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Domain of less than 1 percentage  作者: 牛板九由
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序章 出会い

カルデア王国、西の国境要塞、ランテウ要塞。そこでは隣国シネリウス王国と戦争の最前線となっていた。

四月六日。その要塞に二人の少年少女が到着した。

「《国宝》様が援軍に来てくださったぞ」

伝令兵が叫ぶと兵は雄叫びを上げ士気が上がった。

「こんなことでいちいち盛り上がっていたら逆に疲れるわよ」

少女が呆れ気味でぼやく。隣の少年は何の反応もしない。

「サイハ、とっとと倒されに行きなさい」

「わかっ、るか。なんで俺が倒されなきゃいけないんだよ」

言いかけた言葉をなんとか呑み込み、怒りをぶつける。

「そう。じゃあ、あたしを抱っこしなさい」

「なんでだよ」

「だってあそこまで行くので疲れ果ててしまうわ」

「だったら、こいつらが下がれば良いんじゃないか。そしたら、疲れずに済むだろ」

「そしたら、時間がかかるじゃない。それならあんたがひとっ飛びすればすぐに行けるじゃない」

「しゃーなしか。捕まりな」

少女は少年の首に腕を回し、少年は少女の腰に腕を回し持ち上げる。そのままの格好で戦場を飛び駆ける。

その一部始終を見聞きしていた者は不安が頭をよぎる。《国宝》とは思えない歳でしかもパートナーと言い争いをしている姿からは強いかどうか疑問が浮かぶ。

戦場の最前線に立つとそのままの格好で少女は手を挙げ、魔法を発動する。

「焼き尽くしなさい。極大魔法、黒雷の雷鳴」

敵の頭上に大きな魔法陣が浮かび上がり、黒い雷が何度も落ちる。

焼け跡には幾千もの敵兵が横たわり、立っている者は味方の兵と魔導師のみだ。

「マシナはアホか。味方の兵まで巻き込むな」

「それを守るのがサーバントの役目でしょ」

現に少年は味方の兵に防御膜を施し守っていた。

「後は任せたわよ」

少女はそう言うと地面に座り込んだ。

はー、と少年は大きな溜め息を吐き、宝具を顕現させる。

「カルデアの兵よ。下がりたまえ。出でよ、《伸縮の剣》」

兵は転がるように陣に戻る。

それを見逃すはずのない敵の魔導師は追撃をかける。

少年の宝具はみるみる伸び、敵の攻撃の軌道を変える。兵を守る為だ。

兵がいなくなったのを確認して、一人前に出る。

敵の攻撃は少年一人に向けられる。しかし少年は涼しい顔でかわしたり、防いだりする。

「なあ、攻めていいか?」

約三十メートルの剣を振り回す。

数分後、敵をあらかた倒すと宝具を消す。

「あら、サイハまだいたの?とっくに天国に行ったと思ってたわ」

「勝手に殺すな!それで本陣に攻めるか?」

「そうね。時間あるし行ってみる?」

少女の理由から全くもってヤル気を感じない。

それでも少年は少女が少し楽しんでいるのが分かる。十年以上付き合っているから分かる違いだ。

よいしょっと、と可愛い声を発しながら立ち上がり、服に付いた土を払う。

少女は少年が戦っている間地面に絵を描いていた。その絵は何の関係もない猫の絵だった。

ゆっくり歩いて本陣の前まで行く。

敵の本陣はこの二人の参上にてんやわんやしていた。

その理由は何千もの兵を数分でしかも二人だけで倒したことにある。

敵の大将は《国宝》が現れたことを聞いていた。この目でもはっきりと見た。しかし《国宝》と思われる者は少女だった。

「カルデアも躍起が回ったか。あんな少女役に立つはずかない」

敵の大将はこう言っていた。なのに戦場では思いもよらない形になっていた。

少年は本陣から出てくる敵を一人も逃すことなく、少年にたどり着く前に倒していた。

「はあ、ウジャウジャ湧き出るわね」

「そりゃ、本陣なんだから仕方ないだろ」

「そ」

少女はそれだけ言うと足下に魔力を溜める。

「かわしなさい。《地を這う雷》」

地面から黒い雷が這うように敵陣を襲う。もちろん目の前に立つ少年を巻き込んで。

敵陣は黒い雷に覆われ、断末魔に似た悲鳴が聞こえる。

「危ねぇじゃねぇか。死ぬかと思っただろ」

少年は上空に大きく跳び、少女の裏切りの攻撃をやり過ごした。

少女は大きく舌打ちをして悔しそうな顔する。

パートナー同士とは思えないやり取りをしていると、目の前にボロボロな二人が現れた。

両方とも二十代で片方は女性で《国宝》を象徴するローブを着ていた。もう一方は男性でその手には大きな斧をもっていた。

「こんなガキ同然の魔導師にこれだけの兵をやられるとは」

「私でも防ぎきれない魔法を使ったのは貴女かしら、お嬢さん」

「あんな魔法でそこまで傷付くとは同じ国宝として恥ずかしいわ」

少女の言葉はただの挑発であることは分かっているが怒りが込み上げてくる。

「私が行く。魔力を溜めておけ」

男性は仁王立ちで斧を構える。

「サーバントよ。一騎討ちでもしようぞ」

「いいよ。その代わり魔装しないと命落とすよ」

「貴様もな」

男性の体が光り出し、光が弾け飛ぶと防具が体を覆っていた。

「貴様は何をしている?早く魔装を装着しろ」

「あいにくと魔装をまだ手に入れてなくてな」

「そうか。だといって手を抜くことはないぞ」

男性は一直線に少年を襲う。

少年は長い剣を振るって近づけさせない。

しかし男性が魔法を使うと、少年の目の前まで距離を縮めた。それと同時に斧を頭目掛けて振り落とした。

