第十八章 王妹リアナの真実
鋼がぶつかる音の合間に、紙が弾かれる乾いた音が混じった。
床へ滑り込んだ文書の束は、戦の只中にあって不釣り合いなほど整っている。
ゼクスが蹴り出したそれを、カリナが屈んで拾い上げた。
封蝋はすでに割られ、重ねられた紙の端は年を経た硬さを帯びている。
「王妹リアナ暗殺に関する報告書です」
声は抑えられていた。
読み上げられる文字列は冷徹だった。日時、命令系統、配置、撤退経路。過不足なく整えられた文面の裏で、いくつかの項目だけが不自然に簡略化されている。書き手が意図的に避けた痕跡だ。
「原本と照合しました。改竄があります」
カリナは一行を指で押さえ、続ける。
「リアナ殿下は弱さゆえに処分されたのではありません」
広間の空気が硬直する。鎧の継ぎ目が擦れる音さえ、意味を持ち始めた。
レオンは剣先をわずかに下げた。呼吸の深さが変わる。長い間、胸の奥に沈めてきた像が、別の輪郭を取り始めていた。
リアナは、弱かったから切り捨てられたのではない。迷いを抱えながらも立ち続けた。その姿が、ある者にとって許容できなかった。それだけのことだ。
「彼女を排除したのは、王命ではない」
ゼクスの言葉が、場に重さを置く。
「判断したのはオルディスだ。恐れたのは、彼女の在り方そのものだった」
事実は、刃のように一直線ではない。積み重ねられた選択の歪みが、今になって露わになったにすぎない。
レオンは唇を結び、ひとつ息を吐いた。長年、誤解の上に積まれてきた沈殿が、音を立てて崩れていく感覚がある。
「弱さを憎んだのは……王ではなく、お前だったのか」
問いは震えなかった。痛みを含みながらも、折れない芯を保っている。
オルディスの口元が引きつる。次の瞬間、乾いた笑いが落ちた。
「美談に仕立てるな」
肩を竦め、広間を見回す。
「弱さは連鎖する。切らねば国が腐る。俺は、それを止めただけだ」
言い切りは、彼自身を守る壁でもあった。正しさを疑わないことで、これまでの選択を正当化するための言葉。
レオンは剣を握り直す。だが踏み込まない。ここで斬れば、問いは消える。問いを消すことは、真実を閉ざすことと同義だ。
「その選択で、お前はなにを守ったのだ。」
声は低く、広間の中心へ届いた。
沈黙が落ちる。
オルディスの笑みが消え、代わりに冷えた決意が表情を占めた。彼は背を向け、玉座脇の祭壇へと歩く。石段を一段上がり、封じられた護符へ手を伸ばす。
それがなにを意味するか、場にいる全員が知っていた。
禁じられた力。理を越える代償。
「遅すぎたな」
指先が護符に触れる。
「真実は、抑止力にはならない」
紙片が舞い、記録は床へ散った。
レオンは一歩、前へ出た。躊躇はない。守るとは、間違いを正すことだ。正すとは、刃を振るうことだけではない。
王妹リアナが選び続けた姿勢が、ようやく言葉としてここに立つ。迷いを抱えたまま立つこと。それを弱さと切り捨てない国をつくること。
次に来るのは、言葉ではない。歪んだ力の兆しが広間に満ち、選択の行方を迫っていた。
それでもレオンは退かない。真実を知った今、王太子として進むべき道は、もうひとつしか残されていなかった。




