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闇祓物語 -ヤミハライモノガタリ-  作者: 瓢箪独楽
◆一章◆ 祓師(ふつし) 七海
9/12

修行と少年

 


チュン……チュンチュン…


小鳥の(さえず)りが聞こえる中、爽やかな日差しがカーテンの隙間から差し込んでいる。

その囀りと光に誘われ、目覚ましが鳴る前に七海は目を覚ました。


「ん…んー……っ」


布団の中で目一杯体を伸ばしてゆっくりと布団から出る。

現在時刻は五時半。八時半に家を出れば学校に間に合うのだから、随分と早起きだ。

と、いうのもそこは空山神社第十代目祓師。

肩書きのあるものというのは往々にして忙しいものなのである。

朝の瞑想に始まり、修行、それに炊事や洗濯などなど……後半は祓士と全く関係ない気もするが。

「っふわぁぁ~…ダメだぁ……眠すぎる…」

長めの欠伸をする七海の姿がそこにあった。


 七海の母親は、彼女が幼い頃に病で世を去った。

それからしばらくは父、海王が炊事洗濯といった家事全般をしていたのだが、

元来、妻に全てを任せていたせいで、その家庭的能力は絶望的だった。

そのせいもあって、七海は物心ついた頃からそれら全てを自分がすることに決めたのだ。


まずは二人の朝食と七海の弁当分のお米を研ぎ炊飯器のボタンをピッ。

次は昨日の洗濯物を洗濯機に放り込み洗剤を入れてボタンをピッ。

今度は朝風呂。七海曰く「目を覚ますにはこれが一番」とのこと。

風呂から上がり制服に着替えて朝食の準備にとりかかる──。


一方その頃、父海王は…

家庭的で働き者の娘を差し置いていつまでも寝ている…わけではない。

しっかりと境内の掃除をしているので七海ファンの皆様も落ち着いて欲しい。

大きくない神社とは言っても、そこは神社である。

その境内を掃除するにはそれなりの時間がかかるもので、かれこれ一時間近く掃除をしていた。

一通りの掃除を終え、朝食を求め帰ってきたところで、その日初めて娘と顔を合わすのだ。


「おぉぉ愛しの我が娘よ、今日も今日とてミラクルおはよう!」

「はぁ…何を朝からワケわかんない事言ってるの。はいはい、おはようございます。

 ほらもう準備できてるから、運ぶの手伝って」

「はーい」と子供のような返事をして、父は娘の言葉に従う。



 食事を終え、七海が洗い物をしている間、父は新聞を読んでいる。

その図はまさに熟年夫婦の様にも見えるが、仲の良さが伺える一場面でもある。

七海が蛇口を締める音を合図に、新聞を閉じた海王が口を開いた。

「さてと、それじゃぁ本殿に向かうかのぉ」

「そうだね」

父娘は揃って本殿に向かった。


 本殿に入ると二人はすぐさま掃除を始める。

ここは空山神社の本殿、いわば中心である。

故に一段と念入りに隅々まで掃除をするのは当たり前だ。


 暫くの間黙々と作業をしていた二人だが、ほぼ同時に担当場所の掃除を終え、

その後片付けを終えた後静かに本殿の中心に集まり、向い合って座禅を組み始めた。

と、丁度その時、七海の後ろ、本殿の入り口からカラッとした声が聞こえた。


「おはようございます!」


静謐な空気に包まれた空間に凛とした声。その声の持ち主はまだ幼さの残る少年だった。

座禅を組んでいた二人も入り口の方に目を向け、返事を返す。


「おはよう!スサタロー」

「おうスサタロー、おはようさん」


スサタローと呼ばれた少年は二人の返事を聞いた途端、頬を紅潮させ、

「僕の名前は、須佐()すさ 太郎です!

 一纏めにしないでっていつも言ってるじゃないですかぁ!」


そう言ってムスッとしているスサタローを二人は優しく眺めていた。

スサタローはむくれながら七海の隣に同じように座禅を組むと、

「いつもの事なのでいいんですけどねっ。今日もよろしくお願いします」


 この須佐という少年、近所に住む、海王の昔ながらの囲碁仲間のお孫さんらしい。

昔は祖父が囲碁を打つのに着いて来ていただけであったが、

物心つくころには一人で神社に来るようになっていたというわけだ。

今ではそれが高じて七海と共に海王と修行を受けるまでに至っている。


 さて、この面子で行われる修行、海王とお子様二人が延々と向かい合ってじっとしているだけのもの。

海王曰く、じっとしているのは二人だけで、

海王は何度となく霊力の小さな塊『霊弾』を二人に撃ち続けているらしい。

そうやって霊弾を浴び続けていると、浴びた人間の霊力の器が大きくなっていくというもの。

しかし素人目には唯々じっとしているだけの行為にしか見えない。


 時間にして一時間程過ぎた頃だろうか。

七海の隣から苦しそうな声が聞こえ始めた。

「ハァッ…ハッ…… ッ…ハァ…」

明らかに容態を悪くしたスサタローに二人は特に焦っている様子は無い。

「そろそろ限界だのぉ」

そう言ってスッと立ち上がると静かにスサタローの傍に向かい、

彼の左右の肩甲骨の間をトンと指で突く。

すると、それまで荒くなっていた彼の呼吸がゆっくりと落ち着きを取り戻していく。

暫くすると穏やかな普段の呼吸に戻っていた。

「ハァ…。ありがとうございます、海王さん…」

落ち着いたとはいえ、疲労の色はありありと窺える。

「まだまだね、スサタロー。ほらっ」

海王が介抱している間にタオルとスポーツ飲料を持ってきた七海がそれを差し出した。

恥ずかしがりながらそれを受け取ると、「もう大丈夫です」とすくと立ち上がって見せた。

「七海、おまえもそろそろ登校時間なんじゃないか?」

「あっ!ヤバい遅刻しちゃう!それじゃ二人ともいってきまーす!!」

父に言われて腕時計をみた七海は、二人にそれだけ告げて慌てて本殿を出て行く。

残された二人は笑いながら「いってらっしゃい」と七海を見送った。


「ふぅー危ない危ない。座禅組んで目を瞑ってじっとしてるだけだから、

 いつもギリギリま気付かないんだよね」

バタバタと屋敷を出て走りながら一人ごちる七海。

「そういえば… さっき二人と別れる時、一瞬スサタローがニヤって笑った様に見えたなー。

 一体なんだったんだろ…。んーま、いっか。何より急がないとホントに間に合わないや」

再び時間を確認し、さっきの2割増しの速度で駆けていく七海であった──。




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