第十八章 弱さを抱く王
黒い炎のうねりのただ中で、レオンは片膝をついていた。石床に伏せられた剣は、主の意志を失ったように沈黙している。胸に刻まれた紋様が赤黒く脈を打ち、内側から裂けるような熱が込み上げては、理性を揺さぶった。
力を行使する理由は、もう十分にある。
守るべきものも、斬るべき敵も明確だ。
それでも身体は言うことをきかない。王として立ち続けてきた時間が、今は重りとなって肩へのしかかっていた。
紗世は一歩、近づいた。恐怖が消えたわけではない。足は重く、喉は乾き、背中には逃げ道を探す本能が疼く。それでも歩を止めなかった。退けば、彼は再び一人で背負う。それだけは選べなかった。
彼女は膝を折り、レオンと同じ高さに身を落とす。胸の紋様へ手を伸ばした瞬間、掌に鋭い痛みが走った。拒絶ではない。触れる資格を試すような圧だった。
「……ひとりで背負わないでください」
低く、確かな声。慰めではなく、立つための条件を示す言葉だった。
紗世の足元から影が立ち上がり、紋様へと流れ込む。
黒い炎は引かない。荒ぶる形を解き、影の輪郭を受け入れていく。破壊の衝動が、意味を持った流れへと編み替えられ、空間の歪みが徐々に時間をかけて戻っていく。
レオンの内側で、別の記憶が重なる。王妹リアナ。回廊に差し込む朝の冷え、震える肩、それでも歩を止めなかった背中。
彼女は泣くことを禁じられてはいなかった。ただ、泣いても立てる在り方を求められていた。その事実が、今になって胸に落ちる。
「リアナ様は……弱さを否定されたのではない」
紗世は言葉を選びながら続ける。
「抱えたまま、前へ進む姿を示したかったのだと思います」
レオンの喉から、押し殺してきた息が漏れた。堰が切れたように、長く閉じ込めていた痛みが外へ出る。怒りでも拒絶でもない。守るために切り捨ててきた感情が、ようやく形を得た瞬間だった。
「……俺は、間違えていた」
言葉は震えを伴わず、重さだけを残して落ちる。
「強くあろうとして、弱さを遠ざけた。その結果、誰かを孤独にした」
炎が応える。黒は赤にも白にも青にも変わらない。影と重なり、静かな力へと編み直されていく。壊すための熱は鎮まり、場を満たすのは制御された影炎だけだ。
レオンは剣を手放し、ゆっくりと立ち上がった。涙は拭わない。背を伸ばし、玉座の方向へ顔を上げる。そこにあるのは勝利ではなく、選び直した覚悟だった。
王とは、迷わない存在ではない。迷いを抱え、それでも決断する役目を引き受ける者だ。
床に残る焦げ跡の向こうで、玄冥の気配は薄れたまま消えきらない。世界のどこかに歪みは残っている。それでも今、この場に立つ王はひとりではない。
レオンは新たな一歩を踏み出す。弱さを抱いたまま、王として進むために




