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act-06 呪いの指輪

 長老オイゲンは村の魔術を扱える者の中からとりわけ優秀な者を選別し、急造の発掘隊を編成した。その中にはペドロの姿もあり、クレミーは少しだけ意外に感じた。

 発掘作業は昼過ぎから行うということで、クレミーとシャロンは一旦郊外にあるシャロン宅に戻り、遅めの朝食を摂ってから、昨日入り損ねた公衆浴場に向かった。

 それは河川水を利用した露天風呂で、給湯には火の魔術を用いているのだと行く途中にシャロンが教えてくれた。

 簡単に入浴を済ませ、再び長老家の前に集合した頃にはちょうど約束の時間になっていた。

「では行こうかの」

 オイゲンを先頭に、蛇が這うように発掘隊がぞろぞろと森の中を進んで行く。その行程はついさっきクレミー達が往復してきた道と全く同じで、クレミーはだんだんとオイゲンの考えが読めてきた。

「この先って、やっぱり……」

「ええ、そうみたいですね」

 シャロンも同じ結論に至ったらしく、二人で顔を見合わせた。

 旧ルンカ村。

 賊徒によって根絶やしにされた悪夢の村。

 今朝見た焼け野原の光景を思い出し、自然、表情は硬くなる。

「ここじゃ」

 予想通り旧村に着いたところでオイゲンは足を止めた。村人達も半ば予想できていたようで、特に驚いている者はいなかった。

 シャロンは無残な村の跡地を見回しながら、

「おじいさま。この村、というだけでもまだ範囲が広すぎると思うのですけれど……」

 心配そうな顔でオイゲンを見やった。

「ほっほ。隠すというからには大抵、目印となる物があるもんでな」

 とことことひよこのような足取りで村の中へと歩いていき、やがて中心まで辿り着くと、クレミー達の方を振り返った。

「常識的に考えたら、目印はこれであろう?」

「なるほど……!」

 クレミーは感心の吐息を漏らした。

 オイゲンが指差しているのは、腰から砕けたルンカの銅像だった。その下には当然、像を支える台座があり、台座の底は地面に突き刺さっている。おそらくその先には転倒防止用の銅板が埋まっていることだろう。重量がある上にがっちりと固定された台座ごと銅像をどかしてまで、その下の地面を掘ろうと考える者はまずいない。そのうえ灯台下暗しという効果も望めるから、隠し場所としては最適だ。

「ルンカというのは、随分とずる賢い人だったみたいだ」

「うーん、それは肉親として喜ぶべきなのでしょうか……」

 シャロンは考え込む。

「盗賊としてはとびきり優秀だったみたいだし、とりあえず誇っていいんじゃないかな」

「悪い人は嫌いです! 悪いことをするから、悪いことが降りかかるんです!」

「ご、ごめん……」

 予想外の剣幕にクレミーは目をぱちくりさせた。

「そこの若いの二人。乳繰り合っているところ悪いがの、ちょっとこっちへ来なさい」

「ちちくッ……!? おおおじいさま! わたしはそんなつもりではありません!」

 ぽっと顔を赤くしてオイゲンの下へ詰め寄って行くシャロンの後を、クレミーはさも他人事のように苦笑しながら追いかけた。

 発掘隊として集めたエルフの魔術師達は銅像を囲むように円形に並び、それぞれ木製のワンドを構えている。

「これから村の者達で一斉にこの像を持ち上げる」

「持ち上げる……って、魔術ですか?」

 クレミーは首を傾げた。

「そう、今回なら空中浮揚レビテイトじゃな。そなたは魔術に興味があるとシャロンが言っていたからの、近くで見ておるとよい」

 言うが早いか、オイゲンは村人達に手で合図した。

 がくんと地面が揺れ、半身だけの銅像がぶるぶると振動し始める。徐々に振幅が大きくなり、ほどなく巨大な手に引っ張り上げられるように像が上向きに浮かび始めた。すると、銅像の周囲の地面が四角形に盛り上がり、板らしき物が姿を現した。その面積は台座の底面の何倍もあり、明らかに銅像を支える以外の意図が見受けられる。

