その魔法のような一滴は
薄暗い部屋でエアコンからカタカタと聞こえる音を聞く。
カーテンは閉めっきりの状態。
天井や部屋の四隅には埃と蜘蛛の巣が。
その辺に飛んでいる小さな虫が巣に引っかかるのをただただ待ちわびていた。
ぼーっと、ベットの上で横になりながら何も考えず、一日を過ごしていく。
スマホから通知音が聞こえ、表示されたメッセージを見る。
今日の天気は晴れの内曇り、夕方には雨が降るでしょう。
スマホ内蔵のお天気アプリからの通知だった。
気にも留めず、スマホの電源を落とした。
外は明るく、カーテンの隙間から入ってくる僅かな日差しが外の様子を物語っていた。
今日も、今日とて一日中ベットでゴロゴロして過ごそう、そう思った。
「やっほーっ!生っきてるぅ~?」
物が少ない部屋にドアをドンドンと叩く音が響く。
一定のリズムを刻み何かの音楽を表現しているのか、はたまた乱雑に叩いているだけなのか。
俺には分からなかったが、いずれにせよこの音が止むことは無いので仕方が無く身体を起こした。
「今出る。」
「りょう~かいっ!」
小学生か、近所のガキを連想させえるような声が返ってくると、音は止んだ。
足の踏みどころのない部屋の中の、僅かに見える床の部分を歩きクローゼットを開けた。
しわくちゃで本当に洗濯をしたのかと疑うほどのシャツとズボンを手に取り、着替えた。
普段は気にすることのない己の姿を鏡で見るこの瞬間が俺は嫌いだ。
出る前にトイレへ行き、用を済ませておく。
手を洗い、壁に手を付きながら鍵を開けドアを開けた。
「おっそ~い!何分待ったと思うの!!」
「わ、悪いな。」
「それより今日の約束忘れてないよね!?」
「や、約束...。」
玄関横に飾ってあるカレンダーを見て見る。
今日の日付の欄の下に小っさな文字で、
【お出かけ】
と書かれていた。
誰だよ、こんな字書いたの。
もっと大きく書いとけよ。
と、思ったが鏡に向かって言ってもしかたがないので、
「あ、あぁもちろん。
忘れてないさー。」
と言ってやった。
「嘘だね!だってもう約束の時間過ぎてるもん!」
と言い返されてしまった。
両手を合わせて軽く謝り、玄関横に置いてあったラムネをあげ許して貰った。
いつのラムネだかは覚えてないが、ここ最近のだった気がする。
「じゃぁ、早速行こう!」
「ちょっと待って。
今日の夕方雨降るらしいぞ。」
「えぇ~!?そうなのー。
傘持ってきてないやぁ。」
と言うので、貸し出し用と書かれた折りたたみ傘を貸してやった。
「わぁ!ありがとう~、優しいねぇ。」
「じゃぁ改めて行こうか。」
お出かけ用のリュックの中には常時、財布と免許証、傘など色々入っている。
こんな俺でも心配性な為、何かと多く持ち歩かないと気が済まないのだ。
しっかりとドアに鍵をかけ、ロックされたことを確認する。
小走りで走っていく後ろを追うように着いていく。
眩しい太陽の日差しは、カーテンから差し込んでくる日差しとは比べ物にならないぐらい熱い。
運動不足の俺はどんどん距離が離されていくのを実感した。
「エレベーター丁度来たよ!」
エレベーター前でボタンを押して待っていた。
俺が息を切らしながらエレベーターに乗ると、今日行く予定のショッピングモールのパンフレットを見せてくれた。
「今日は、ここの服屋さんと、こっちの本屋さんに行くの!」
「あぁ、分かったよ。」
「もう!そんなどんよりしてないで、シャキッとして!」
背中を軽く押され、渋々姿勢を正した。
エレベーターから出て、紺色の車に乗った。
「車内、あっついねぇ~。」
「窓開けよう。」
「今の時代、エアコンがあるのよぉ?
ガンガン使っちゃっていいから!」
と、言ってボタンやらスイッチやらをいじくり16度の強冷房を設定していた。
「それじゃぁ、いざショッピングモールにレッツゴー!!」
「お、お~!」
右手を挙げて言ってみたら、隣ですごく喜んでくれた。
「ぅ~~~ん!良いね!!」
そのまま道なりに道路交通法を守りながらショッピングモールへと車を走らせた。
敷地内に辿り着くと、警備員が棒を振って駐車場を仕切っていた。
「ありゃ?結構朝早くに来たのに、もうこんなに車が!?」
「結構多いね。」
警備員に誘導さるがまま、車を駐車し、外に出る。
ギラギラと直射日光が肌を刺激し、ヒリヒリしてきた。
「こんなとこ居たら、炭になっちゃう~!?