少年は冷静に防御膜を創って防ぐ。

男性がもう一回と思って斧を振りかぶると肩から胸あたりまで縦に斬られた。

見ると少年の剣は約一メートルにまで縮んでいた。

「その剣、伸び縮みするのか」

男性は少年から距離を取った。

魔力を斧に集め魔法を発動する。

「大風刃」

風の大きな刃が少年を襲う。大地を裂き、雲を千切る刃が迫りくる。

少年はその刃を剣で受け止める。その剣を左回りに回すと風の刃が剣に吸いつけられ巻き付く。

それを男性に向かって放つ。

「これは、反射」

男性は驚愕し、防御まで頭が回らず直撃する。

「ハナン」

女性は男性を見て少年を睨み付ける。

「貴様、よくも。喰らえ、《泡の塔》」

少年の足元に魔法陣が現れ、泡が少年を包む。

「はぜな」

女性の掛け声とともに泡が割れ、爆発する。

少年を覆い尽くすほどの爆発の連鎖がおこる。

少年の脱出した形跡はない。

仕留めた、と女性は確信していた。

しかし煙が晴れると少年は傷ひとつなく立っていた。

「どうやって防いだの? 」

少年は爆発がおこると、まず迫りくる爆風を男性の攻撃のように反射して爆風とぶつけて相殺した。その後炎が襲う。少年は炎を斬り、自分の身を守っていた。

それを知った女性は息を呑む。

「サーバントととしては珍しいタイプだ。剣の腕を磨くサーバントなどそういない。さっきの技は魔法ではない」

「なんですって。魔法でないなら何よ」

「純粋な剣技だ。剣術の奥義とされものの一つ全反射。自分に向かってくる火や風、水といったものをそのまま返す技。一代に一人と言われる技さ。サーバントでそこに到達した者など聞いたことがないがな」

男性の言うとおりである。少年は剣技だけでこれを成し遂げたのだ。

「ハナン、行けそう?」

「大丈夫だ。あれをやるぞ」

男性は駆け出し、女性は魔法を発動した。

「竜巻」

「泡の塔」

少年は風の渦に包まれ、その風に泡が乗っている。

少年は前も後ろも逃げる場所がない。

大きな溜め息を吐いてある言葉を口にする。

「ボム」

女性がその言葉を口にする前に魔法が消えた。

何が起こったのか分からない女性はただただ目を見開いて固まっている。

男性は少年の言葉が聞こえていた。しかしとても受け入れられるようなものではなかった。

「なあ、マシナ。手を貸してくれよ」

「あら、一人じゃ負けちゃうの?」

「馬鹿にするな。勝てるさ。でもこれじゃペアの意味がないだろ」

少女の頭にくる言葉にイライラして答える。

「そ。落ちなさい」

少女がそう言って腕を振ると黒い雷が女性の頭に落ちる。

女性は不意をつかれ防げない。直撃する寸前、男性が黒い雷を斧で受け止める。

「今のうちにあの魔法を使え。それで一発逆転できる」

「わ、わかった。巨大泡爆弾」

少年少女の足元に魔法陣が浮かび、逃げる暇なく二人を泡が包み込む。大きさは十メートルくらい。

もし破裂したら二人ともひとたまりもないだろう。

「はぜな」

男性は今度こそ聞き逃さなかった。女性が言う前に少年はこう口にした。

「消えろ」

少年の魔法のため、爆発する前に泡は消えた。

「不発?なんで」

「たぶんだが、少年の魔法は消失系の魔法だ。だからさっきも今回のも魔法そのものが消されたのに説明がつく。それに『消えろ』と言うのにも合点がいく」

男性は冷静で視野が広く、知識も豊富である。シネリウス王国の《聖騎士》の中でも上の方にいる。

「あんたの魔法バレているわよ」

「みたいだな。殺さなきゃならなくなったな」

少年の雰囲気が一転した。さきほどまではふらふらとやる気のない感じをしていた。しかし今は真剣になり、目は男性をいぬいていた。

「アルセイト、この雷を防御膜で守れるか?」

「大丈夫よ。気を付けてね」

女性は膜を張り、男性は少年と対峙するため、前に立つ。

「行くぞ、少年」

男性はまっすぐ少年に向かって駆け出す。

男性は少年のもう一つの力のことを忘れていた。

しまった、と思ってももう遅い。男性の腹部に剣の刃が刺さった。

少年の宝具の能力は伸縮。伸び縮みにインターバルは短く、伸びたと思うとすぐそこに迫っていて防ぐことすらできない。

剣は元の長さに戻り、男性の腹部から血が止めどなく流れる。

「ハナン!」

女性は黒い雷を弾き、男性の元に駆け寄る。

「今治すからね」

女性は医療魔法を傷口にかける。しかし血が止まらない。

女性は大粒の汗を滴らす。

それを見ていた少女は興味が失せたと言わんばかりに少年に言う。

「この人達は脅威にならない。戻りましょう」

「こいつらがここから離れたらな 」

「わかったわ。貴女、そのサーバントを連れて国に戻りなさい。そしてすぐに病院に連れていきなさい。そうすれば間に合うと思うわ」

「情けをかけても無駄です」

「無駄なのはサーバントが命を落とすことよ

今回は見逃してあげると言っているの。素直に受け取りなさい。命は捨てるものではなく、賭けるものよ」

少女の言葉に女性は顔を上げる。その目は淀みない純粋な輝きをしていた。

そして女性は男性を抱き上げ、自分の国が方へ去っていった。

「簡単に見逃すとは思わなかったわ。宣言したのに逃したのは初めてじゃない」

「そうだな。あいつらが弱かったこともある。でも、ちゃんとした理由だってある。俺達は今までは何かを成し遂げるために戦ってきた。だが、今回は違う。わざわざ命を奪うことをしなくてもいいだろう」