「ほほ。これは予感的中じゃの」

 台座の下には人一人がやっと通れるくらいの縦穴があった。空洞の奥は暗く深く、どこまで続いているのかは入ってみるまで見当もつかなそうである。

「長老様! この銅像、思ったより重くて、横にずらすのは無理そうです!」

 ペドロは片手で銅像にワンドを突きつけながら、詰まった声を上げた。見れば、他の魔術を唱えているエルフ達は皆額に汗を滲ませ、苦しげな表情を浮かべている。支えるだけで精一杯といった様子だ。

 言葉で単純に浮き上がらせるといっても、実際のところ対象の質量や体積が無視されるわけではない。見えざる手を操るような感覚であるから、当然、効果の及ぶ範囲や効果の程度も術者の技術や魔力量に左右されるわけだ。

 魔術と『魔法』は違うのだ。クレミーはシャロンの言っていたセンスの意味が少し理解できたような気がした。

「……仕方がないの。わしらだけで降りるから、お前さん達はわしらが行くまでそれを支えておいてくれ」

「わかりました。どうかお気をつけて」

 ペドロは会釈すると、杖を握りなおして術に集中する。

 オイゲンは相変わらずマイペースに、穴のあるところまで歩いていく。その後ろをクレミーとシャロンの二人が頭上の銅像にびくびくしながら付いて行く。

 縦穴の縁には古びた縄梯子が引っ掛けてあった。オイゲンはちらりと梯子を一瞥すると、

「わしはちょっと腰が痛くなったから、先に行ってくれんかの」

「……それ、本当ですか?」

 疑うクレミーの肩を掴んでぐいぐい押し、強引に穴に詰め込む。

「この縄、大丈夫かなあ……」

 長い年月を経て耐久力に若干の不安が残るくたびれた縄梯子に、おっかなびっくり片足を掛ける。ちょいちょいと体重をかけて様子を見ながら、もう片方の足を乗せた。

 と、その時、鉤爪で地面に固定されていた縄梯子が音もなく根元からぶち切れた。突然、体の支えを失ってふわりと宙に投げ出されたクレミーは慌てて穴の縁を掴もうと手を伸ばすが、わずかに反応が遅れて惜しくも届かなかった。

「あっ、あああああああ!」

 暗く狭い縦穴の中を、梯子に足を引っ掛けたままの情けない姿勢で落ちていく。先の見えない恐怖のあまり上げた叫び声が暗闇の奥で反響して返ってきたのを、クレミーは情けなく思った。




     *




「……あれ?」

 だが、次の瞬間には既に地に足が付いていた。

 遥か地底まで続いていると思われた縦穴は、しかし実は建物一階分くらいの深さしかなかったらしい。単に中の土が黒っぽいので底が知れなかっただけだったようだ。

 クレミーはほっと胸を撫で下ろして、洞窟の中を見回す。

 穴を掘って固めただけのそこは意外に広々としていた。特有の土くささが鼻をつき、クレミーはむっと顔をしかめる。

「やれやれ……老体に響くのう」

 背後の足音に振り返ると、オイゲンが膝を折って着地の体勢をとっていた。続いてシャロンも上から降りてきた。どうやら縄梯子を使わずに飛び降りたらしい。

「もしかして、先に行かせたのは僕を実験台にするために? ひどいじゃないですか」

「なあに、拗ねるでない。若いうちの苦労は大切じゃぞ」

 はあ、とクレミーは適当に相槌を打って、

「しかし、よくあの高さから降りられますね。足、大丈夫ですか?」

 天窓のごとく頭上にぽっかりと空いた穴から銅像の底が覗いている。

 先程、不慮の事故ではあったもののクレミーも同様にあそこから落ちてきた。とはいえ、いざ自分の意思で跳べと言われても、少なからず躊躇いが生じるだろう。それくらいの高低差だ。

