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胴桐撫子の恋愛関係  作者: 安藤ナツ
五月二十七日 金曜日

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11/20

佐々結愛:胴桐撫子 ②

 教室を出てすぐに、結愛は撫子を見つけることができた。人通りの少ない廊下を歩く、楽しそうに揺れる髪の毛を、結愛は校則を無視して走って追いかけた。


「撫子ちゃん」


 背中に手が届くか否かと言った所で、結愛が声をかける。撫子は突然名前を呼ばれたことに驚いて肩を跳ねあげ、振り向いて結愛の顔を見た所でもう一度驚いたような表情をした。今まで碌に接点もなかったのだから、その反応も仕方がないだろう。

 立ち止って疑問符の形に首を傾ける撫子は可愛らしく、自意識の高い姫が嫉妬するのもわからなくはない。


「まだ、何か用なんですか?」


 暗に急いでいることを臭わせて、撫子が結愛の瞳を真っ直ぐに見つめる。目をそらしてしまいそうなほど、その眼は力に満ちていた。


「あ、違うの。私は別に小手川さんとは関係ないの」


 眼力に押されながらも、結愛は自分が敵ではないと両手を上げて弁明する。が、その後の台詞が続かない。確かに姫との関係は一切ないが、かと言って撫子の味方をしていたわけでもない。そんな人間が今更どの面を下げて、「困ったことがあったら私に言って」なんて言えるのだろうか?

 ようやく身に付けた勇気ではあったが、いかんせん状況が遅すぎた。

 何か言わなければならないと、必死に結愛は頭を回すが良い言葉は出てこない。オセロの対戦時に『結愛は、頭良いいから悩むくせに、考えが足らずに躓くんですよね』と樹に嫌味たっぷりに言われたことを思い出してしまった。

 そう言えば、こう言う時に樹はどんな風に話を切り出すのだろうか? と、頭の隅にそんな疑問が過ぎる。その答えは僅か一秒で出た。

 笑えばいい。樹は絶対に怒らないし、泣かないし、悩まないのだから。そして正直に思ったままに言えばいい。樹は言葉の装飾は多いが自分の言葉を飾ることはしないのだから。

 この場を切り抜けるのに、樹が正解になるとは限らないが、憧れの真似をするのが、理想への第一歩だろうと結愛は覚悟を決める。


「実はさ、撫子ちゃんに謝りたくてね」


 乾いた声で笑いながら、結愛は一切包み隠さずに全てを打ち明けた。


「ほら、小手川さんの……その、苛め? を看過してきたのをさ。ずっと駄目だと思っていたんだけどさ、勇気がなくてずっと助けてあげられなかったから。助けなくちゃいけないと思っていたんだけど、手が出せなくてさ。その、本当ごめんなさい。でも、今日の撫子ちゃん見ていたら、頑張れそうな気がしてきたの」


 ああ、なんて図々しくて厚かましくて恥知らずな台詞なんだろう。情けなくて言葉が詰まりそうになるが、それでも結愛は言い切った。


「だからさ。私、撫子ちゃんと友達になりたいの」


 駄目かな?

 尻切れ蜻蛉になる台詞と、自然と下を向く視線。十秒待っても、撫子からの返事はなく、沈殿したような重い空気が結愛にのしかかる。

 やはり許されない行動だったかと、自分の勝手な思い上がりが恥ずかしくなってくる。しかし、ここで逃げ出してしまうと、助けたいと言う想いまでも嘘になってしまいそうだった。それだけはやってはいけないと、結愛は拳を握りしめ勇気を奮い立たせる。


「不謹慎かもしれないけど、さっきの撫子ちゃん、格好良かったから、私もそうありたいから」


 本当に都合がいいことしか喋っていないと、自分が恥ずかしくなってくる。口からは弁解の言葉が出てきそうになるが、結愛はなんとか堪える。自分の過去の失態を謝っているのだから、言い訳など出来るはずもない。