少年少女も自軍に戻る。

「カルデアの兵よ。敵国の陣地を落とした。今のうちに陣地を奪い、我が陣地にせよ。全軍前進」

少女の声を聞き、兵は我先にと走っていく。


少年少女が本陣に戻り、大将に報告する。

「マシナ=ブロイト=ハスターガルト、只今帰還しました」

「サイハ=シマライテ、同じく帰還しました」

「うむ。戦果は聞いておる。しかし、何故敵の《国宝》を見逃した。確実に仕留められたはずだが」

そこを突くのは当たり前だろう。そんなことを予想できないはずがない。

「別に深い意味はないわ。私達が手を汚すほどの相手ではなかっただけ」

大将は青筋を浮かべている。しかしそれを表に出そうとはしない。

「貴様らがどういう者かは聞いている。でもな命令を無視するのはほおっておいてはおけない」

「待て。俺達の受けた任務は戦況を変えてこい、と言われただけだ。それに俺は明日から学校あるから王都に帰らないといけないし」

ちょうどそのとき、大将の下に伝令が入った。

「・・・なるほど。二人に言い渡す。シマライテは王都に帰り、明日から学校に行くこと。神殿に行かなくてもいいそうだ。ハスターガルトは神殿に来ること。新しい任務を頼むそうだ」

「そうか。じゃあ、帰らしてもらいます」

サイハは颯爽と去る。

「私もこれで」

マシナは一礼して出る。

それを確認した大将は誰に言うわけでもなく言葉を溢した。

「空恐ろしい者達だ。さすが史上最年少で《国宝》になっただけはある」

そこにいた官僚達もその意味を噛み締めていた。







カルデア王国は総人口四千万人のうち一割にも満たない二百万人が魔導師だ。

その魔法師は二つに分類される。膨大の魔力を持つ者を《マスター》、一つの魔法と補助魔法しか使えないが宝具という武器を生まれながらに持つ者を《サーバント》と呼ぶ。

基本、マスターとサーバントはパートナーの契約を結び、共に戦う。

そしてマスターのごく一部の他とは違う者を《国宝》と呼ぶ。マスターは基本となる五大魔法と付加魔法、治癒魔法を使える。《国宝》はその中に含まれない魔法を使えるマスターを指す。例えばマシナの黒い雷やアルセイトの泡だ。

サーバントにも似たようなものがある。《聖騎士》と呼ばれるものだ。宝具という武器があるなら防具も存在する。それが《魔装》だ。魔装は身を守る防具の役目だけでなく、魔力を増幅させたり魔法の質をあげたりする。

《国宝》と《聖騎士》を合わせても二百万人中五百人程度しかいない。

この者達に軍部の地位はないが、発言力は高い。

マスターとサーバントのどちらが優れているといった優劣はないが、しかしサーバントはマスターの言うことを聞かないといけないという風潮はある。


今日、四月七日は幼い魔法師が一人前になるため、十五の魔法師は魔法学校に入学する。

その一人バステル=ライラ=ムロイードはある野望を持って魔法学校の一つアルバトロン魔法学校に入学した。

バステルの目に映るのは浮かれた同い年の人。バステルはそういう者を睨みながら校門から校舎に延びる大通りを歩いていた。その長さ約一〇〇メートル、幅五〇メートル。

学校の敷地は五〇〇〇〇〇㎡。三年制で一学年千人以上の生徒が在籍している。そのため、敷地だけでなく、建物の階数も普通ではない。

一般の学校でもせいぜい五階建てだ。しかし魔法学校は少なくとも十階はある。

敷地の半分近くは寮が占めている。全生徒が寮で生活するからである。

校舎の前の広場は新入生と思われる人達で溢れかえっている。

広場の中心には噴水があり、広場の端にはベンチがある。広場の大きさは約二〇〇〇㎡。千人ここに集まるならキツキツだろう。

十分すると教師が現れ、屋内競技場に連れていかれる。そこで待機室で待機するよう言われた。

九時。入学番号一番の人から中に入って行き、

だんだん待機室にいる人が減っていく。

「二三八番、バステル=ライラ=ムロイード」

バステルの名前が呼ばれ、競技場に行く。

そこには十人ほど並んでいた。

右側がマスター、左側がサーバントの試験をしている。マスターの試験方法は魔力量測定器を使う。数値化された魔力量でクラスを分ける。サーバントの試験方法は魔法を使ってどれだけ強大か、どれだけ複雑かでクラスを分ける。

バステルは並んで自分の番が来るのを待つ。

急に会場が歓声に包まれた。見ると試験を受けているサーバントがコンクリートの床が砂になっている。円状の砂は真ん中が凹み、そこに向かって砂が落ちている。

その生徒が去ると先程と同じように静かになった。

バステルの番が残すところ一人になったとき、会場全体が霧に包まれた。

その霧が晴れるとバステルの前の女子生徒は測定を終えていた。その数値、四八五。こんな低い数値は見たことがない。

この歳の平均は三〇〇〇から四〇〇〇の間。もしかするとこの数値はサーバントより低いかもしれない。

バステルがもし女子生徒の立場なら絶望していただろう。しかし彼女はなんともない顔をして会場を後にした。

次はバステルの番だ。心臓はバクバク激しく強く脈を打つ。手は緊張のあまり汗でベタベタしてくる。

測定器の前に立つと一回深呼吸をする。自分に喝を入れて測定器に手を置く。

(大丈夫。俺ならいける。今まであんな鍛練をしてきたのだから。・・・よし)