 そのため、よわい数百を迎えた超絶老人が難なくそれを突破できた事実には驚きを隠せなかった。

「お前さんのようにろくに帝都も出たことのないボンボンとは育った環境が違うということじゃよ」

「そんな、僕だって好きで皇子に生まれたわけじゃあ……!」

 つい反抗心が牙を剥くが、オイゲンに当たってもどうしようもないのでやめた。

 と、そこで、わずかに洞穴内に射し込んでいた外の光が消えた。頭上の穴が銅像で塞がれたのだ。

「うわっ、真っ暗」

 めったに体験することのない、完全なる暗闇。

 クレミーはシャロンのいるだろう方向に視線を向ける。

「昨日の火の魔術でこの暗闇をどうにかできないかな」

「やってみます」

 シャロンは人差し指をピンと立てると、腹に力を入れるようにふっと一息吐いた。すると指先に蝋燭サイズの火が灯り、ぼうっと球形に洞穴の中を照らした。そのおかげで、クレミー達のいる入口から奥にかけて、左右に両手を広げたくらいの幅の横穴が続いているのがわかった。

 三人はわずかに湿った土の上を奥に向かって踏み歩く。幾らもしないうちに突き当たりが見えてきて、すっと足を止めた。

「あれは……」

 先頭を行くシャロンの呟き。何だ何だとクレミーが彼女の肩越しに前を覗くと、黒い大きな棺のようなものがおぼろげに闇に浮かんでいた。重厚な蓋は何やら文字の刻まれた紙の札で厳重に閉じられ、異様な雰囲気を放っている。

 これは、呪文だろうか? 一体、中には何が……。

「これが財宝かな?」

「……他に見当たりませんし、おそらくそうでしょうね」

 クレミーはさっと振り返ってオイゲンに指示を仰いだ。薄ぼんやりとした細長い人影から「開けてみい」と返ってきたのを確認して、棺に手をかける。

 蓋にわずかに指先が触れた瞬間、前触れもなく札が燃え上がった。

「熱ちっ!」

 ばっと反射的に身を引いたクレミーは驚きのあまり尻餅をついた。

 紙を火元に揺れる火炎が煌々と暗闇を照らす。

「お札がひとりでに……! おじいさま、これってもしかして!」

「魔術……いや、封印術かの」

 腕を組んで静かに見守っていたオイゲンは冷静に分析した。しかしその声には平静を保とうとして無理矢理に焦りを押し殺しているかのような切羽詰まった様子が、シャロンには感じ取れた。

 ややあって紙札が燃え尽き、洞窟の中は元の暗さに戻った。無防備となった棺の蓋が無言で誰かが開けてくれるのを待っているかのような不気味なオーラを醸し出している。

 クレミーは少しひりひりする指先に息を吹き掛けながら、棺の中身についての思索を巡らせた。

 詳しいことは分からないが、このような攻撃的な魔術で封がされている以上、並みの財宝というわけではなさそうだった。下手をすれば、宝の持ち主(この場合はルンカである)にも危害を及ぼす危険性のある方法を敢えて選んだということは、そこまでして他人の手に渡るのを避けたかった、という主の意思でもある。

 それほどの財宝が隠されているというのだろうか。

 クレミーは唾を飲み込むと、表面の焦げた棺の蓋を掴み、一気に開いた。今度は触れても何も起こらなかった。ごとり、と鉄球を床に落としたような音を立てて蓋が地面に落下した。

 クレミーとシャロンが中を覗こうと我先にと首を伸ばす。刹那、棺の中からすさまじい量の光が放たれ、見えざる力によって二人は派手に吹き飛ばされた。それぞれ反対側の洞窟の土壁に叩きつけられ、地面に崩れ落ちる。

