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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

サイレンの魔女

サイレンは冬に哭く ~マーガレット~

作者: 笹門 優
掲載日:2026/02/20

 結局ホラーになってしまいましたよ。

 変だなあ。 最初は現実恋愛のはずだったのになあ……。


「こんばんは」


 彼女の声は、澄んだとしか言いようのない透明感を以てボクに降り注いだ。


 ボクはその不思議な感覚に言葉を返す事どころか身動ぎすら出来ないまま彼女を見つめる。 ただ挨拶されただけの反応ではないボクに、彼女は何を思ったのか一歩、また一歩と近づいてきた。

 気づけばその顔は眼前だ。


「こんばんは?」


 澄んだ、声だ。

 清涼な小川のせせらぎよりも、風に揺れる鈴の音色よりも、ずっとずっと澄んだ声。


 そんな何の反応も返せないボクをどう思ったのだろう?


 彼女は優しく微笑みボクの手を取って歩き始めた。


 それがボクとマーガレットとの出逢いだった。


 ボク、カリル=フェルドランが14歳の時である。




   * * *




 マーガレットは赤い巻き毛をした美しいと言っていい少女だった。

 容貌からすると恐らくカリルより若干年上だろう。 ハイスクールに通う様な、そんな少女である。


 出逢いの時は祭りの夜。

 街中が普段よりもより激しい喧噪に包まれる中、友人とはぐれたカリルが人混みから外れ、一休みしている時に顔を合わせたのが彼女だった。

 迷子、ではないがキョロキョロと周囲を見回す様子を気に掛けたからか、それともただの興味本位か。 どちらにせよカリルは彼女に手を引かれ、そのまま夜の街を繰り出す事になった。



 幻想の灯り


 この時間になっても残る昼間の熱を帯びた空気


 少女の笑顔は何処か蠱惑的で


 周囲の熱気と共に少年の内に熱さを呼び起こし


 出逢ったその日に


 ふたりはその熱気に浮かされる様に熱い夜を過ごしたのだ。




   * * *




 その日からマーガレットはよくカリルの前に姿を現す様になった。

 今までこの街では会った事のない少女ではあったが、ひとつのそう広くもない街とは言え知らない人間は多い。 ましてや出逢いは祭りの日だ。

 祭りの日に来ていた他の街の人間。 そんな者が居たところで何の不思議もない。


 とは言ってもマーガレットは自身の事情などは全く話す事はなかった。

 カリルが尋ねようとすると、明らかに不自然なレベルで話を誤魔化していた。

 だからこそカリルは口を噤んだ。

 それ以上余計な事を訊き、彼女がいなくなってしまう可能性を考えると、それ以上尋ねる事は出来なかったのだ。

 そんなカリルに気づいてか、マーガレットはご褒美だとでも言いたげに扇情的な視線と仕種で彼を誘い、そして交わった。

 夜毎に、会う毎に、ただ交わるだけになっていくふたり。


 出逢いから三月程過ぎた事だろうか。

 マーガレットは何処か躊躇う様子を見せながらカリルを海へ誘っていた。




   * * *




 もう日中ですら寒くなってきた、そんな季節だ。


 陽の落ちた海は、出逢った頃のような涼しさを感じさせるモノではなく、痛みすら伴いそうな寒さを伝えてくる。

 ザザン、ザザンと響く潮騒は、水平線の果てまで続く昏い海の姿と相まって、至極不気味で、(こころ)から凍えそうな空気を勢いよく運んでくる。

 昼に見る白い砂浜は今見ると汚泥のように黒く、波打ち際の境界は何処にあるのかはっきりと見えてこない。 一方で昏いはずの海は、月の光を映す周辺だけが深淵の様な青で染められていた。



 黒い砂浜


 濃藍の空


 濃紺の海


 そんな昏い光景の中にある月だけは白く白く


 天使の梯子(エンジェルラダー)の様な中空に立つ灯りはまるで瑠璃色の様に


 月の光を浴びる海は輝く様な紺藍で


 その内側から輝きを放つ様に周囲を照らしていた



 カリルの見るその光景はとても神秘的にあり、一方で酷く狂気的だった。


 『何か』おかしいものが見える訳ではない。

 ただその暗闇の中に昏い何かが佇んでいる様な、そう見える光景だったのだ。


「メグ?」


 夜闇のせいか月のせいか、由来の知らぬ怯えを悟られないようにカリルは傍らに立つ少女へ声を掛けた。

 少女は少年を、苦笑している様な表情で見つめている。


 ――困っている?