もう、中に入っちゃお!」
俺の手を掴み、屋根のある所まで引っ張ってくれた。
出入り口周辺には大きな屋根が付いており、何十人の人が熱さから逃れていた。
スピーカーから音が聞こえ、出入り口の大きなドアが開いた。
「開店したわ!私たちも行きましょー!」
「お、おう。」
エレベーターの中で見せてもらったお店へと、足を運ぶ。
お店の目の前には、
【開店セール実施中!】
と書かれた看板があった。
これ目当てでここに来たのか、と納得した。
「これと、それと、あとこれも!」
「ほい、ほいっと。」
言われた物をかごの中に素早く入れ、会計に向かう。
なんとか1万円以内に収めることが出来、横でニコニコしていた。
会計も終え、次は気になっていた本屋へと向かった。
「見て~、本がいっぱい!」
「そうだな。」
そりゃ本屋だからそうだろ、
と思ったが口に出すのを止めた俺は偉い。
ウキウキで本屋に入っていく後姿を眺めつつ、俺も入っていった。
最新の書籍から、ベストセラーの本までずらりと綺麗に並んだ本は実に圧巻であった。
以前小耳に挟み、気になっていた本があったので手に取ってみた。
【何を思ふ、誰を偲ぶ】
というタイトルだ。
あらすじを眺め、数ページ捲り流し目で読んでいく。
「何々!?何か気になった本でもあった~?」
横からひょいっと現れ、読んでいた本を見てきた。
「以前、耳にした本があったから手に取ってみただけだ。」
「へぇ~、面白そうな題名だねぇ。
私はこの本!」
そう言って見せてくれたのが、
【何でも節約術!身の回りがあっという間に大変身!第7巻】
「えへへ、欲しかった本なのぉ~。
せっかくだし、その本も買っちゃおう!」
「え、いや別に。」
「良いの!私の奢りね!」
呆気に取られているうちに俺の持ってる本を取って、そそくさとレジに向かってしまった。
たまには本を読むのも良いかと思い、後でお礼を言おうと思った。
会計が終わり、本を貰い、次どこ行くかの話になった。
「次はぁ~、こことかどう?」
提示してくれたのは、雑貨屋さん。
説明文によると、レトロな物から最新の玩具まで取り揃えているとのこと。
何が置いてあるのか気になった俺達は、その足で向かった。
「わぁ~、お洒落ねぇ~!」
「これは、すごいな。」
と、思わず声が上ずってしまうほど店内はよく作りこまれていた。
他の店とは比べ物にならないぐらい、コンセプトを再現している。
例えば壁に貼ってあると思われる、葉っぱは本物のような手触りと質感だし、
こっちの観葉植物は南米に生息してそうな花々を再現していたりと、
その気力というか、迫力に思わず心が躍った。
肝心の売られている物については、プレミアム価格のついている物だったり、
展示品レベルの絵画や、木製の手作り食器などジャンル問わず様々なものが置いてあった。
お値段は予想より高く、少々肝が冷えてしまったが、店内の作りこみ凄さに改めて感動した。
「そろそろお腹すいたねぇ~?」
「そうだな。」
「フードコートに行こうよ!」
という事で、大勢の人でごった返しているフードコートに着いた。
駐車場ほどまでとは行かないが、そのぐらいを思わせるような席の数と様々な国の食べ物が売られていた。
「私は、これとそれを食べるね!」
「じゃぁ、俺はこっちと、その食べ物を。」
会計を済ませ、席に食べ物を運んだ。
「では!いただきます!」
「いただきます。」
「わぁお!なんだいこれは!美味い~ぃ!!!」
隣にいた小学生に遅れを取らないレベルの食レポを見せてくれた。
その姿に思わず吹き出しそうになったが、ゆっくりと咀嚼し落ち着かせた。
初めて食べる料理だが、異国の料理にも関わらず舌に馴染むように手が止まらなくなる。
早食いとまではいかないが、いつもより早いペースで完食しきり、お腹が満たされた。
「なんだか、買い物疲れしちゃったなぁ~。」
「そうだね、そろそろ雨が降りそうだし、今日はこの辺でどう?」
「それもそうだねぇ~、じゃぁ君の家に帰ろうか!」
疲れた様子を吹っ切るような素振りを見せ、仲良く手を繋いで帰路についた。
そのまま、家に真っすぐ帰り、エレベーターに乗って家へと向かう。
ドアのカギを開け、荷物を壁に掛ける。
「じゃぁ今日は楽しかったよ、ありがとう。」
「ちょっと待って!」
「ん?」
「そのぉ、今日はお家の中に入ってもいいかな...?」
え?
突然のことに俺は固まった。
「これから雨が降ってくるんでしょ?
