そのいち。
時間軸の上では、おとめごころ(http://ncode.syosetu.com/n0515dj/)の続きにあたります。
「リアクション薄いね」
アニー・ホールがいささか不満げに言うのに、横田はじろりと相手をにらんだが、迫力というものは欠片も見当たらなかった。
というよりも、今の外見だと『華奢な体格のうら若い東洋人女性が、ふくれっつらで上目遣いしただけ』にしか見えないのだから、これで迫力などあるはずも無い。アニーはむしろ喜んでいるくらいである。
「うん、やっぱりこのデザインで正解だ」
「何の冗談だ、これは」
間に合わせに身に付けた戦闘服は女性用だが、身長はとにかくとして、幅が合っていない。仮外装はあくまでも一般人女性を模しているから全体に細身で、服がダブついている。
余った袖がなんとなく鬱陶しくてパタパタと振ってみると、アニーはますます、満足そうだった。
「カワイイは正義、と言うそうじゃないか?正義をちょっと実現してみただけだ」
要らんことを吹き込んだのは、木村亜紀あたりだろう。あの娘、あれで実に遠慮と言うものがない。
いや、個人の問題ではなく、種族特性か。仲間と認識した相手に容赦ないのは、他の原種若年女性も似たようなものだから。
大喜びしながら要らんことを企み、それでいて礼儀正しさは失わないのだから、たいしたものである。
あまり発揮しなくていい能力のようにも思うが。
「それはまあ構わんが、これじゃ戦闘能力が低すぎるな」
どうにも様にならない、有り体に言うと服に着られている有様なのは横において、横田は本題に戻った。
「なんだ、女性型なのは気にならないんだ」
「動ければどちらでも問題はないだろう」
生身の頃に男性だった記憶はあるから男性形態のほうが好みだが、今の横田に性を自認する生体部位は残っていない。
藤吾郎は罰ゲームで女装させられた時に必死で抵抗していたが(似合わない事この上なしだから、忌避してくれるくらいでちょうどいいが)、性別を問われれば『どちらでもない』としか回答しようのない横田としては、ああいう反応を示す必要もないのが実情だった。
そのくらい判っていろ、と思うのだが、つけっぱなしの通信機の向こうからは賭けに勝った負けたのやり取りが聞こえてくる。強制捜査課もまことに平和なことだ。今は重大作戦の最中のはずなのだが。
「それより、この体格に合わせられる格闘用外装が有るかどうかが問題だぞ」
いくら原種用といってもそもそも格闘用外装を着用するのは戦闘員であり、鍛えた肉体があってこその代物だ。この体格では外装のフィッティングが悪すぎるだろう。それを指摘すると、アニーはふんと鼻を鳴らした。
「今の仮外装で戦闘させるわけないでしょ」
「戦闘知性体にそれを言うか?」
もともと、戦闘用に改造された身である。二回目の改造でハイブリッド化した時も戦闘知性体としてのベースはそのままだったし、B二〇二二での違法改造(いやまあファロンの連中にしてみたら合法だったわけだが)は完全に軍事目的だったから、むしろ戦闘しない自分というものがまったく想像できなかった。
「肉弾戦ばっかり考えないで、たまには頭で勝負しなよ。頭脳労働なら体格関係ないよ」
「それは俺の分担じゃない」
情報操作を主とする工作もできなくはないが、他人に任せていることの方が多いし、そもそも軍用サイボーグや戦闘知性体はそういう用途で作られていない。
「でも今回は囮役だからね?ちゃんと務めなよ?」
「判っている。しかし近接戦闘くらいは想定すべきだろう?これでどこまで戦えるのか、確認しておきたいところだが」
「ホントに判ってるのかい?」
疑うような目で見られるのは、まったく心外だった。
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『ファッションセンスが無いのは自覚してるんだろう?』
裕保 は仮外装を見るなり爆笑した後、まず最初にそこを指摘してきた。
「言うに事欠いて、それか」