心臓から手へ、手から測定器へ魔力を流す。測定は一瞬ですぐに終わった。

手を離し、一歩下がり、上に付いている画面を見つめる。その数値、八六四二。

え。

バステルはその数値を信じられないでいる。驚愕で無意識に口をあんぐり大きく開き、ただ呆然と立っている。

今までで一番の歓声が起こる。拍手まで贈られる。

そのときやっと現実なのだと分かった。

バステルは大きくガッツポーズして、会場を去った。

扉を開けると教師がいて、書類と共にクラスを告げられた。

「バステル=ライラ=ムロイード。貴方はクラスSです。おめでとう。これからも励むように」

バステルは念願のクラスSに入ることができた。


時間は遡り、バステルが会場に入る数分前。

観客席の最上階、クラスSだけに許された席に本来なら入ってはいけない生徒が来た。

「あ、サイハおかえり」

「昨日は大活躍だったね」

双子の姉妹、ナナリーとナタリーが息ぴったりに言う。

「ただいま。どう今年の一年生は」

「例年通りね。飛び抜けて高い人も低い人いない」

「エンダーツとスレッジが今年入ってくるそうよ」

「それは面白いかもな。祝賀パーティーでもしてやろうか」

姉妹の目が輝く。パーティーを楽しみにしているのではなく、準備が楽しみという難癖な姉妹だ。

「見て。エンダーツとスレッジが来たわよ」

ナナリーが言う通り、懐かしい顔ぶれがあった。

二人はこっちに気付いて手を振る。その顔は笑顔に溢れていた。

サイハはふとマスターの並ぶ列を見る。するとサイハの目は見開かれ、ある男子に釘付けになる。

「おい、見てみろ。ムロイード王国の王子がいんぞ」

「え、あの十年前に滅ぼされた王国の第一王子が」

姉妹は身を乗り出して見る。周りの生徒も見ているが誰だか分かっていない。

「ほら、エンダーツの番よ。見てあげないの?」

ナタリーの一声に視線を戻す。

エンダーツは一度こちらを見てから、魔力を込める。

「蟻地獄」

競技場の床が砂と化す。直径十メートルの円で深さは三メートル程。それだけなら点数は並だっただろう。

この魔法の真骨頂は砂が円の中心、凹んでいるところに向かって動いていることだ。

魔法の名前通り、蟻地獄の模した魔法だ。なので、もしこの中に入ったら脱出できなくて砂に呑み込まれ、果てには砂に閉じ込められて死んでしまうだろう。

この魔法は難易度の高い魔法だ。床を砂にする、形を造る、砂が流れるようにする、呑み込む、という四つの工程が必要となる。この歳の平均としては二つだ。四つになればそれはもう魔法師として一人前である。

エンダーツは文句なしにSクラスだ。会場は歓声に満ちる。

数人過ぎた後、スレッジの番となった。

しかしサイハの目にはマスターの試験に臨もうとしている女子生徒が映っている。

だが突然の霧で競技場が見えなくなった。

その中で一瞬光が発せられた。

しかしその光を見たものはいないだろう。誰もが霧に気をとられていた。

「今のってまさか……」

ナナリーが息を呑むように言った。

「魔力封印の刻印」

ナタリーがことばの続きを言う。

「それも王族のみに伝わる刻印だ。あの子が奪われた王女さんか。これは面白くなってきたな」

その女子生徒は四八五という数字を出した。これは否応なくにEクラスだろう。

霧を起こした張本人のスレッジはその強大な魔力でSクラス行きを勝ち取った。

「次は王子様の番よ」

ナナリーの一言でようやく誰だか分かったSクラスの生徒は覗き込むように見ている。

サイハは他とは違う冷徹のような目で見ていた。王子が測定器の前に立つと漂ってきた違和感を感じたからだ。

その男子生徒は八六四二という数値を出した。それは歴代三位の数値だ。

「私より多い。現時点であれって相当じゃない。まだ成長する余地は?」

「ある。二つも切り札が手に入るこのチャンスを逃す手はない。さっきの王女とあの王子を引き入れるぞ」

「オッケー。王子様は私があたるわ。同じマスターだし」

「それじゃあ、俺は王女のところに行く」

新たな目標ができた。成功すれば後々有利に進めることができる。最終の目標を達成するための。

最後まで見ていたが他に面白い人はいなかった。


入学試験を見終わった後、サイハの教室である二年E組に入った。教室の中には教卓と机が三つしかない。

その広々とした空間に一人椅子に座る。

数分すると担任であるダラムウ先生が来た。先生は溜め息と共に入ってきた。

「シマライテ、いい加減S組に行けよ。学校長から認可が降りているだろ」

「こっちの方がゆったりできるんだよ」

「学校は鍛えるためにある。ゆったりする場所ではない」

「俺はこれ以上鍛えようがない。ときどき呼ばれるのだからゆっくりしていてもいいだろう。本来あんたがやるべきことを俺がやっているんだろ」

ダラムウの顔が歪む。

ダラムウの歳は二十代後半。本来なら先生ではなく戦場を駆け回る兵士だ。しかし何かしらの理由があって先生をやっている。

「確かにお前の言う通りだ。だがお前のことを想って言っているのだ。S組に入れと。そうすれば魔装を手に入れることもできるだろう」

「俺には魔装を手に入れることはできない」

サイハの一言にダラムウは驚き、一瞬思考が止まった。

魔装はサーバントにとってなくてはならないものだ。魔力を増幅するための装置であり、体を守るための防具である。

それがないのはサーバントとして不完全である。《国宝》のサーバントとしては不適合である。

「なぜできない?体質とかか?」

「俺の魔法はなんだか知っているか?」

「消失や消滅の類いだろ。入学試験では小さな炎を起こしていたが、どうやったんだ?サーバントは一つの魔法しか使えないのだから」

「ナナリーと同じ時間に試験だった。ナナリーは測定器に魔力を流すと同時に俺の前に魔法を発動したのだ」

「待て。測定器で魔力を測っている間は魔法を発動することはできない。できないことはないが発動したらエラーが起こる。その生徒はエラーを起こしていないはずだ」

「そうだよ。起きないように小さな魔法を発動させた。魔力を使わないでね。それで俺の魔法はあんたの言う通り消滅の魔法だ。それは魔法を消す魔法だ。魔法がないところ、ようするに入学試験のときとかは何も起こらない魔法だ。だからナナリーに魔法を使わせた。最小限入学できるように」

