかし、彼女は、
「すー……すー……」
春の女王は一向に起きませんでした。
「うう……すみません……」
くすぐりでは春の女王は起きませんでした。
「どうやら私の番のようね」
2人が再びどうしようかと思い悩んでいるとき、扉の方からそんな声が聞こえました。
2人はそろって扉の方を見ました。
そこには2人の良く知った人物がいました。2人はその人物の名を口をします。
「冬っち!」「冬さん!」
そこにいたのは冬の女王でした。
「冬っちも春っちを起こしに来たの?」
「ええ」
夏の女王の問いかけに冬の女王は短く答えました。
冬の女王はとても賢い女王。
夏の女王は冬の女王が手を貸してくれることを素直に喜びました。
しかし、その隣で秋の女王はどこか不安げ。
秋の女王は冬の女王に向かって問いかけました。
「え? その……どうしてここにいるんですか? 塔は……?」
秋の女王の疑問は当然です。
今の季節は冬。冬の女王が塔にいなければいけない季節です。
女王が塔にいることで季節は巡ります。
では、女王がいなくなるとどうなるのでしょう?
女王がいなくなることで、その季節は安定を失い、荒れ狂った季節は災厄となり国を襲うと言われています。
だから、塔には必ず女王が住み、季節を巡らせなけばなりません。
そんな女王が近いとは言え、塔とは別の建物であるお城。その中の春の女王の寝室にいるとなれば、秋の女王の疑問は当然のものです。
不安そうな秋の女王に向かって、冬の女王はこう答えました。
「1日2日なら大丈夫よ」
季節が移り変わるのも1日や2日では急に変わらないように、季節が災厄となるのも1日や2日で急に変わるものではない。徐々に季節は荒れ狂うから、そうなる前に戻れば問題ない。
冬の女王はそう説明しました。
「なるほど」
夏の女王が納得したように頷きました。
「だ、大丈夫なんですかね……?」
小心者の秋の女王はまだ少し不安そうです。
「まあ、なんにしろ春子が起きないとなにも状況は良くならないわ。ひとまず春子を起こすことを考えましょう。私にも案があるのだけど、いいかしら?」
「どんなの?」「どんなのですか?」
夏の女王と秋の女王が尋ねます。
起きない春の女王。彼女を起こす冬の女王の策とは……!
「このまま池に落としましょう。水の中ならさすがに起きるでしょう」
「「やめてあげて!!」」
冬の女王は冷徹でした。
「冗談よ。私の本当の策は別の」
冬の女王は2人に落ち着くよう言いました。そして、本当の策を言いました。
「こういうときのお約束は王子様のキスで目覚めると相場が決まっているの。だから、来てもらいました」
そう言って冬の女王は扉の向こうをチョイチョイと手招きしました。
そこからやって来たのはこの国の王子。そのお顔は大変可愛らしく、将来は美少年になると噂されるほどの、齢が5つである王子でした。
王子はみんなから愛され育てられ、女王たちにとっては弟みたいな存在でした。
「冬おねえちゃん。ぼくは春おねえちゃんにきすをすればいいのか?」
「ええ、そうよ、王子。さあ、あそこのベッドに春子がいるわ。いってらっしゃい」
「わかったのだ。いってくるのだ」
王子はそう言うと、テテテッと駆け足でベッドまで行きました。
「よいしょっと」
そしてベッドに登り、すやすやと眠っている春の女王の頰にチュッとキスをしました。
春の女王はそれに対し、
「うーん……むにゃむにゃ……」
「わっ、春おねえちゃん!?」
寝返りを打ち、ぬいぐるみを抱きかかえるように王子を抱きかかえました。
全く起きる気配はありませんでした。
「やっぱり駄目だったわね」
王子(5歳)のキスでは春の女王は起きませんでした。
その後、王子を春の女王の腕の中から救出し、自身の部屋へと帰らせた女王たちは再び春の女王を起こす策を考えました。
「声も駄目、くすぐりも駄目、キスも駄目。何なら起きるのよ、春子は」
「もう春っち起こすの諦める? 『春』をとばして、私の『夏』を始める?」
「だ、駄目ですよ。きちんと『春夏秋冬』を巡らすのが、私たち女王の役目。それを変えるなんて……」