トラップじゃ! 気を付けなさい!」

 クレミーの耳にオイゲンの鋭い声が飛び込んできた。しかし発光に目をやられて、気を付けようにも何が起きているのかすら把握できない。

 とっさに目を閉じたオイゲンは幸いにも視界を奪われずに済んでいた。その視線は次に起こることを見逃すまいと真っ直ぐ棺に注がれている。

 すると、オイゲンの言葉を裏付けるように、棺の中からゆらりと何かが起き上がった。五体を有する謎の人形ひとがたはひどく機械的な動作で棺から這い出ると、腰の辺りから何かを抜き取った。

 それは剣だった。錆びて使えなくなった、短剣ダガー

 視界が回復してくると、徐々に人形ひとがたの正体があらわになっていく。

『服を着た骸骨』といえば理解できるだろうか。かなりの時間を経て全身のあらゆる肉を完全に削がれた白骨が、薄汚れたぼろ切れのような衣服を引っ掛けて暗闇に仁王立ちしている。

 異様な光景だった。

 亡霊? それにしては実にリアル。

 骸骨はさながら牢獄から放たれた死刑囚のように不気味な殺気を纏いながら、ゆっくりと動き出した。

「え……えっ?」

 未だに状況に付いていけないクレミーの眼前に、骸骨が迫る。

 剥き出しのか細い指先に握られた短剣ダガーが高々と振り上げられるのを、クレミーは夢を見ているような気分で見上げた。風を斬りながら素早くそれが振り下ろされる瞬間、クレミーははっと我に返り、慌てて横に転がった。

 苦し紛れの回避は、しかしわずかに間に合わず、肩口に鈍い痛みが走る。斬られた、というよりは荒削りの岩石で殴りつけられたような感触。刃の錆び切った短剣ダガーはもはや刃物としての特長を失い、単なる粗雑でみすぼらしい鈍器と化してしまっているようだ。

「くっ!」

 膝立ちで起き上がったところに、骸骨の蹴りが飛んでくる。反射的に両腕を交差させてガードしようとすると、突然、骸骨が横合いに吹っ飛んだ。大小様々な白骨がバラバラに地面に散らばり、何事もなかったように沈黙する。着ていたぼろ布がその山の上にぱさりと舞い落ちた。

 クレミーはふと足下に転がってきた頭蓋骨に目をやると、そこには木製の矢が一本突き刺さっていた。先端に鏃が見事に骨の壁を打ち抜いている。

 矢が飛んできた方向――すなわちシャロンの方を振り返ると、彼女はいつの間に取り出したのか、背中の大弓を骸骨に向けて構えていた。

「シャロン!」

「まだです、クレミーさん!」

 キッと睨みつける視線の先。たった今、渾身の一撃によって崩れ去ったはずの骸骨が、

「……は?」

 元通りに立ち上がっていた。そして服を失い裸となったことでさらに怪異さを増している。

 屍が動き出しただけでも到底信じられない光景だが、そのうえ、それは一度頭をぶち抜いたにもかかわらず再び起き上がってきたという。

 一体何がどうなっているんだ。

「まさか……不死身とか、言わないよな」

 不死身も何も既に死んでいるはずなんだけど、とクレミーは苦虫を噛み潰しつつ鞘からウォーキングソードを抜いた。

 そこで不意に気付く。

「あれは……」

 よくよく目を凝らすと、骸骨の全身から赤っぽい蒸気のようなものが吹き出している。

 違う。

 赤が骸骨を包み込んでいるのだ。それはまるで、一つ一つ独立している骨片をつなぎ止めて、意のままに骸骨を操っているかのような役割を果たしている。赤い波動は不気味に波打ち、禍々しく蠢く。

 正体を見極めんと目を細めるクレミーに向かって、骸骨は勢いよく短剣ダガーを振るった。横凪ぎの斬線をクレミーはバックステップで避け、がら空きの肩口に思いきり袈裟切りをお見舞いする。裸の骨は意外に脆く、切っ先は肋の辺りまで届いた。