サイハはそういう理由でE組にクラス分けされた。

「俺が魔装が使えないのは消滅の魔法のせいだ。相手に使わせないようにするなら自分も使えないのが道理だ。俺が産まれたとき言われた言葉だ」

消滅という珍しく恐ろしい魔法が使える者に対する制約だろう。古い文献にもそのようなことが載っていた。

「それは置いといて、やはりS組に入れ。お前のこの一年間何をしていたかは知っている。例年十人程度のS組が今年は二十人もいる。一年前は五人しかいない最弱な世代と呼ばれていたのに。それに一役買ったのはお前だろ、シマライテ」

ダラムウの予想通りだ。

去年、強くなれると思った十数人を特別に訓練をして、一年後の今年全員をS組に入れた。中にはC組の生徒もいた。

ダラムウは育成のためにサイハをS組に入れたいのだろう。

「そこまでしてなぜ俺をS組に入れたがる。俺はS組なんぞ怠いところには行きたくない」

「お前の力を買ってだ。お前は学校で一番強いだろう。そうである者がE組など示しがつかないだろ。それを加味すればS組に行くべきであろう」

サイハは怠惰な性格だ。楽できるならそちらを選ぶ。S組に行けば否応なく強制されるだろう。ただでさえ忙しいサイハにこれ以上の仕事を増やすのは心がもたない。

「提案がある。俺と一戦しろ。もしあんたが勝ったらS組に行こう。だが俺が勝てばE組に居残る。と言っても二人は魔導師になる気はないようだが」

ダラムウは乗った、と一言言うと、宝具と魔装を顕現させた。

ダラムウはやる気満々のようだ。

サイハも宝具を顕現させ、臨戦態勢をとる。

魔力が最高潮に達し、魔導師同士の戦いが始まった。

「虎頭」

ダラムウは雷でできた虎の顔が大きく口を開けサイハに噛みつこうとする。

「消えろ」

サイハは冷静に冷徹に言い放つ。

ダラムウの魔法は跡形もなく消えた。

それは予想通りでダラムウは宝具の槍をサイハに突き刺す。

サイハは剣で軽く流す。

ダラムウはサイハの横をすり抜け、サイハの背目掛けて魔法を発動する。

「雷弾」

槍の先端から数個の雷の球が生まれ、円を描きながらサイハに向かう。

サイハは移動魔法を使い、全ての球をかわした。

サイハはかわすと上段から剣を降り下ろす間に剣はダラムウに届くまで伸びた。

ダラムウは槍を持っていない方の手に魔力を纏い剣を受け止めた。

サイハは舌打ちをして、剣を元の長さに戻した。

すかさずダラムウは全身に雷を纏ってサイハに突撃する。接近戦でしか勝ち目がないと悟ったからだ。

サイハは伸びる剣で長距離戦を可能にしている。それに対しダラムウは魔法を使わないと長距離戦ができない。魔法を使えば消され、意味がない。

それなら接近戦に持ち込むしかないだろう。

カチン、カチンと剣と槍が何度もぶつかる。

数分も続ければ息が上がる。しかしダラムウは攻撃の手を止めない。一度退けば負けてしまうと本能が訴えていた。

根拠はこれだけ激しく打ち合っているのにサイハの息が乱れていない。理由はその場から一歩も動いていないからだ。

幾ら強く当たっても重心はぶれることない。また防戦一方なので無理をする必要がない。そして何よりも一連の動作が流れるように滑らかだ。

最強の剣士と謳われることだけはある。これでは接近戦でも勝てない。

十歳近く離れているのに負けるとは屈辱でしかないが、サイハの過去を知っていれば仕方ないとなる。

ダラムウは退くと負けを宣告した。

サイハは素直に聞き入れ宝具を消した。

サイハはE組残留でゆったりスクールライフを勝ち取った。

サイハは席に戻り、ダラムウは教卓に立った。ホームルームを始めた。

「この学年だけ九年ぶりの制度を設けることになりそうだ。SSクラスの導入だ。シマライテを含めて四人がこれに入る予定だ」

「ちょっと待て。今さっき入らない取り決めをしただろ。さらに上のクラスになんてもっと行く気ないからな」

「SSクラスはS組と一緒の授業だがもっとレベルの高い任務を受けてもらう。そのメンバーはウルストス姉妹とムシソルの三人だ」

「《星の観測者》のメンバーじゃねぇか」

《星の観測者》とはサイハが二年前に同年代の魔導師の卵を一ヶ月とある山奥で修行した二十四人の組織だ。

今では魔導師の上層部の一目置く存在だ。

この学校には《星の観測者》が三年生には二人、二年生には三人、一年生には二人いる。

SSクラスはまだ検討中らしいがサイハはどうにかして断ることを考えていた。

その後は普通の定句の話をされ、今日の学校は終わった。


サイハは一年生の階に行き、目的地の一年E組のドアの前に立っている。

どう入ろうか考えているのだ。先輩としての威厳を出すか、おっちゃらけて入るか、乱暴に不良のように入るか。

悩んだ結果、悩まなくともこうなっていただろうふざけキャラに決定した。

ドアをおもいっきり開け、挨拶をする。

「ヤッホー。二年E組のサイハだ。とりあえず入学おめでとう。可愛い後輩たちよ、これからよろしくな」