夏の女王の案に秋の女王はすぐさま否定しました。
冬の女王も言いました。
「ええ、『春』をとばしたら、国民もとても混乱するだろうしね」
「やっぱりそうかー」
「それに『夏』を始めるために夏子は『春眠』……いや、まだ冬だから『冬眠』かしらね……とにかく1ヶ月睡眠するでしょう。さすがにあと1ヶ月は私がもたないわ」
やはり、ここは春の女王を起こすしかありません。
夏の女王、秋の女王、冬の女王は各々思案しながら呟きます。
「そういえば、春っちはよくお昼寝もしてたね……。そのときもなかなか起きなかったような……」
「こちらから起こすのは駄目なんでしょうか……。春さんの方から起きようとしてこないと……」
「声、くすぐり、キスは駄目……。他に与えられる刺激は……」
「なかなか起きないお昼寝だけど、あのときだけはすぐに起きてたような……。たしかあれは……」
「なにか春さんの気をひくもの……。好きなものとかどうでしょうか。春さんの好きなものは……」
「聴覚、触覚は駄目……。視覚は寝ているから無理だとして、残りは……」
女王たちはそれぞれ呟きながら、ある一つの案にたどり着きました。
3人は顔を見合わせ、その案を口にしました。
起きない春の女王。彼女を起こす3人の女王の策とは……!
「「「ご飯だ!!!」」」
それから数時間後。
3人の女王は、お城のキッチンの一角にいました。
3人がたどり着いた『ご飯』という策。
春の女王は食べることも大好き。
だから、食べ物を用意すれば、その匂いや雰囲気に釣られて起きて来るだろうという作戦でした。
基本的にどんな食べ物でも好きな春の女王ですが、中でも1番の好物は『桜もち』。
その桜もちを作ろうということになりました。
3人はシェフの元に行き、シェフに教えてもらいながら桜もちを作りました。
そして現在、餡子と桜色のお餅、塩漬けされた桜の葉が出来上がりました。
後はこれを包むだけ。
これだけなら女王たちだけでも出来ます。
シェフにも自分の仕事があるため、3人はシェフにやり方を教えてもらい、後は自分たちでやることにしました。
3人の女王はせっせっと餡を餅で包み、それを桜の葉で巻いていきます。
「それにしても……相変わらず不器用ね、夏子は」
冬の女王は夏の女王が包んだ桜もちを見て言いました。
夏の女王の作った桜もちは他の2人に比べ、少々歪な形をしていました。
「食べたら一緒だよっ! ……秋っちは相変わらずゆっくりだね」
夏の女王は秋の女王が包んだ桜もちを見て言いました。
秋の女王の作った桜もちはとても慎重に包んでいるため他の2人に比べ、数は少ないのでした。
「丁寧と言ってください。……冬さんは遊ばないでください」
秋の女王は冬の女王が包んだ桜もちを見て言いました。
冬の女王の作った桜もちは他の2人に比べ、いろいろな形をしていました。
「見て見て秋子、雪だるまならぬ餅だるま」
「真面目にやってください」
冬の女王の言動に夏の女王はあははと笑い、それに釣られ、秋の女王と冬の女王も笑い合いました。
「なんだか……昔を思い出すわね」
冬の女王が懐かしむように言いました。
「そうだねー……。昔はいつも一緒に遊んでたね」
「そうですね……春さんも一緒にいつも4人で……」
夏の女王、秋の女王もしみじみと思い出します。
まだ4人が女王になる前。
4人はとても仲が良く、いつも一緒に遊んでいました。
どんなときでも一緒。
ご飯を食べるときも、お城の中庭で遊ぶときも、どこかへ探検に行くときも、危険なことをして叱られるときも、お風呂に入るときも、寝るときも。
何をするのもいつも一緒にいました。
しかし、4人が女王になってからは段々と一緒にいる機会も少なくなりました。
誰かが必ず塔に住んでいる。次の季節の女王は1ヶ月前には『睡眠』に入らないといけない。
4人でいる機会はなくなりました。
別に仲が悪くなったわけではありません。
しかし、4人でいることも無くなり、彼女らは徐々に疎遠になっていました。
こうして今回のようにみんなで集まって何かをするというのは大変久しぶりなことでした。
「あの頃を思い出すわね……」
「うん……」