 それに樹だったら、自分の言葉は絶対に覆さない。根拠のない自信だけを根拠に、樹は自分を正しいと信じているのだから。

 そんな鬱屈した気持ちが通じたのか、


「ふふ。変な人だね、佐々さんって」


 撫子はようやく重い口を開いた。名前のように奥ゆかしい表情で笑う撫子は、同性の結愛から見ても魅力的だった。


「佐々さんは、何を謝っているの?」


 そして、なんの躊躇いもなくそんなことを言ってのけた。


「悪いのは私と、小手川さんだけだよ。自分の意志の弱さと、彼女の嫉妬だけが悪いの」


 恐ろしいくらい冷静に、冷徹なくらい客観的に、撫子が自らの境遇を語る。

 それはその通りなのかもしれないが、そんなことを平然と言える撫子に、結愛は違和感を覚える。普通は、もっと葛藤があるもんなんじゃあないだろうか? 現に自分だって話しかけるまで大分苦労したし、話しかけた後も散々悩んだと言うのに、撫子は当たり前のようにそれを受け入れてしまっている。

 漫画みたいに、『もっと早く助けてよ!』『今更遅いんだよ!』とか悲劇のヒロインの台詞をコピペしたようなことを言われると思っていたのに、なんだか肩透かしを食らった気分だ


「だから、佐々さんの提案は、凄く嬉しいです」

「あ、うん」


 撫子から差し出された手に、自分の手を重ねる結愛。とんとん拍子に話が進み過ぎて釈然としないが、どうやら撫子は自分を味方と認めてくれたらしい。

 九十九パーセントの自分の過失を、残りの一パーセントのせいにするような姫とはまるで逆。誰がどう悪いかを完全に理解している撫子は、気味が悪いくらいに良い子だった。

 そこまで考えて、結愛はふと思った。この子の『心』は大丈夫なのだろうかと。

『深窓の令嬢』なんて呼ばれはしていたが、姫の苛めに逆らえない程、撫子の心は弱かったはずだ。新学年にあがって早々、涙目になって姫に赦しを乞う彼女の姿を結愛は覚えている。そんな彼女が、姫に対してどうして強気に出られたのだろうか? 苦手意識や恐怖と言うのは、そうそう簡単には克服できないことを結愛は知っていた。

 だと言うのに、今日の撫子にはそう言った負を抱えた所が見て取れない。ストレスとかトラウマとか、そう言った精神的負荷が撫子の心を押しつぶしてしまったのではないだろうかと、結愛は怖くなった。


「大丈夫? 無理してない?」


 自暴自棄になってはいないかと、結愛はそう訊ねずにはいられなかった。しかしそれは、杞憂で的を外した質問だと、撫子の太陽のような笑顔を見て気が付く。


「うん。私は大丈夫。一人じゃあないから」


 その言葉は力強く、撫子の心は壊れたのではなく、雄志によって補強されたのだと理解した。一人よりも二人の方が強いに決まっている。『愛は地球を救う』と冗談のように雲母は言っていたが、あながち間違いではないようだ。


「そっか、呼び止めてゴメンね。また今度、お話しよ」


 散々悩んで、走って追いかけて来たのは良いが、どうやら良い所はすべて雄志に取られているようで、結愛が手出しできることは極々限られているようだった。

 少なくとも、この場で真っ先に優先するべきことは一つしかない。


「早く雄志の所に行ってあげな」


 一体、無愛想なあいつの何処が気に入ったのかは理解ができないが、二人の交際は間違いなくお互いのプラスになっているのだろう。


「ありがとね、佐々さん」


 その場で回れ右して廊下を駆け始めた背中を見て、自分が走った意味はあったのかと結愛は自問する。一人で盛り上がって、一人で舞い上がって、撫子は雄志と二人で救われていて、全くもってストーリーに関係がないモブキャラだったとしか評価のしようがない。

 雄志に付いて教えた方がいいことも幾つかあるが、ひょっとしたらその問題も解決済みなのかもしれない。これ以上滑稽な愚者を演じてたまるかと、結愛も踵を返す。

 自分の空回りを自覚しながらも、結愛の心は晴れ晴れとしていた。 

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