それに落雷確率とかかなり高いみたいで、ちょっぴり怖いなぁ~なんて。」
「そ、そうか?」
「そうなの!私、怖いの嫌いだから、入らせて!?」
承諾する前に押し込むように玄関に入られてしまった。
それと同時に、空が段々と曇っていき今から雷雨になるかのように感じた。
呆気にとられていたが、家の悲惨な状況を見られたと、すぐに振り返り止めようとする。
「ちょっと、汚れてるかなぁ~。
後で、一緒に掃除しようね!」
ずかずかと、キッチンを越え俺の部屋に入っていってしまった。
急いでドアのカギを閉め、床に散乱している物を気にせず走る。
すると、部屋の中で立ちすくんでいた。
「お、おい。」
視線の先には大きな黒い袋が。
所々破れ、肌色の何かが露出していた。
「ねぇ、これって...。」
こちらを振り向き、言葉を発したが、凄まじい落雷の音によってかき消されてしまい、
なんて言ったのか聞き取れなかった。
雷雨のせいで俺の薄暗い部屋がさらに暗くなってしまった。
しかたがくなく、明かりをつけると俺の部屋の全貌が露わになった。
「これって死体...だよね...?」
「ち、違う!」
必死に弁明の言葉を口に出すが、恐らく信じてくれないだろう。
俺は最悪の事態の事を考え、ドアを閉めた。
「隠さなくてもいいんだよ?」
「そ、それは...っ!」
舌をぺろりと出しながら、黒い袋を破いていく。
中からは青白く血相を変えた人間だった物が出てきた。
パタリと床に転がった手を拾いもの欲しそうに見つめる。
その異様な光景に俺はぞっとした。
「私もね、同じなの。
君と、同じ、変わり者ってこと。」
「っ...!?」
「今日会った人たちもみぃんな、同じ仲間。
皆、同じ仲間。
でも、私たちだけは違う。
変わり者なんだよね?」
その表情は頬を赤らめ、恥ずかしがりそうにする、まるで恋に落ちた少女と言わんばかりの。
震える俺を見つめ両手を伸ばしてくる。
両肩に手を乗せ、俺を正面から見続けてくるその様子に、恐怖を感じた。
「安心して、君は私達と同じ作りをしている。
でも、私たちが感情が変異しちゃった存在なの。
君のその感情は本来の実験からは生まれてこないはずの偶然の産物。
私はどちらかと言うと失敗作だけどね。
本当なら、もう数日過ごしてから打ち明けるつもりだったけど、君がこうして私達と同じ部分を見せてくれたから、私もこうして打ち明けたの。」
「な、何をいっているんだ...?」
「ちゃぁんと!その脳みそで考えて!
っていえば普段の私?
観察者としても、被検体としてもどっちも私。
君は、この世界の救済者さ!」
訳が分からない。
俺だって、状況が呑み込めないんだ。
朝起きたら、部屋の中に異臭が立ちこんでて、元を辿ってみればアレがあるし、
昔の記憶も何故か思い出せないしで、何が何だか。
「落ち着いて聞いてほしい。
私と君は、運命共同体にして、姉弟のような関係性。
他全員は皆私達の生みの親さ。
人間が絶滅危惧種となった今、食糧である彼らのストックをこれ以上減らさないためにも、
実験を繰り返し、人間に近い存在の開発を行ってきた。
私も元人間だとか言われていたけど、もう自分が何者であったなんか覚えてもいない。
でも、この世界で異質となった私の弟、つまり君だけがこの状況を打破できるのさ。」
人間が食糧?
俺が人ではない?
な、何を言っているんだコイツは。
救済者?運命共同体?
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い!
吐き気がする。
「あぁ、お昼ご飯をはきだしてしまったのかい?」
吐き出したものを見て俺は自信を否定したくなった。
「もう、貴重な人工人肉なんだから、無駄にしないでね。」
「うぇええええっ!」
「あぁ、もう言ったそばから!」
信じられない。
脳が拒絶する。
日常が壊れる。
身体が震える。
何かが否定する。
「あぁ、こうなっちゃったらもう廃棄コースかなぁ?
今回の実験で君は3756体目だ。
次の生産に取り掛かるために、君のコアを取り出すね。
私のかわいい弟よ、次合う時はどんな子になってるかな?」
左手で肩をガッツリ掴まれ、右手で俺の心臓部分を締め付けてくる。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
たす、け...て。
「君の目から滴るその涙、それこそが次の君の素となるのよ。」
あ、あぁあぁっ.........。
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なんだか悪い夢を見ていた気がする。
いつの間にか寝てしまったようだ。
今日も今日とてこの薄暗い部屋で一日を過ごす。
四隅で蜘蛛の巣を張っている健気な蜘蛛を見つめつつ、ぼんやりと眺める。
眺めていると机の上に一冊の本があることに気付いた。
【何を思ふ、誰を偲ぶ】
変なタイトルの本だな。
でも、以前どこかで聞いたようなことがある気が...。
「やっほー!約束だよ!覚えてるー!?」
いつも通り、元気な奴が来た。
俺は、重い体を起こし、最低限の身だしなみを済ませ、鏡を見る。
「まぁ~だ~?」
その間にもドアをたたく音は止まない。
いい加減うるさくなってきたので、音の元凶を懲らしめるべくドアのカギを開けた。
「今日の約束忘れてないよね!?もう時間過ぎちゃったよ?」
「あっわりぃ、コレあげるから許してくれ。」
「ラムネ?もぅ、しょうがないなぁー!」
「じゃぁ行こうか、ショッピングモールに。」
「レッツゴー!」
素早くドアのカギを掛け、運動神経の良い俺は先にエレベーターを開けるため追い越して走った。




