第二十章 太陽を降りる
夜風が中庭を抜け、朱雀の文様を刻んだ石畳の上を渡っていった。
月明かりは淡く、昼の熱を失った石はひんやりとした感触を返す。
王妹の忌日の鐘はすでに鳴り終えているはずなのに、音だけが空に置き去りにされたまま、消えきらずに残っていた。
紗世の髪に挿された花飾りは、欠けた一部を抱いたまま形を保っている。
喪失を覆い隠すための飾りではない。失われたものを、この場所へ連れてきた証だと、彼女は受け取っていた。
レオンは紗世の正面に立ち、言葉を選ぶために一瞬、呼吸を整えた。
王代理としての立ち姿ではない。誰かを裁く強さでも、命令を下す硬さでもなく、感情の置き場を探す男の表情だった。
「お前が影でいてくれたから、俺はやっと太陽を降りられた」
その言葉に、紗世の胸が小さく跳ねる。太陽――獅子国が求め続けてきた、泣かず、迷わず、強さだけを示す存在。レオンはそこに立ち続けるため、どれほど自分を削ってきたのだろう。
彼は短く息を吐き、笑みとも痛みとも判別しがたい表情を浮かべる。
「次期王として国を背負う。それは変わらない。だが……俺は、もうひとりで背負うことを誇りにしたくない」
誇りという言葉の使い方が、ここで初めて変わった気がした。強さを示すための誇りではなく、弱さを抱えたまま立つための誇りへ。
紗世は答えない。ただ、その言葉を胸の内で受け止める。影が差すのは、炎を消すためではない。燃える理由を変えるためだと、彼女は知っている。
「これまで俺はあまりにも多くのものを失ってきた。……それでも、お前を選びたい」
告白は甘さを帯びない。弔いの夜に置かれた誓いは、逃げ道を許さない重さを持っていた。だからこそ、紗世は顔を背けなかった。
レオンの指先が、紗世の手の甲へ伸び、そこで止まる。触れれば縛りになる。そのことを、彼自身がよく分かっている動きだった。
「番になるかどうかは――お前が決めろ」
命じる調子ではない。懇願でもない。立場も力も越えて差し出されたのは、選ぶ権利そのものだった。
沈黙が中庭に落ちる。風が再び巡り、花飾りの花弁がかすかな音を立てる。その振動が、紗世の胸の奥に溜まっていた想いを揺り起こした。
影でいい、と言いかけて、言葉が喉に留まる。影であることは、逃げではない。支える位置であり、守る距離だ。だが、それだけで終わらせていいのかと、問いが立ち上がる。
レオンが太陽を降りたのなら、影もまた、同じ場所に留まり続ける理由はない。
紗世は一度、深く息を吸った。夜気が肺に満ち、思考が静まる。
「……私は、あなたの隣に立つ覚悟を選びます」
声は低く、確かだった。誓いではない。条件でもない。自分の足で選び取った答えとして、そこに置かれる。
レオンはなにも言わず、ただ一度だけ頷いた。
その所作には、歓喜よりも安堵が滲んでいる。失うことを恐れながら、それでも手を伸ばした者だけが持つ表情だった。
夜はまだ続く。再建も、試練も、この先に待っている。
それでも今、中庭に立つ二人は、同じ高さで同じ空を見上げていた。
太陽を降りた者と、影を選び直した者として。