教室には四人の生徒と一人の先生がいる。先生は新米なので生徒と同じようにサイハの奇行に圧倒されている。

「な、なんだい君は。まだホームルーム中なのだが」

先生の歳は四十代後半だろう。引退して教師になるのは常道だ。

そんな先生はキョドりまくって威厳もクソもない。

サイハは試験を見ていたとき目を付けていた女子生徒のところに行く。

「ねえ君、名前何て言うの?」

「え、アリサ=ベルホーユですけど」

「アリサちゃんか。参考までに親は何をやっている?答えたくなかったら答えなくていいよ」

「父は神父で母はいません」

「そうか。《新月事件》って知っているか?」

「はい」

何故急にそんなことを言い出したのか分からないというように曖昧な返事だった。

《新月事件》とは産まれたばかりの第三王女が誘拐された事件だ。その日が月の光がない、新月に起きたことからそう呼ばれた。

この事件は十五年経った今でも解決していない。

「それについてどう思う?」

「どういうことですか?」

普通はそう言うだろう。求められても困るものだ。

サイハはこう切り返した。

「誘拐された王女様が自分では、と考えたことはないか?」

アリサの顔が驚愕に染まる。有り得ない話だと分かっていても驚かずにはいられない。

「父と顔は似ていないだろ」

「母親似と言われました」

「何故魔力がとてつもなく低いんだ」

「生まれつきだと言われました」

「いつも見張りがいただろ」

「私の魔力が低いからと言われました」

完璧に洗脳されている。洗脳とは言わないか。産まれて一週間も経たずに誘拐され、神父を父だと思って育ったのだから。

アリサはとても信じられないという顔をしているのでそれ以上迫るのは目的達成が遠のく可能性があるので止めた。

「じゃあ、今から言うことは信じてほしいんだけど。君の魔力は低いのではなく、封印されているんだ」

再びアリサの顔は驚きで溢れた。

「根拠は何ですか?」

「魔力を込めるとき体が光ったからだ。これのほとんどは魔力を封印されているときだ」

「そんなもの感じたことありません」

「だろうな。自分では分からないものだ」

「では、何故父は教えてくれなかったのですか?」

「そっちの方がお前が気にしないからだ。不思議に思ったことはないだろう」

サイハの言う通りだった。今まで疑問に思うことはあったが、仕方がないとして深くは追及しなかった。

「仮にです。何故私は封印されることになったのですか?」

「理不尽だと思うか?」

「そうですね。理由は知りたいと思います」

「理由なら流れ弾だ。偶然だ。もしかすると目印かもしれないが」

サイハは教えて良いことといけないことの境目をはっきり持って話をしていた。だが話せるのはここまでで話を変える。

「話せるのはここまでだ。もし真実を知りたいのなら俺の仲間になれ。封印も解いてやる」

アリサは話についていけず、思考を停止した。そしてサイハの言葉の意味を考えた。

どれも信じられないことでサイハを不信するのに決めた。

「お断りさせて頂きます。貴方の話は到底信じられるものではありません。そんな人についていくことなどできません」

アリサははっきりと断った。

サイハはしっかりとした理由があって断られたので落ち込むことはなくさらなる提案をする。

「じゃあ、俺のパートナーになってよ」

アリサは信じられないという顔をする。はっきりと断ったはずなのに、と逆にアリサが落ち込んだ。

「ちょっと、君。いい加減にしなさい。黙って聞いていればいい気になって、挙げ句の果てにパートナーになれと」

どうやらこの新米先生はサイハのことを知らないらしい。これは少し教育をしないといけないようだ。

「アリサちゃん、答えたくなかったら答えなくていいよ。どうして魔法学校に入ったの?魔力が少ないと知っていながら無理に入る必要はなかったのではないか?一般人として生きる選択肢もあっただろう。それなのに魔法学校にした理由が知りたい」

アリサはもう何も答えないつもりだった。しかしサイハの真剣な目、真剣な表情に決心が破錠した。

サイハには人と心を動かす力がある。それが後のある事件に深く関わってくることとなるだろう。

先生には止められたが話すことにした。

「私が魔導師として産まれてきたのなら、それに何かしらの運命があると思ったのです。それならまず力をつけなくてはなりません。魔力が少ないなりにもやり方があるのではないか、と期待できるのが魔法学校でした。そのために魔法学校にしました」

嘘偽りなく、隠すこともせず自分の心うちを語った。

サイハは一度大きく頷き、まるで子どもを諭すような優しい声音で言った。

「魔法学校はクラスが高い者に力を注ぐ。E組など相手をしてもらえない。俺のクラスメイトは二人だけだが、両方とも夏頃に来なくなった。だからそうならないために俺が先生の代わりに教えてやる。俺はそれだけの力がある」