「ですね……」
冬の女王の言葉に2人は感慨にふけりました。そのまましばらく3人の間に沈黙が続きます。
そんな空気を嫌ってか、沈黙を破ったのは冬の女王でした。
「ふふっ、そう言えば覚えてる? みんなでピクニックに行ったときのこと……」
「えーっとー、どんなことがあったっけ?」
「ああ、ありましたね。あのときですね」
3人は昔話に花を咲かせながら、桜もち作りを続けました。
そして……、
「「「出来たぁーっ!」」」
用意した分のすべての桜もちを包み終えました。
完成した桜もちは様々。
形がきれいなもの歪なもの、丸いもの三角なもの。しかし、どれも一生懸命作ったものでした。
「よしっ! これならっ!」
「春さんも!」
「起きてくれるわね!」
3人は完成した桜もちをお盆に乗せ、春の女王の寝室まで運びます。
桜もちからは美味しそうな香りが漂っています。
その香りに、まだ外は冬なのに、まるで春が訪れたような感覚になってしまいそう。
扉の前に着き、3人は頷き合いました。
扉に手をかけます。そして、
「春っち〜! ご飯だよ〜っ!」
夏の女王の大声とともに3人は部屋に入りました。
桜もちの香りが部屋いっぱいに広がります。
「ほら〜、今日のご飯は春さんの大好きな桜もちですよ」
秋の女王も言葉を続けます。
「良い香りでしょう。春の訪れを感じるわね」
冬の女王は桜もちを春の女王に近づけました。
3人は今回の策に自信がありました。
嗅覚を刺激し、春の女王が大好きなものであり、過去の経験談から考えられた『ご飯』という策。
桜もちを持って来れば、春の女王は確実に起きる。
3人はそう思っていました。
しかし、それでも……、
「むにゃむにゃ……もう食べられないよぉ〜……」
ご飯では春の女王は起きませんでした。
「まさか、これでも起きないなんてね」
冬の女王が言いました。
3人はテーブルの上に桜もちを置き、再び春の女王を起こす策を話し合っていました。
「うん、そうだね。まさか春っちがご飯でも起きてこないなんて……」
夏の女王も驚き、落胆しています。
「食べられないって寝言を言っていましたね」
秋の女王の言葉に2人は頷きます。
「夢の中で桜もちでも食べてるんじゃないでしょうね」
「春っちならありえそう……」
「お腹いっぱい食べたんでしょうか……」
3人は再び春の女王を起こす策を考えます。
しかし、さっきの策に自信があっただけに、なかなか次の策は出てきません。
どんな策でも、『ご飯』以上に効果があるとは思えないのです。
それでも3人は考えます。
このままではいけない。春が来なければ作物も尽きてくる。それより先に冬の女王が倒れ、国に災厄が来てしまう。
冬の女王、秋の女王は考えます。春の女王を起こす策を。
考え、考え、考え……、
「おいしっ」
夏の女王の一言に目を伏せ考えていた2人の女王は目を開けました。
そこには桜もちを食べている夏の女王がいました。
「……なにしてるんですか……?」
「おいしいよ、桜もち。秋っちも食べなよ」
「いや、そうじゃなくて……なんで桜もちを食べてるんですか……」
「いや〜、おいしそうで、つい」
嘆息する秋の女王に夏の女王は悪びれもせず答えました。
そんな夏の女王の様子を見て冬の女王は言います。
「まあ……そうね、私もいただこうかしら。作って食べないなんてもったいないものね」
「あ、冬さんまで」
冬の女王は桜もちを手に取り、桜の葉を外し、餅を口に運びます。
「うん、おいしい」
「………………」
そんな冬の女王を見て、秋の女王も桜もちに手を伸ばし、口に運びます。
「……おいしいです」
自分たちが春の女王のために作った桜もち。
シェフに手伝ってもらいながら、女王たちが桜もちを作っているとき、シェフは言いました。
食べてもらう人のことを考えながら作るのだと。
自分の料理を食べてもらって、その人にどんな表情をして欲しいのかと。
そう思いながら作ることで料理は美味しくなるのだと。
3人の女王は桜もちで春の女王を起こした後、桜もちは春の女王に食べてもらうつもりでいました。
形は不揃いですが、そのひとつひとつに春の女王への想いが込められていました。
