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暁の獣恋譚  作者: 白川桜蓮


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エピローグ 戦後の円卓

 王宮の大広間には、まだ戦の名残が沈んでいた。

 磨き直された床石の継ぎ目に、焦げの色が薄く残り、柱の傷は布で覆われている。

 円卓の上だけが白布に包まれ、燭台の火が一定の高さを保っていた。

 獅子国、狼国、黒豹国、鹿族――各国の代表が着席するたび、空気が一段ずつ硬くなる。

 距離は近い。互いの呼吸が触れ合うほどで、それだけで爪を立てる衝動が生まれた。

 戦が終わった直後の円卓は、和議の場である前に、感情の試金石でもある。

 議長席に立ったのはレオンだった。

 王ではない。王代理として席に立ち、背後にはバルガスら老獅子が控える。若い獅子の肩に、古い国の重みが静かに積もっている。

 レオンは一度、円卓を見渡した。鋭さを含む視線とは裏腹に、声は抑えられている。

「我が国の過ちによって、多くの命が失われた。王代理として、まずその責を認めよう」

 謝罪は剣ではない。だが、言葉もまた刃になり得る。向け方を誤れば、別の血を呼ぶ。各国の代表が、わずかに眉を動かした。

 紗世はレオンの斜め後ろ、半歩だけ離れた位置に立っている。飾り立てられた護衛ではない。影を宿す人間として、ここに在る意味を自ら選び取った立ち位置だ。彼の背へ一歩近づくわけでもなく、離れるわけでもない。その距離が、今夜の結びを告げていた。

 円卓の端で、誰かが小さく息を吐く音が落ちる。

「……なるほど。獅子は、まだ誇りを捨ててはいないらしい」

 呟きは嘲りにも、評価にも聞こえた。

 そのとき、狼国側の扉が開いた。入ってきたのは若い将で、銀灰の髪が肩にかかっている。

 歩幅は乱れず、言葉少なに席へ向かうだけで、次代の気配が場に滲み出た。

 彼が腰を下ろす。円卓の縁に触れた指が、一度だけ強く握られた。敵を前にした反射か、国を背負う癖か。どちらにせよ、戦が完全に終わったとは言い切れない証だった。

 若き将はレオンへ目を向け、次に老獅子たちへと順に確かめる。最後に、ほんの一瞬だけ視線が滑った先――紗世の立つ位置で、その動きが止まった。

 影を宿す人間。噂話で済ませるには重すぎる存在だ。警戒とも興味ともつかない眼差しが、短く、深く留まる。

 円卓の燭台が一段高く燃え上がったように見えた。戦が終わったのか、それとも形を変えただけなのか。答えを持つ者はいない。

 レオンは背筋を伸ばし、議を進める。停戦条項、捕虜の扱い、境界の再確認。言葉は整然としているが、行間には各国の思惑が折り重なっている。

 紗世は沈黙を保ったまま、場の流れを読む。影は前に出ない。だが、必要なときには境界を示す役目を担う。人間である自分がここに立つ意味は、象徴であり、抑止でもあった。

 議が進むにつれ、硬さは少しずつ形を変える。和らぐわけではない。均されていくのだ。戦後の円卓とは、和解の場ではなく、再定義の場である。

 レオンが最後に告げる。

「今日ここで結ばれるのは、完全な信頼ではない。だが、次に剣を取らぬと決める意思だ」

 誰も反論しない。賛同の言葉もない。沈黙こそが、今夜の合意だった。

 紗世は半歩だけ姿勢を整え、影を落ち着かせる。自分たちが選んだ道は、試され続ける。円卓はその始まりにすぎない。

 戦後の円卓は閉じられた。だが、世界はまだ開いたままだった。次に試すのは、力ではなく、選択である。


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