【三題噺的短編】唐揚げ、シール、墓地
私の職業は所謂、グルメ評論家である。古今東西、和洋折衷、有りとあらゆる店に入っては、時に褒めそやし、時にこれでもかと言うほど批判してきた。今回は、そんな私が見つけたある不思議な料理店の話である。
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「ここが料理店とは、俄には信じられんな。」
酷く古ぼけた店の前で私は独りごちる。そこは、店と呼ぶにはあまりにも粗末であり、食品衛生法の観点から見れば不安、というかもはやアウトだろうと思われた。
「だが、旨い!」
とは、先に下見に来た同業者の言だ。しかも彼は辛口評論家で通っている。
「そう言えば彼からオススメを聞くのを忘れたが……まぁ、良いだろう。店員に聞けば済むこと。」
そう、粗末な外観もオススメも些末事なのだ。辛口評論家さえ唸らせる食事……楽しみではないか!溢れんとする涎を飲み込み、私は店に入った。
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「いらっしゃい。」
その店の店員は二人きりの老夫婦であった。そして、心配だった衛生面も問題無さそうだ。外観は飲食店としてあるまじき粗末さであったが、内装は手入れが行き届いている。二人の孫(或いは、老夫婦の子が幼い頃)の仕業だろうか、子供向けキャラクターのシールが壁に貼られているが、それが、かえって安心感を感じる。さぁ、肝心の料理はいかほどか!?
「店主、この店のオススメは何だろうか?」
「そうですな……唐揚げなど如何ですかな?」
ほう!唐揚げときた!!何を隠そう、この私の大好物である。
「ではそれを頂くとしよう。」
「承りました。」
店主が人好きのする笑顔で答えた。
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ふと思う。店内があまりに閑散としていると。彼が絶賛するほどの味ならばもう少し繁盛っても良さそうなものだが……。
閑散とした店内に、ショワショワと店主である老翁が唐揚げを揚げる音と老婆がキャベツを刻む音だけが響いている。
ややあって、わたしの眼前に料理が運ばれてきた。
「お待たせしました。ご注文の唐揚げでございます。」
「有り難う。……では、いただきます。」
私は、先ず評論家としての責務を果たそうと唐揚げをよく観察した。
見た目は……成る程、オススメというだけあって実に良く仕上がっていた。その鶏肉の見事なキツネ色には美しささえ感じられる。さて、果たして味の方は……?
「パリッ」という音をたてて、唐揚げを噛みきる。咀嚼する度に、鶏肉から熱い肉汁が溢れてくる。有り体に言えば「まるで、豆腐のよう」といった肉の柔らかさでありながら、食べごたえはしっかりとある。見事な唐揚げであった。
「店主……非の打ち所のない、私が今まで食した中で最高の唐揚げだ。月並みな表現だが、これは唐揚げの1つの完成形と言えるだろう。」
「それはそれは、そこまで褒めて頂けると此方も作った甲斐があるというものです。」
「そこで、ものは相談なのだが……実は私は料理評論家をしているのだが、この店を雑誌で紹介させて頂きたい。」
「ははぁ、あなたも評論家でしたか。いえ、実は先日も評論家の方がいらっしゃいましてね。」
老翁は、とても驚いたと言わんばかりに目を見開いている。
「えぇ。評論家として、私の見解を述べさせていただいてもよろしいだろうか?」
「えぇ。是非とも、お願い致します。」
「先ず、料理の方だがこれは先ほども言った通り非の打ち所のない完璧なものであった。サービスも、際立って悪いところはない。内装に関しても、ノスタルジックな気分に浸れる意味でかえって素晴らしい。ただ、一つ難点を挙げるとすれば……外装がよろしくない。」
と言ったところで店主の様子を窺うが、気分を害した様子もないので続ける。
「あれでは、店――それも料理店と呼ぶにはあまりにも粗末。人が立ち寄りにくいというものだ。味だけで勝負するとしてもそもそも客が足を踏み入れることさえないだろう。建て替えをお奨めしたい。」
「外装……外装ですか。それでしたら、何ら問題ありませんな。当店は、誰でも入れる訳ではないのです。」
「ほぅ、というと?もしや“一見さんお断り”だったりするのだろうか?」
「いえ、そうではありません。当店に入れるのは当店に近い人間だけなのです。」
「近い……しかし、ここいらには家など無いのだが。それに、私の家は此処から車で二時間は要するのだがね。」
「距離的な話ではないのです……まぁ、いずれ分かりますよ。さぁ、そろそろお帰りなさい。お代は結構。雑誌への掲載に関してはお断りしましょう。」
言うと、老翁と老婆二人がかりで私は店外へと押し出された。
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後日、件の同業者と先の料理店について話をした。
「しかし、何か彼らの気分を害すような事を私は言っただろうか?まさか店を追い出されるとはね。」
「それは、君。やはり外装に関して注意をしたからではないかい?……だが、旨かっただろう?」
「それは無論。――なぁ、今から、行こうじゃないか。話していたらまた唐揚げを食べたくなった。」
彼は「同感だ。」と言うと、彼の妻に行き先を告げて我々は例の料理店へと車を走らせた。
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……
…
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夫の事故死が伝えられたのは彼が家を出て一時間程したときだった。同業者と一緒に、ある料理店に行くと言って家を出ていったがまさかこんなことになるとは……。
一週間経ち、葬儀も一段落したところで、彼がいこうとしていた料理店に行ってみることにした。所在地は、彼から既に聞いていたから問題ない。「いつか、一緒に行こう」と話していたのを思い出すと涙が出てくる。そうだ、そこの店主にも夫の死を伝えておこうか。改めて、彼が絶賛していたことを伝えても良いかもしれない。
二時間程、車を走らせただろうか。カーナビは、目的地に辿り着いたことを示している。しかし、周囲には料理店どころかボロ屋一つ在りはしない。
ただ、目の前には、古ぼけた墓地が在るだけであった。