シェフが作った方が時間も速く済んだし、形も味も良いものが出来たでしょう。
しかし、そんな想いが込められた桜もちには、他にはないおいしさがありました。
「あっ、これ冬っちが作ったやつだ。あはは、変な形〜」
「ふふっ、いいでしょ。これは秋子が作ったものね、いただくわ」
「はい、どうぞ食べてください。夏さん、これ桜の葉が2枚ついてます」
3人はテーブルを囲み、桜もちを食べながら、談笑をし始めました。
春の女王を起こすのを諦めたわけではありません。ただ、ほんの少しの息抜きのつもりでした。
こうして楽しくおしゃべりするのもずいぶんと久しぶりです。話題は山のようにありました。
「……顔はなかなか良かったんだけど、性格がねー……」
冬の女王は語ります。隣の国の王子にプロポーズされたことを。
「……とてもいい話でした。今度みなさんにお貸ししますね……」
秋の女王は語ります。最近見つけたオススメの本を。
「……それでね、一緒に野原を走るんだよっ……」
夏の女王は語ります。とても可愛らしい子犬を飼い始めたことを。
「……そこがよくお日さまが当たるとこでねぇ〜。ついお昼寝をしちゃうんだよぉ〜……」
春の女王は語ります。散歩しているときに偶然見つけた秘密の花園のことを。
4人の会話は大変盛り上がりました。
今まで積もりに積もった話。話のタネが尽きることはありませんでした。
とても楽しくあまりに自然だったため、3人の女王がいつの間にか会話に入っていた春の女王に気づくのはしばらくしてからでした。
「で、なにをしているのかしら……?」
「うぅ〜ん、おいしいねぇ〜、この桜もち」
春の女王が起きて、ごく自然に会話に入ってきていることに気づいた3人の女王は驚き、混乱しました。
一方、春の女王はとても幸せそうに桜もちを食べていました。
春の女王はマイペースでした。
「あれだけやって起きなかったのに、なんで今……?」
「やっぱり桜もちに釣られてでしょうか……」
夏の女王と秋の女王は顔を見合わせ言いました。
冬の女王はふうとため息をつき、
「まあ、ある意味春子っぽいわね。ほら、行くわよ、春子」
と、春の女王を連れて行こうとしました。
行く先は王様のところ。
なにはともあれ、春の女王は起きたのです。急ぎ王様に報告し、そして塔に行き季節を変えねばなりません。
「………………」
「春子?」
しかし、春の女王はうつむき、その場を動こうとしません。
「……まだ……行きたくない〜……」
「なっ……!」
うつむいたまま言った春の女王の言葉に冬の女王は絶句しました。
「なに言ってるの、春っち!? そんなの駄目だよっ!」
「そうですよ、春さん! 春さんが行かなかったら、大変なことに……!」
考え直すように言う夏の女王と秋の女王に春の女王は慌てて言いました。
「ち、違うのぉ〜、なーちゃん、あーちゃん。ちゃんと行くよ〜。でも……まだ、ここでみんなとお話ししたいな〜って思って〜」
春の女王は言葉を続けました。
「こうしてみんなとお話しするのって、ずいぶんと久しぶりでしょ〜。だから、まだお話ししたいのぉ〜。……ここでお別れすると、またみんなで会うときはなくなりそうだから〜……」
3人の女王は何も言えませんでした。3人ともそうなると思っていたのでしょう。
「みんな集まらなくなって、私寂しかった〜。また昔みたいにみんなで遊びたいよ〜。なーちゃん、あーちゃん、ふーちゃんと話してとても楽しかったの〜。だから……まだ……」
女王になってから昔みたいに4人一緒にいる機会がなくなった女王たち。
塔に女王がいる間は他の女王は塔に行ってはいけないきまりになっています。
2つの『力』が塔で使われると、2つの季節は合わさってしまうからです。
『力』を使わなければ問題はありませんが、万一を考え、他の女王は塔には行ってはいけないきまりになっていました。
塔にいない女王同士が会うことはあっても、昔はいつも4人でいたため、どこか物足りなさを感じていました。
それでも集まろうと思えば、どうにか集まることは出来ました。
