病院で……
昨日の夜、結局ボクは空白魔法を覚えきれないどころか魔力コントロールでさえもうまくいかなかった。
最後の最後で何とか球体を作ることはできたがかなりの魔力の消費と、不安定な球体であったため、今日の夜もそれをやるようだ。
昨日は寝るまで魔力が無くてフラフラとしていた物だ。それが今日もなると思うとやる気が少しでもそがれてしまう。
「まぁそれでも、やらないと……。後六日しかないですし……」
今日の授業はもう終わった。放課後になって、ボクは一人で病院に来ていた。
ヒスティマの方での病院だ。ライコウで唯一の病院、ロピアルズ大病院。
なぜこんな所に来ているのかというと……。
それは一月ほど前にあったロピアルズ警察会本社が吹き飛んだ……。
――漆原竜田が脱走し、大虐殺を生んだ大事件。
ボクがここにきているのは、その大事件でかろうじて生きていたボクの知り合いであるシーヘル・ツヴァイのお見舞いだ。
意識は無いものの、ボクは一週間ごとにお見舞いに来ていた。
そして、シーヘルが寝ている寝室へとたどり着く。
ボクは控えめにコンッコンッとノックをする。
「失礼します」
ボクはそう言ってドアを開ける。
個室なのだからシーヘルしかいないはずなのだが、そのシーヘルの寝ているベッドの隣に、イスに座っている女性がいた。
「毎週毎週、ありがとね? リクちゃん」
「いえ、シーヘルさんにはいろいろとお世話になっていますから……リーナさん」
リーナ・ツヴァイ。シーヘルの妻にしてロピアルズ警察会統治者代行。
シーヘルの代わりにリーナが警察会を動かしているおかげでライコウの治安は安泰だ。平和は守られている。
リーナは髪を伸ばしており、後ろでその髪を一束にまとめている。
服は警察会の軍服ではなく、私服を着ている。
「それでも、よ。シーヘルも喜んでいるわ」
優しく微笑むその顔は人を魅了してしまうかのような顔だ。母性を感じさせる。
ロピアルズでの仕事が忙しいがゆえに子供にはまだ恵まれていないが……。
ボクは、何も言わずにただ無言でいると、リーナが独り言のように呟いた。
「どうしてかしらね……。シーヘルがカナ様以外に負ける姿なんて想像したことも無かったのに……。今もどこかでは夢なんじゃないかって思っちゃって……」
「それは……」
リーナはどこかでは夢であってほしいと願っている。シーヘルが一ヶ月も意識不明なのだ。最愛の人ならばそう思うのが自然だろう。
「漆原竜田……。自力で抜け出したとは思わない。リクちゃんの話を聞く限り、シーヘルが完敗するような相手では無い事はわかっているのだから……危険なのは竜田を助けた何者か」
「何か、わかったんですか?」
ボクがそう確認するように言うとリーナはゆっくりと首を横に振った。
「情報が一つもない……。わかりようもないわ。……あの場にあたしもいたら……」
リーナは手を握り、言葉に少しの苛立ちを入れて吐き捨てるように言った。
「しょうがないですよ。リーナさん。仕事中だったんですよね?」
フォローするように言うと、リーナは握っていた手の力を抜いた。
シーヘルは元々、一人で戦うことよりもリーナと一緒に戦うことの方が多い。一人で強い事には強いのだが、リーナも揃うと輪をかけて強くなるのだという。
そしてそれこそがシーヘルとリーナのそれぞれの二つ名、【双竜の右翼】と【双竜の左翼】なのだ。
「仕事中でも、国内だったわ……」
駆けつけることには駆けつけたのだが、その時にはすべて終わった後であったという。何が起こったのか、そのことは全くわからなかった。
敷いて言うなれば、シーヘルに守られてなのか、ぎりぎり意識があった警察会の者に聞いたことぐらいだった。
そしてわかったことが漆原竜田の脱走とそれを手引きする何者かだったのだ。
性別や特徴的な事はわからなかった。その理由としては出会った者から意識を失っていき、手引きした何者か自身にも魔法でわからないようになっていたようだ。
「そんなに落ち込む事ないですよ! きっと大丈夫です! シーヘルさんだって、何事もなかったかのように起きますよ!」
元気が出せるようにとボクは慌ててリーナを元気づける。
「ありがとね、リクちゃん」
何とかリーナを元気づける事が出来たボクは、これから魔法の練習があると言って、シーヘルに「また来ますね」と言ってから病室を後にした。
ボクは病院の中から外に出ると、中庭に見知った顔が車イスをひきながら散歩していた。
こんな所で会ったのも何かの縁だと思い、ボクはその人物に声をかける事にした。
ボクがその人物へと近づいて行くと、その途中で向こうもこちらに気がついたようだ。
「あら。ごきげんようですわ、リクさん」
「こんにちわ、レナさん」
レナは誰のお見舞いに来ているのだろうかと考えて、車イスに乗っている人を見る。
その人はボクよりも背が高そうで、そして、レナと同じ藍色の髪色をしていた。
もしかして……。
「……だれ? レナ姉」
「ふふ。わたくしが先程まで話していたその人ですわ。ここに居るのは……噂のなんとやら、ですわね」
微笑むようにして笑うレナ。座っている子はどうやらレナの弟だと思われる。顔は中性のようにも捉える事が出来たが、声は男性だと丁度、中くらいの高さだった。
「そう。じゃあ貴方が女装大好き男の娘?」
「ちょっと待ってください。ボクは大好きでも何でもないです」
まさか初対面でツッコミをしなければいけないとは思わなかった。
そしてレナはどうやってこの子にこんな印象を持たせるような発言をしたのだろうか……。
「嘘。今のは冗談だから気にしないで、リク兄」
リク兄と呼ぶ彼は少々悪戯っぽい顔をしていた。
「すみませんわ、リクさん。カンマが変な事を……」
「えぇっと、大丈夫です。気にしていません」
この子の名前はカンマというのか……。
「カンマ・ルクセル。レナ姉の弟で二つ名は特にないよ」
不意を突いたかのような自己紹介――何となくレナに似ている――に、ボクは慌てて自己紹介をした。
「あ、えっと、赤砂リクです。二つ名は【金光の白銀蒼】です」
フェデルに貰った二つ名だが、こうして自分で名乗るのは初めてのような気がする。
「【金光の白銀蒼】か……。よろしくね? リク兄」
「は、はい」
どこか緊張するような雰囲気を纏わすカンマ。ボクはその雰囲気に少し呑まれてしまう。
「あっと、もうこんな時間ですわ。カンマ。今日の散歩はこれで終わりにして、病室に戻りますわ」
カンマはレナの言葉に無言で縦に頷いた。
「リクさん。丁度帰るところならば門で待ってもらえると……」
「はい。じゃあ門で待っていますから、ゆっくりしてください」
ゆっくりを入れておかなければ、カンマよりもボクを優先してしまうかもしれないと思ったからそう入れておいた。
「では、ありがたくそうさせてもらいますわ」
レナはそう言ってカンマの乗っている車イスをひきながら、病院の中に入って行った。
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