『そこが重要だろ、囮なんだから。現地の女性らしい格好ができないと困るぞ?』
お前に女性の役なんか務まるのか、と裕保は全く正直だった。
『外装はともかくなあ、立ち居振る舞いまで伴わなければ意味がないぞ?服がオッサン臭いのもダメだからな?』
「なんで俺だけとやかく言われなけりゃならんのだ」
『お前だけだからなあ、センスが無いのは』
レイも私も身なりはまともだぞ、と双児の兄は容赦の無いことを言った。
「無茶な改造しやがった連中に言え、絶対にあのへんでおかしくなったんだ」
同じ時空犯罪被害者のデータをもとに誕生した裕保と榮だから、2人の元になったのは同一人物だ。当該人物が殺されるまで、生まれてから約二十年ほどの間に蓄積した基本的な情報は同じなのだから、センスだって本来なら2人とも似ているはずである。異なる原因があるとしたら裕保と榮が別個体になった時、すなわち榮がハイブリッド化されて復活した二度目の改造だ。
いつも通りそう主張したが、裕保は
『改造のせいにするなよ、学習意欲も無かったくせに』
と、こうだった。
「人のことばかり言うが、おまえだって似たようなものだろう」
裕保の合成像も、たいしてファッションに気遣っているわけではない。仕事中なら当然だが制服だし、プライベートならシャツとズボンというきわめてありふれた服装だ。
『い~や、お前みたいに考えたくないから全部同じものをそろえるなんてズボラはしてないぞ』
「いつも似たような格好だろうが」
『同じデザイナーの服ってだけだろ』
物理的に存在しているかどうかと言う違いが有るだけで、衣服にデザインというものがあるのはどこでも変わらない。情報知性体が身につける『衣服』も同じことで、生地を裁断して縫製する代わりに、デザインからデータに落とし込むと言う過程を経ているだけの工業製品だ。何かと細かいことを気にする裕保は、大して代わり映えもしないのに、その辺のデータもまめに購入しているらしい。
『お前と一緒にしないでくれ。というか、いつも似たような格好って本気で言ってるのか?』
「本気じゃなければなんなんだ」
『違いくらい見て判れよ』
「なにも違いは無いだろう?」
そりゃまあ色彩は多少違っているようだが、シャツはシャツだしズボンはズボンだ。それ以外になにがあるというのか。
『あ~うん、お前に期待した私が馬鹿だった』
しみじみ言うとは、まったくもって失敬極まりない片割れである。
「そこまで言うか」
『言って当然だろう。いいか榮、服装については周りの指示に従えよ。お前が決めたらろくでもない事になる』
「細かい手順が多すぎる」
ハイブリッド知性体の頭脳で覚えられないようなものではないが、実行する意味があるのか問いたくなる、全く意味不明の細かさだ。シャツの袖や上着の裾が多少短かろうが長かろうが気候に合わせて着ておれば充分だろうし、色彩だって細かい事を言わずに黒でも着ていればいいだろうと思うのだが、それは手抜きだと何故かアニーに力説された。
「女物は面倒くさくて適わん」
東京支局スタッフが根負けしてくれたので、化粧はしなくていいことになったが、服装については勘弁してくれなかったのが納得いかない。
『つべこべ言わずに、教わったとおりにしろよ?』
もはや議論する気にもならない、と言いたいのだろう、裕保はすっかり投げやりな口ぶりだった。
『お前の頭に、常識をインストールする方法は無いもんかね』
相変わらず口の悪い片割れだった。
人物紹介
横田裕保:
時空犯罪被害者の脳から奪取された情報をもとに誕生した情報知性体。
誕生当初は「独立した知性体の定義に当てはまらない」とされ苦労したが、その後、無事に市民権を獲得。
同じ時空犯罪被害者の脳クローン(一部)と情報を元に誕生した横田榮より先に稼働していたため、『兄』にあたる。
ファッションセンスはごく普通。
榮にはまったく理解できていませんが、「同じデザイナーの服」は当然、シーズンごとにちょっとずつデザインが変わります。