しかし、しばらく4人で会わなくいると、どこか集まりづらくなり、結局4人が集まることはありませんでした。
春の女王はそれにとても寂しい気持ちを感じていました。
自分が『冬眠』から覚めたら、また1人になってしまう。
また昔みたいに4人で遊びたい。
春の女王は桜もちに釣られて起きたわけではありません。
3人の女王が楽しく話している。そんな昔みたいな雰囲気に釣られて起きてきたのでした。
「だから、まだこうしていたいの〜。駄目?」
春の女王のお願い。それに対し、冬の女王が近づいてきました。
バカなこと言ってないで、早く王様のところに行くわよ。春の女王は冬の女王がそう言うと思っていました。
しかし、冬の女王の行動は予想と異なり、春の女王の手を握り、こう言いました。
「そうね、まだまだ話し足りないわ。お話しましょう。今からも……これからもずっと……!」
「ふーちゃん……!」
気がつくと夏の女王、秋の女王も2人の側までやってきました。
「うん、そうだよ。またみんなでどこかに遊びに行こう。みんなで遊ぼうっ!」
「何して遊びます? 考えるだけで楽しくなってきますね」
「なーちゃん……あーちゃん……」
寂しいのは春の女王だけではありませんでした。
3人も同じ気持ちを感じていました。
また4人で遊びたい。
4人の気持ちは同じでした。
「春になったらお花見に行こうよ〜。お団子がおいしいんだ〜」
「夏になったら海に行こうっ。みんなで沖まで競争だよっ!」
「秋になったらお月見もしましょう。月がきれいですよ」
「冬になったら雪遊びはどうかしら。一番大きな雪だるまを作ってみせるわ」
4人のお話しはとても楽しい楽しい時間でした。
冬が終わりを告げ、国に春が訪れました。
積もっていた雪は溶け、暖かな空気に誘われ、動植物も目覚め始めていました。
「まったく……春子もこれくらい目覚めが良ければねぇ」
「あはは……」
「ねえ、見て見て春っち。あれ、おいしそうっ」
「わぁ〜、ホントだぁ〜」
街には4人の女王の姿がありました。
あの後、春の女王が起き、しばらくお話しをしてから、4人は王様のところへ行きました。
寝坊した春の女王と勝手に塔から出ていた冬の女王は王様からお叱りを受けました。
その場にいた夏の女王と秋の女王は一緒にお叱りを受けると言いました。昔はよくみんなで一緒に叱られたものです。
最初は不思議がっていた王様でしたが、この状況に昔を思い出し、どこか懐かしむような雰囲気になりました。
お叱りが終わり、4人の女王は王様に頼みました。
4人一緒にいる機会が欲しいと。
それはよろしくないと反対しようとしていた王様でしたが、4人の真剣な眼差し、そして4人の気持ちを理解し、それに了承しました。
王様は気づいていました。
女王になってから4人は時折寂しそうな表情をすることを。
4人がどこか物足りなさを感じていることを。
そして、それが先ほどのお説教のときには感じられなかったことを。
こうして4人の女王は短い時間ですが、塔から出ること、他の女王が塔に入ることを認められました。
そして、4人は久しぶりのお花見に出かけていました。
「早く早くーっ! 置いてくよ、みんなーっ!」
「ま、待ってください、夏さん。……あれ? 春さんはどこに行きました?」
「どこかに行ったわね。まあ、そのうちひょっこりと戻ってくるでしょう。先に行きましょう」
「だ、大丈夫ですかね……?」
「大丈夫よ。もう子供じゃないんだから」
「そうですか……。でも、やっぱり探した方が……」
「大丈夫よ」
「どうしたの〜、あーちゃん。困ったことでもあったの〜?」
「春さん! もう、どこに行ってたんですか!」
「えへへ〜、途中できれいなお花を見つけてねぇ〜。見てたの〜」
「いなくなるならいなくなると言ってください!」
「えへへ〜、ごめんねぇ〜」
「2人とも、早くしないと置いていくわよ……夏子が」
「みんなーっ! はーやーくーっ!!」
時間が経ち環境が変わり、もう昔のようにずっと一緒にとはいかなくなりました。
しかし、会うときは少なくても4人の仲は昔と変わらず、これからもずっと仲良しでしょう。
これからも、ずっと。