サイハは十二人もの生徒を一年でSクラスに成長させたのだから。

「貴方のパートナーになる利点はあるのですか?」

「ある」

その声に絶対的な自信を感じてアリサは恐怖すら感じた。

「俺は強い。どうやらお前たちは気付いていないようだが、俺は《黒雷の魔女》のサーバントサイハ=シマライテ。世界一の剣士だ」

そこにいた全員に衝撃が走る。全員サイハがいることは知っていた。だがE組だとは知らなかったし、信じられないことだった。

「それなら、私をパートナーにすることはできないではありませんか」

「いや、契約は破棄した」

また全員驚き、声にならない叫びが聞こえる。

マスターとサーバントの契約は破棄されると二度と結ぶことはできない。しかし仮破棄という魔法を作ったマシナのみ破棄してもまた契約にできる。

それを伝えると安堵の溜め息が出た。

「だからアリサちゃんとも結ぶことができるってわけ」

「契約を結んでください。今まで散々言いましたが、お願いします」

アリサは深々と頭を下げる。声が震えていた。それは自分が悪いことをしたと認識しており、なお自分がいかにずる賢いか分かった上で懇願したのだ。

何を言われようとも許せる寛大な心を持っているわけではなく、どうでもいいと関心を持たないだけだ。

サイハは承諾し、契約の儀式にとりかかる。

サイハは片膝をつき、右手でアリサの右手を掴む。

「我、サイハ=シマライテ。汝を我がマスターとして、今契約を進言申す」

「我、アリサ=ベルホーユ。汝を我がサーバントと承認す」

サイハはアリサの手の甲にキスをする。本来ならこれで契約完了だ。

しかしアリサはサイハから立ち込める形のない何かが見えた。するとその何かがアリサに言った。

『汝、我をなんと見る』

アリサは固まったまま何も言わない。というより言えない。未知の存在にただただ恐怖が沸き上がってくる。

『もう一度問う。我をなんと見る』

全身震え、冷や汗をかきながら勇気を振り絞って言った。

「貴方は、飢えた猛獣のよう。例えるなら鷲や鷹というような鋭い眼を持った何か」

その声は細々しく掠れていた。

『ガハハ。落第点だな。しかし、今までにない返答だ。特別にもう一度答える権利をやろう。汝、運命とはなんぞ』

黙って考える。しかしすぐに思い付くはずがなく、恐る恐る言う。

「運命とは、神様が決めた道筋。生まれるのも運命であり、死ぬのも運命である。絶対的なものであり、知るとも知らずとも結果だけで言えばその道を歩いている。運命で生まれ、運命を遂げ、運命に殺される。それが運命だと思う」

『ガハハ。やっぱ面白い餓鬼だ。最後に聞かせてくれ。運命を信じるか?』

「私は…信じる」

『そう答えると思ったぞ。汝、名を何と言う』

「アリサ。アリサ=ベルホーユ」

『アリサか。良い名前だ。アリサ、汝を我がマスターと認めよう。小僧のことを頼んだぞ』

その言葉を最後に意識が薄れていく。

目を開くとサイハと先生が覗き込んでいた。

「急に倒れたから心配したよ」

先生がホッとしたように言った。

いつの間にか倒れていたらしい。サイハから立ち込める何かが見えたときにはもう二人だけの世界になっていたことに今頃気付いた。

「契約完了のようだな。よくやった」

サイハはアリサの頭を撫でる。その手の甲に先ほどまでなかった刻印が刻まれていた。

自分の右手を見ると同じ刻印が刻まれていた。

ようやくホッとできた。

「これから宜しくな、アリサちゃん」

「はい、サイハ先輩」


一年S組。バステルが教室に着くと、すでに五人いた。

内二人は知り合いのようで話に花を咲かせている。残りの三人はただ椅子に座っているだけで一言も話そうとしていない。

話している二人の片方は椅子に座っていて、もう片方は机の上に座っている。それもバステルの席に。

「そこ、俺の席なんだけど」

「あ、そうか」

そう言って机から降りて、また違う机に座る。

下品で仕方がない。どうして机の上に座ろうと思うのだろう。座るために作られた椅子があるのに。

「君は低俗な人間だな」

「ハア~」

イライラしたような声を上げた。

「机というものは文書を読むために作られたものだ。座るものではない。机に座る者は低俗だ」

バステルの言い分は偏っている。物の意義に囚われ過ぎている。

「何言ってんだ?脳ミソ溶けてんじゃないか」

「スレッジ、もう少し意味分かる表現してよ。あの人固まっているでしょ」

バステルはスレッジの言う言葉の真理を考えていた。

(脳ミソが溶けるってどういうことだ。もし脳ミソが溶けたらどうなるのだ。分からない。分からない…分かった。こいつは低俗であった。まともな教育を受けてこなかったのだろう)

「どういう教育を受けたらそんな意味不明な言葉を使うようになるのだ?」

鼻で笑いながら言った。

その言葉、その態度に怒ったスレッジが胸ぐらを掴んだ。

止めなよ、と隣の男子が言うが聞く耳をもたない。

「テメェ、人を馬鹿にするのも大概にしろよ。過去の栄光を抱いて死ぬか、堕王族の堕王子」

ちょうどそのとき先生と残りの三人が入ってきた。

「何をしているんだ、君たち」

先生が仲裁に入る。

スレッジの手の力が緩み、その手を払い服を正す。

「俺を父と同じにするな」

バステルは席に座り、スレッジも自分の席に戻る。

入学おめでとう、などありきたりな挨拶をされ、学校の説明を終えると自己紹介をした。

バステルは六番目でその前にさっき言い争いになった二人が自己紹介をした。

先に隣に座っている人がした。

「エンダーツ=ホォセ=テータランドです。エンダーって呼んでください。サーバントで砂を使います。不甲斐ないかもしれませんが宜しくお願いします」

丁寧に一礼し、椅子に座る。

第一印象は男らしくないところだ。口調は柔らかく、一挙一動が女の子っぽい。

その次に発表したのはスレッジとか言う因縁をつけてきた男子だ。

「スレッジ=オーガメルト=シンだ。シン家の三男だ。サーバントで霧を使う。エンダーとは昔馴染みだ。お前らと馴れ合う気はないが、精々頑張るんだな」

シン家とは第八位貴族で当主はある魔導騎士団の団長をしている。

いちいち頭にくる話し方だ。

隣でエンダーツがそんなこと言わないの、と小さな声で呟いた。

やはり気にくわない者だ。痛い目見させてやると意気込む。

次の人が終わると次はバステルの番だ。

「バステル=ライラ=ムロイードだ。俺の夢は国の再建をすること。俺はここで一緒に国を創るパートナーを探しにきた。だが弱い奴はいらない。俺の力になってくれる者は声を掛けてくれ」

