エピローグ 第三の歪み
円卓に集う各国の代表の視線が、ひとつの席へ寄っていく。
議の流れが止まり、息遣いだけが広間の天井へ上って消えた。
獅子国王レオンの前に、ゼクスとカリナが並び立つ。
戦後の大広間は磨き直されていても、焦げた匂いの薄皮が残り、柱の傷を覆う布がわずかに波打っていた。
燭台の火が揺れぬよう護衛が歩幅を控えているのが、かえって緊張を際立たせる。
「調査の結果を共有する」
ゼクスは淡々と言い、机上に地図と報告書を広げた。紙が擦れる音が、やけに大きく聞こえる。
カリナはその横で、地図に押された印を指先でなぞる。触れた瞬間に離さないのは、ここで語る内容が推測ではなく、確証へ寄るものだと自分に言い聞かせる所作にも見えた。
「王妹リアナ暗殺の夜、霊脈の乱れは城下だけではなかった。獅子国の外縁まで波紋が伸びている」
言葉が落ちた瞬間、空気の温度が変わる。冷えるのではない。皮膚の上に薄い膜が張り、誰もが不用意に動けなくなる。
狼国の将が口を結ぶ。鹿族の代表が杯へ伸ばしかけた手を止め、黒豹国の使者は背もたれに背を預ける角度を少しだけ変えた。
「黒い炎の暴走も同じだ。怒りや怨嗟の副産物ではない。誰かが、意図して歪みを注いだ形跡がある」
ゼクスの声は硬さを増さない。増さないからこそ、逃げ場がない。
麒麟の使者が眉を寄せた。霊脈という言葉に反応したのではない。国同士の和議では覆えない領域――世界そのものの仕組みへ踏み込む気配に、古い記憶が疼いたのだろう。
「それが――第三の歪み」
カリナが名を与える。宣告のようでいて、過度に飾らない。
「玄冥。影の底から世界に干渉する意思。国同士の争いに見せかけ、霊脈そのものを乱している可能性が高い」
低い動揺が円卓を回る。誰かが唾を飲み、別の者が椅子の脚を鳴らした。反射的な仕草ほど、恐れを隠さない。
その背後で、紗世が何も言わずにレオンの背へ一歩だけ近づいた。飾りではない距離。影を宿す存在として、ここに立つ意味を示す距離だ。近づいた理由は明白だった。彼の言葉が孤立しないように。今夜の責任が、彼ひとりの肩にだけ沈まぬように。
円卓の誰もが理解する。世界は一国の事情で終わらない。第三の歪みが真であれば、和議の条文は土台から揺さぶられる。
狼国の将は拳を膝の上で固く握ったまま、低く呟く。
「ならば、次に狙われるのは……」
言葉の先を置く場所がないまま、目だけが北を指した。
沈黙が落ちる。誰も口にしないからこそ、同じ結論が広間に満ちる。
戦後の円卓は、和解のためだけに置かれたものではなかった。次の時代が、なにと戦うのかを決めるための台だった。