 そのまま倒れるかと思いきや、骸骨は頼りない両足で踏ん張って、それを堪えた。断ち切ったはずの左肩も謎の引力で形を保ったままだ。

「くそっ!」

 舌打ちするクレミーに再び凶器が迫る。長剣で払おうと、柄を持ち上げようとして、しかし抜けない。

 とっさに左手のバックラーで受け止めるが、予想以上の衝撃に腕が痺れる。クレミーは痛みに顔を歪めながら、長剣の柄を強く握り締めると、骸骨の脇腹を蹴飛ばして抜き取った。

 そして大きく後退して距離をとる。

「大丈夫ですか? クレミーさん」

 慌ててそばに駆け付けたシャロンが心配そうにクレミーの顔を覗き込んだ。彼女のすぐ傍には指先程度の小さな火の玉がふわふわと浮かんでいる。なるほど、遠隔操作も可能らしい。つくづく便利だ。

「はあ、はあ……。まあ、なんとかね」

「そこ、肩から血が……」

 言われて見ると、先程骸骨に斬られた、いや擦られた肩の傷から出血していた。

「これくらいなら大丈夫。傷には慣れてるから」

 祖父デミトリアスとの稽古ではしょっちゅう擦り傷をこしらえていたものだ。そういう意味での発言だったのだが、何を勘違いしたのか、シャロンは一層心配そうな顔で、むしろ哀れむような視線でクレミーを見つめていた。

「ともかく」

 目の前の敵をどうにかしないと、とクレミーは骸骨を睨む。ふっと深呼吸すると、たいを傾け、盾を持つ左手を前に、剣を握る右手を肩の高さでまで上げる。相手に晒す面をより狭くし、狙いにくくするという目論見を含んでいる。

 護身の構え。

 斬り殺すよりも、自身を護ることに重きを置いた剣術である。何よりも優先すべきは、自分の命。それがデミトリアスの教えであり、彼から刻み込まれた戦術でもある。

 死んではならない。

 クレミーの蹴りで倒れていた骸骨が起き上がる。錆びた短剣ダガーが火球の明かりでぎらりと光った。

「待て、クレミー」

「え?」

 とんと肩に乗る手。オイゲンはちらりと骸骨に目をやると、クレミーに囁きかけた。

「指輪じゃ」

「……指輪?」

「やつの右手を見てみい。あれが魔力の発生源じゃ」

 妖気を漂わせながらゆっくりと歩を進めてくる骸骨。その右手に注目すると、確かに赤い指輪をはめている。さらに観察すると、その指輪を中心に全身を包む得体の知れない霊気は発生していることが分かった。

「じゃあ、あの指輪を壊せば……」

「いや、壊すのは避けたほうがよいじゃろう」

「なぜですか?」

 不満げな声を漏らすクレミー。

「あれは呪いの指輪じゃ。元来、呪われた品物アイテムというのは手にした者に強大な力を与える代わりに、もしそれが壊れた時、所有者に相応の不幸をもたらすものでな。ただ、この場合所有者が誰なのかは定かでないが……とにかく、壊してはならぬ」

「そんな……」

 本気で殺しにくる相手にそんな手加減が通じるだろうか。

「さて、来るぞ」

「うわっ」

 クレミーは意識を目の前の骸骨に向け直した。

 骸骨は不自然なほどにひどく人間的な所作で短剣ダガーを振り回してくる。それらを左右の剣と盾で打ち払い、受け流しながら、機会を窺う。

 数瞬の攻防。

 金属どうしがぶつかって生じる火花が隠微に骸骨の顔面を照らす。伽藍堂がらんどうの瞳は暗く影を落として、ただただ空虚な闇を返してくる。

 すると骸骨はなかなか決まらない攻撃に業を煮やしたのか、ある時、一撃必殺を狙って短剣ダガーを大きく引いた。

 これを待っていた。

 弾丸のごとく繰り出された高速の正面突きを、クレミーは受けずに体を捻るだけで避けた。貫くべき対象を失って虚しく伸ばされた腕、その先にある白い手首を狙って、思い切り長剣を振り下ろす。嫌な音を立てて手首は切断され、地面に転がった。その途端、骸骨はぎしりと全身を軋ませて、文字通りその場に崩れ落ちた。