教室がざわめく。国を創ると断言したのだから当然だろう。誰がそんな大それたことをするか。

一通り終わるとスレッジが大きな独り言を言った。

「ああ、誰だっけ、国を創るとか言ってた奴。頭おかしいんじゃないか」

バステルは机を叩き、立ち上がった。

「貴様、いちいち難癖つけないでほしい。だいたい上から目線に見るのをやめてほしい」

今度はスレッジが立ち上がり、怒鳴った。

「テメェの方こそ難癖つけてくんな。本気で再建すると言っているなら笑い話だぜ」

スレッジは高らかに笑う。最近は止めようとしていたエンダーツは呆れ顔で見ている。

バステルの堪忍袋の緒が切れた。

「貴様、表に出ろ」

「上等だ」

「ちょ、ちょっと待った~」

その場で魔法を使おうとした二人を慌てて先生が止める。

「喧嘩をするなとは言わん。しかし、教室ではするな。闘技場でしろ」

そう言って闘技場に案内する。

闘技場の中心に二人を残し、他は観覧席にあがる。

「元々模擬戦をするつもりだったから、とってあった。次からは自分達で申請すること。では模擬戦を開始する。判断は私が下す。それに従うように。従わなければ停学にするからな。では、始め」

スレッジは会場全体に霧を作り出し、身を消す。

バステルはマスターのみ持つ《砲台 》を六つ出し、乱射し始める。

「《砲台》を六つとは国を創ると言うだけのことはある。しかし、どこに向かって撃っている?意味もなく撃っているなら無駄に魔力を消費しているだけだぞ」

《砲台》とはマスターにとって主力ともいえる魔力の浮遊体だ。そこから属性の付いた弾も出すことができる。《砲台》の数はマスターの強さの表れでもあり、相手を推し測るのに有効だ。

十五歳の平均は三つ。六つともなれば立派な魔導師だ。

バステルは無属性の弾を撃ち続ける。魔力量が膨大だからという理由もあるが、突破口の糸口を探していた。

霧は風を起こせば晴れるだろう。しかしまたすぐに霧に覆われるだろう。晴れた一瞬で攻撃することも可能だが、同時に二つの魔法を使うことはできない。使えたとしても威力が弱まるだろう。

鋭い刃のような風を起こすか。しかしそれでは発動に時間が掛かる。風を起こす、風を束にする、風を鋭くする、の三工程が必要となる。だからマスターにはサーバントというパートナーが必要なのだ。

だがよく考えてみれば相手は自分を見下しており、発動するまで待ってくれるのではないか。今だって攻撃しようと思えば攻撃できるのにしないのはこういうことだろう。

そう思って魔法を発動する。

「迅風の駆けゆくまま、全てを吹かし切れ。迅風刃」

バステルを中心に風が吹き、渦を巻きながら霧を吹き飛ばしていく。

スレッジはただの風ではないとすぐに気付き、防御膜で体を守る。

スレッジに傷は一つもない。しかし余裕ぶっていると、容赦なく砲弾が降り注がれる。走りかわしながら霧を復活させる。

バステルは苛ついたように怒鳴る。

「霧を出して隠れるしか芸がないのか?大したことないな」

バステルはこのとき大事なことを忘れていた。サーバントのみ使え、絶対無二の矛を。

尋常ではない殺気を感じると同時に左肩が裂けた。傷は浅いがどうして斬られたのか分からなかった。

驚いている間にどんどん傷が増えていく。

どうなっているんだ、と考え始めると霧が晴れ、目の前からスレッジが駆けてくる。

がむしゃらに砲台を撃ちまくる。しかし当たるのだが貫通しているというかすり抜けている。

手には何も持たずただバステルに向かって走っている。

ぶつかる、ととっさに目をつぶる。しかし体に衝撃はなく、唯一感じるのが何か湿っぽいものに包まれていること。

恐る恐る目を開けてみると、首筋に刃物が当てられ、体は霧に縛られている。

スレッジの体は霧と化し、脚の部分でバステルの体を縛っている。左腕で首を絞め右手には鎌が握られ首筋に当てている。

「俺の魔法性質は拡散と同化だ。同時に違う性質の魔法は使えなくてな。これは宝具《首斬り鎌》。首斬っていいか」

「駄目ですよ。試合終了。両者離れてください」

宝具と霧が消えて、スレッジはバステルから離れる。

バステルは絶望していた。自分に溺れていた。自分が一番だと思っていた。しかし初日で負けた。完膚なきまでの敗北。成す統べなく、言葉の通り指一本触れることもできずに終わった。

バステルを置いて闘技場を後にする。

全員出た後、再び扉が開く音がした。そこを見ると一人の少女がいた。

「試合見させてもらったわ。私は二年S組ナナリー。覚えておいてね」

なぜ彼女は見ていたのだろう、と思った。告知されていないのに彼女はどうやって知ったのか、そう考えざるおえない。そして何者なのか。

そんなことを考えているバステルのことを知ってか知らずとも話を進める。

「貴方の戦い方は馬鹿よ」

バステルのハートにぐさりと刺さる言葉だった。呼吸は速くなり、冷や汗が噴き出す。今まで考えていたことが全て吹き飛んだ。

「貴方は強大な魔力量を秘めている。それは確かよ。それに砲台を六台も使うなんて大人顔負けよ。でもね、砲台を幾ら使おうがあんな戦い方ではスレッジには勝てない。そのうち分かると思うけど、砲台は主力にはならない。囮に使う程度しか必要性はないの。少し頭使ったかもしれないけど、一手で勝てる相手なんて存在しない。覚えておきなさい、元王子君」

頭を使ったというのは迅風刃のことだろう。

しかし腑に落ちないことがあった。

「質問していいですか?」

「もちろんよ」

「なぜ砲台は主力ではないのですか。あらゆる書物には主力と書いてありました」

「そうね。あながち間違えではないのよ。でもね、解釈を皆間違える。強いから主力なのではない。いろんな用途があるから主力なの。使い方を学べば私より強くなるわ」

ナナリーは話が終わったとして闘技場から去った。

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