 彼がその表情を見て読み取れたのは困惑。 いや、そこにあるのは別の思考だろうか? 年若い彼にはそれ以上を読み解けない。


 少女は海を後ろにしてカリルを見つめる。


 紺と藍色で塗りたくったキャンバス


 頭上の月 真っ白い真円


 スポットライトの様に輝く光の柱は まるで彼女の翼の様に


 少女は自身を戒める様に纏わり付く布を解き


 白い裸体を冬の空気へ晒し出す


 上着も肌着も下着も


 それらは一様に波間へと消えた


 最初から水で出来ていたかの様に濃紺の海へ飲み込まれる


 夜のキャンバス


 白い輝きの中で白い裸体は境界をなくした様に滲み


 赤い髪だけがたゆたう様に浮かび上がって見える幻想絵画



「カリル」


 彼の名を呼びながら、マーガレットは昏い波間へ足を浸す。

 カリルはその声を聞いてはっとした様に瞬きした。

 まるで白昼夢でも見ていた様な呆けた意識を覚醒させ、少女の姿を確認する。


「メグ。 そのままじゃ風邪を引いてしまうよ」


 我ながら気の利かない台詞だと、そう思いながらも少年はマーガレットへ向かって一歩踏み出した。

 汚泥に空いた足跡に水が浸り、月光を煌めかせる。

 更に一歩進む。 もう一歩足を動かす。

 輝きが増える。 星を写す様に彼の歩いた跡に月が嗤う。


「カリル」


 少女の、マーガレットの呼び声にカリルは抗えない。

 彼女の小川のせせらぎの様な声は、夜の波涛に掻き消される事なく少年を縛り付ける。


「ほら、こっちに来て」


 ゆっくりと、何処か躊躇いがちにふたりは近づいていった。

 カリルの足はもう海の中だ。 なのにそれ程寒さを感じないのは何故なのか、疑問にも感じずにカリルはそっと手を伸ばした。

 ふたりの手が触れる。


「カリル。

 大好きよ」


「メグ……マーガレット。

 ボクも大好きだ」


 互いの指を絡ませ、決して逃げぬ様、逃さぬ様に。

 身を寄せ、唇を交わし、少女の瞳に情欲が灯った時だった。


「あ…………? め……ぐ……?」


「大好きよ、カリル。

 愛してるわ、本当に」


 口元から彼の血を垂らし、マーガレットはそう言って微笑んだ。


「ずっと一緒にいたかった。 ずっとあなたといたかった。

 本当よ。 嘘じゃないの」


 血に染まった舌が唇を濡らす。 彼の血で濡れた舌が、彼の唇を濡らす。


「今のあなたをなくしてしまう事に躊躇いが無い訳じゃない。

 でもわたしはあなたの子どもが欲しいの。

 100年も生きられないあなたより、ずっとわたしといられるあなたの子どもが欲しいの」


 マーガレットの下半身がずるりと肥大化する。

 無数の、蛸の様な蝕腕がカリルの身体を抱き締めた。


「だから、あなたの命を頂戴。 そのあたたかな魂を頂戴。

 わたしがあなたを産んであげる。 ヒトじゃないあなたを産んであげる」


 少女の瞳が紅く染まる。

 遙かに遠くぶら下がる星よりも、中空に浮かぶ銀紙の月よりもずっとずっと間近で現実的な紅の輝き。


 ――首筋から命が流れていくのが解る。

 その熱い流れが夜風に冷やされる様に身体から熱が失われていくのが解る。

 海に浸った足はもうその冷たさも感じない。

 もう自分(カリル)は助からないのだと、感覚的に理解する。


 ――彼女は最初からこのつもりでボクに近づいたんだろうか?

 ふと浮かんだ疑念だがそんなモノは夜風に消えた。

 さっき感じた彼女の困惑は、ボクを殺す事への躊躇いなんだと、そう思えたからだ。


 だから、ボクはちからの入らない腕で、それでも精一杯彼女を抱き締めた。 この身体に残った熱も命も魂も、想いも全部伝わる様に、繋がる様に、ぎゅっと少女の身体を抱き締めた。


「ああ、カリル、カリル……!」


 感極まる様な少女の声が優しく彼の耳朶を打つ。

 そう、彼の大好きな少女の声。 それを感じながら死ねるというならこれはとても幸福な事なのではないだろうか?


「……め……ぐ…………」


 少年の目に映るのは夜空と月。

 抱き締め合う少女の顔は見られない。 その声だけが脳に響く。 毒の様に、麻薬の様に浸透する。


 ――月よ、月よ。

 この瞬間が永遠ならどれ程良かっただろう。 だけどそれは叶うはずもない、不死にも似た願い。

 ならせめて、彼女の望みが叶いますように……。


「大好きだ……」


 カリルがそう言った瞬間、海面に血の大輪が咲いた。

 一瞬だけ咲いた紅い華は波間へと掻き消され、少女も微笑みながら波涛の中へと消えていった。


 ザザン、ザザンと響く海の音にも消えない、澄んだ、それでも何処か艶めかしい笑声を残して。



   * * *



 だからだろうか?


 こんな月の夜には、海岸で少女の謡う様な声が聞こえるのだ。


「カリル……早く会いたいな……、ねぇ、カリル……。

 早く……」


 澄んだ声だ。


 冬の月の様に、冬の星空の様に澄んだ、透明な声。


 微笑み未来に期待する声。


 その中に何処か不安と心痛の感じられる、そんな声。




 幻想の魔女(サイレン)は冬に嗤う(なく)のだ。





 最初はキャロルではなくマーガレット・トゥースエイカーが前作ヒロインのはずでした。 でもリアル被害者(セイレムの魔女狩りで、一家全員が投獄され、釈放後にインディアンに連れて行かれたなどという話のある娘さん。 まあ当時10歳くらいのはずですが)をさらに酷い目に合わせるのもなんなので、オリジナルのキャラクター・キャロルを向こうに、マーガレットをこっちに持ってきたんですが……何故こうなったんだろう?

 マーガレットは最初は「現実恋愛ルート」のつもりで、でも書いているうちに「今回のホラールート」と「躊躇いながら海へ帰る、ローファンルート」が分岐したんですが、何故かこっちのルートが選択されました(゜Д゜)

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― 新着の感想 ―
感想失礼いたします。 とても美しくて、読後に静かに余韻が残る作品でした。 冒頭の「澄んだ声」の印象が強く、カリルとマーガレットの出逢いの場面から、もう世界の空気が完成していてすごいなと思いました。 …
スキュラか、何かのモンスター娘だったのですね。 ゜+(人・∀・*)+。♪ モン娘。でも、人間食べるのいくない。 うにょうにょ。タコ食べたい。
風景描写に不穏さが増しますね。静けさにむしろ絡め取られている感が……。 確かに切り口次第で恋愛ものになりそうですね。主人公的にはある意味ハッピーエンドですし……。 妖しくも美しいお話をありがとうござい…
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