第十八章 血路の先、王座の扉
王都の鐘が、狂ったように鳴り続けている。
音は石壁に跳ね返り、王宮の廊下を震わせた。
焦げた匂いと鉄の匂いが混じり、息を吸うたび喉の奥がひりつく。
先頭に立つのはレオンだった。剣先は低い位置のまま、目線だけが前方に固定されている。
歩幅は速すぎず、遅すぎない。ここで走れば、背後の者たちが斬り合いに巻き込まれる。慎重に進めば、相手に布陣の時間を与える。
王として選ぶ速度が、そのまま隊列の形になる。
後ろにバルガス、ラドン、ラガン、ゼクス、ユラが続く。
足音の数だけ、決意が厚くなっていく。誰も言葉を挟まない。鐘が言葉の役を奪っている。
曲がり角を越えた先の廊下に、倒れた騎士たちが横たわっていた。味方か敵か判別のつかぬ鎧もある。血が石の目地を伝い、赤黒く乾きかけている。踏めば滑る。踏まなければ進めない。
レオンは刃を下げたまま足場を選び、死者の名を数えない代わりに、今生きている者の選択を守ろうとしていた。
その脇に、若い兵が数人、立ち尽くしている。
剣を握る手が硬い。だが、踏み込んでくるこちらを見ても斬りかかってはこない。
命令を待つ者の姿勢だった。命令が来ないまま、時間だけが積み重なっている。
「剣を収めよ」
レオンの声が鐘の隙間を切った。鋭い命令なのに、刃を向けるより先に届く言葉だった。
「お前たちは、誰のためにそこに立っている」
若手兵の喉が鳴る。目が泳ぎ、次に床へ落ちる。
己の立つ場所が、正しいのか、間違っているのか。
判断の場へ引きずり出された顔だった。
ラガンが一歩出ようとしたが、レオンが掌で制した。押し切れば道は確実に開く。
しかし、押し切った瞬間、彼らは「斬られた側」になる。そうなれば、次の怒りが生まれる。
「剣を下ろせ。生きて、選べ」
剣がひとつ、石床に触れた。乾いた音が響く。続けて二つ、三つ。
ユラが短く息を吐き、ゼクスの目が細くなる。ラドンは周囲を警戒しながらも、兵たちの退路を塞がない位置へ動いた。虐殺にはならない。そうなるように、レオンが歩調を決めている。
奥へ進むにつれ、空気が変わった。熱でも匂いでもない。朱雀の気配とも、龍脈のうねりとも違う。
冷えた重さが、胸の内側へ沈んでくる。
骨の奥に触れる圧。喉が渇き、皮膚が粟立つ。
鐘は鳴っているのに、音が遠のいたように感じられた。
耳ではなく、内側が塞がれていく。レオンは呼吸を整え、刃の角度を変えずに歩を重ねた。ここで腕を上げれば、守りの形が崩れる。ここで迷えば、背後の者たちの覚悟が散る。
王座の間の扉が見えた。
重厚な木と金具。
守りの紋が刻まれているのに、どこか歪んで見える。
だが、紋が意味を失いかけているのではない。意味をねじ曲げる力が、扉の向こうにある。
その前で、レオンが足を止めた。
左胸の奥が疼く。古い痛みが、思い出させるように脈を打つ。
黒い炎を止めた夜、泣いた夜、守ると言いながら傷つけた夜。
王太子としての弱さを晒した記憶が、王としての決断を試してくる。
レオンは左胸を押さえ、指先に力を込めた。痛みを消すためではない。痛みがあるまま、剣を握るためだ。
「……ここで終わらせる」
言葉が落ちた瞬間、背後の気配がひとつに揃う。
バルガスが頷き、ラガンが拳を握りしめる。
ラドンは半歩下がり、誰が飛び出しても受け止められる位置を取る。
ゼクスは鞘を押さえたまま、抜くべき瞬間だけを待った。
ユラは短く祈り、呼吸を乱さない。
レオンは扉へ踏み込み、剣を振り上げた。腕が重い。重いからこそ、振り下ろす。迷いが残っていれば、刃は止まる。止まれば、扉の向こうの闇が主導権を握る。
次の瞬間、轟音とともに扉が破られ、冷えた闇の気配が一気に噴き出した。




