正門前にて
物語はプロローグよりも十六時間程遡った頃の『私立松山学園』正門前から始まる。
「七海ーっ、おっはよー!」
ショートカットで少し日に焼けた、いかにも活発そうな少女が別の少女に声をかける。
彼女の名は竹中 寧々。
この学園の二年生で、十七歳。
一番最初に名前を紹介したものの、別にこのお話の主人公というわけではない。
「ふわぁあ、おはよう……寧々」
七海と呼ばれた少女が欠伸をしながら振り返り返事をする。
肩甲骨の辺りまで伸びたストレートで真っ黒な髪、前頭部左側辺りに二つ髪留めがされている。
また、程よく高い鼻の上にちょこんと乗っかる眼鏡も印象的である。
ここまでしっかりと紹介された見目麗しい少女だがやはり彼女も……
いやいや彼女こそが主人公の『空山 七海』その人である。
ちなみに学年は寧々と同じだが、誕生日の都合上まだ十六歳。
ふわぁぁと再び大きな欠伸をしつつ、その場に足を止め寧々を待つ。
眠いとはいえ、やはり七海も女子高生。友達との会話が楽しい盛りである。
二人は顔を合わせた正門前に立ち止まって取り留めのない会話を始めた。
「寧々は朝から元気だねー…うらやましいよ」
「そーりゃもう寧々さんは毎日元気一杯よっ。そういうアンタは相変わらず眠そうね」
「あれ?バレた?分からないように頑張って隠しているんだけど、
寧々にはすぐにバレちゃうんだよね。んー…幼馴染の恐ろしさね…」
「いやいや、幼馴染じゃなくてもさっきの大きな欠伸を見れば誰でも分かるって。
……っていうかさ、何となく相変わらずって言ったけど、
ここ最近だよね七海が眠そうにしながら登校してくるようになったのって」
わざとらしく腕組みをして「ねーどうして?」という無言のプレッシャーをかける寧々。
「そう…だね。って、ホントによく観察してるなぁもう。
別に大した理由がある訳じゃないよ。ちょっと面白い小説を手に入れちゃってさ」
目を合わさずにそう答えた七海を特に不思議がる事もなく、
「そっかぁ」とだけ言いながらお気に入りの腕時計を覗いたところで、寧々の目が大きく開かれた。
「あーわわわっ!ちょっとギリギリも良いところな時間だよ、七海っ」
ほらっと目の前まで時計をもってきたが、なるほど確かにギリギリの時間だ。
「話してたせいで遅刻なんてたまったものじゃないし、そろそろ行こっか」
その言葉に寧々も「うん」と頷き、二人は校舎に吸い込まれていった──。