百目様
T村で亡くなったものは素敵な来世を送ることが出来る。
そんな噂がまことしやかに囁かれ、近年この土地は自殺の名所となっていた。
この村で発見される遺体にはある特徴がある。
何故か皆両目が抉られているのだ。
死神が現れて、目を天に捧げているのだという。
噂が噂を呼び、この村で発見される眼を目抉られた自殺体は増える一方だった。
ある日、村の少年が草むらで目を抉られていない死体を発見した。
人一倍好奇心の強かった少年は、噂の真偽を確かめるためにその死体を隠れて見張る事にした。
辺りがすっかり暗くなった頃、草を踏む音が聞こえ始めた。
月明かりに照らされた薙刀の切っ先が見える。
薙刀を持つものは何者か。
その光を頼りに目を凝らすと、
黒いライダースーツをきっちり着込み黒い烏天狗の仮面を被った男だ。
黒づくめの男は死体を発見すると、薙刀の先でそれを小突いて屈み、躊躇なく両方の目玉をえぐり出していた。
少年は息を呑む。
男は胸から小袋を取り出し、2つの眼をを入れると、立ち上がって山の方へ歩き始める。
少年はあまりの事にしばらく動けなかったが、男の後をつけることにした。
10分ほど歩き続けただろうか。着いたのは廃寺だった。
黒づくめの男は廃寺の中へ入り戸を閉める。
少年はすぐに戸の隙間からなかを覗いた。
男は仮面を外して投げ捨て、例の小袋から目玉を2つ取り出すと奥へ転がす。
すると、奥から唾液混じりのいやらしい咀嚼音が聞こえ始める。
目を細めて奥をみると、寺の格子窓から漏れる月光にそれが照らされた。
それは、2メートル程ある肌色の肉塊に、むちむちとした手足が生えており、ちょうど赤子の首を切り落としたような形をしていた。寺のお堂であっただろう場所に座っている。
「百目様だ」少年は思わず呟いた。祖父が話していた昔話に出てくる妖怪に似ている。百個の目が開く未来を見通し予言をするのだ。目こそ開いていないが、この形は百目様にそっくりだった。
「さあ教えろ。どの株が儲かるんだ。どうすれば富が手に入るんだ」
黒づくめの男は、それの禍々しさに吐き気を催しながら問うた。
「足らぬ」
それの声は和太鼓の余韻のように空気を揺らす。
「あと幾つ必要なんだ」
「足らぬ」
「目玉があれば世を見通せるのだろう」
男がそう叫ぶと同時に、それの手がぬうと伸び男を掴む。
黒づくめの男は声も出せずもがいている。
「足らぬ足らぬ」
それが男を掴んだ手を引き寄せると、赤子のちょうどへそに当たる部分から男の頭部を食いちぎった。
生臭さとともにあのいやらしい咀嚼音が再び廃寺に響き渡る。音が止むとそれの体中にびっしりある目が開いた。少年は気を失った。
次の日、廃寺から気絶した少年とともに、首無しの黒いライダースーツを着た男と烏天狗の仮面が見つかる。その後もこの村での自殺者は後を立たなかったが、両目を抉られた死体は49体から増えることはなかった。