 再生する気配はない。

「やった……」

 クレミーは安堵の息を漏らすと、剣を鞘に収めた。幸いだったのは、敵が獣などの類ではなく人型で武器を扱う者だったということ。でなければデミトリアスに習った剣術も役に立たず、さらに苦戦を強いられていたことだろう。

 光を失った指輪を骸骨の指から抜き取り、オイゲンに向き直る。

「なるほどな、あのくそ親父の考えそうなことじゃ」

「えっ?」

「その指輪はルンカの魂を封じた呪いの品物アイテムなのじゃ。そして、これは仮説だが……おそらくルンカはその命が燃え尽きる前にこれまで自分が集めてきた財宝を何者かに引き渡した。そのうえ、殊更に『財宝は森に隠した』とでも吹聴して回り、裏では、棺にこもって自身に封印術を行使して、抜け殻の骸骨をもって財宝を狙ってやって来た賊を迎え撃つ、と。……ふむ、独占欲の強い彼奴きゃつならではの遊び心とでもいったところかのう」

 オイゲンは嬉しそうに目を細めた。その瞳には無残に崩れて散らばる白骨が映っている。

「あの、長老様。なんというか……申し訳ありませんでした」

「うん? 何を謝るか」

「長老様のお父上の遺骨を……あんなふうに扱ってしまって……」

 蹴り飛ばしたり、切断したり、と常識的に考えたらとんだ背徳者だ。クレミーはがくりと肩を落とすが、オイゲンはそれでも笑っている。

「気にすることはない。降りかかる火の粉は払わねばならんからの。彼奴きゃつもちっとは反省したことじゃろう」

 すると、入口の辺りにぱあっと光が差した。ペドロ達が再び銅像を持ち上げてくれたのだろう。

「さて、出ることにしようかの」

「えっ、でも……ルンカの亡骸は……」

「それもそうじゃのう」

 オイゲンはまるで虫をのけるようにしてふわりと手の平を払った。すると、散り散りだった骨片が一箇所に集まり、元の人の形に取り戻してから、棺の中に納まった。

「元よりまともな死に様など期待しちゃおらんだろう。悪党への供養はこれで十分じゃ」

 そう言い残してオイゲンは穴のある方へと歩いていく。

 杖もなしに魔術を? とクレミーは初め疑問に思ったが、すぐに思い当たった。オイゲンのはめた指輪である。きっと杖の先に付いている水晶と同じ材質なのだろう。

 同様に、ルンカが自身の魂を指輪に封じることができたのにも納得がいった。

 三人が穴の下まで来ると、ちょうどよく上から縄梯子が降ってきた。気の利いた誰かがわざわざ代わりの物を取ってきてくれたらしい。感謝しながら、オイゲン、シャロン、クレミーの順で梯子を上る。

 穴越しに円い空を眺める。今にも雨が降りそうな、頼りない曇り空だった。

 あれ、さっきと何かが違うような。

 最後尾のクレミーが登っている途中に、地上から「うひゃあっ!」とシャロンの悲鳴らしき声が聞こえた。心配になって急いで梯子を駆け上がろうとすると、突然、上から何者かによって手首を掴まれ、一気に引きずり出された。

「あいたた……」

 何だよ、もう。

「オイ、動くなよォ」

「……!」

 無様に地面にうつ伏せに倒れたクレミーの首筋に、すうっと冷たい金属の感触が走った。

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