第十六章 誇りの名のもとに
前線からの報せは、王宮の張り詰めていた空気をわずかに緩めた。
レオンの暴走が止まり、戦場は沈静へ向かっているという簡潔な文言。
その簡潔さが、かえって重みを伴って回廊に残った。
高窓から落ちる月明かりが白い石床を細く区切る。
オルディスはその境目で足を止め、伝令の声を記憶の棚へ収めた。
その表情に変化はない。ただ、予定表の順序だけが組み替わる。先送りは不要だ。今夜で足りる。
「思ったより早いな」
独り言は喉の奥で処理され、公にはならない。
彼は踵を返し、控えの間へと向かう。
扉の向こうには若い将校たちが集められていた。
規律正しく並ぶ肩線、その中央にジルベルトがいた。
正義感の強さが、そのまま脆さとして現れる男。
オルディスは歩みを緩め、言葉を落とす位置を測る。
「王太子は人間に惑わされた。獅子が誇りを失った証だ」
空気が軋み、誰かの喉が鳴った。
拳が鎧の内で固くなる。
火種は最初から在った。
オルディスはそれに名を与えただけだ。
恐れや焦りを、胸を張れる形へ変換するための名を。
ジルベルトが一歩前と出る。躊躇いは顔に出さず、声を選ぶ。
「……疑うことは、忠誠ではないのではないですか?」
問いは王家そのものの信任に触れていた。引き返せる最後の場所で、彼は踏みとどまる。
だがオルディスは待つことをしない。
「疑うことこそ忠誠だ。盲信は獅子を弱くする」
断言は刃の形として、場に落ちた。
ジルベルトは唇を引き結び、飲み込んだ言葉を胸の奥へ沈める。
次に顔を上げたとき、そこには選択を終えた者の硬さがあった。
夜の鐘が鳴る。ひとつ、ふたつ。
王宮の壁を伝う音が、時刻を刻むというより合図の役目を果たしていた。
鐘の余韻に、甲冑が擦れる音が重なる。
普段なら雑音として処理される足取りが、今夜は意味を帯びた。
廊下の灯が間引かれ、囁きが増える。
扉の前に立つ衛兵の姿勢が変わり、結界の気配が緊張を孕む。
オルディスは将校たちの配置を確認し、短く頷く。
言葉は必要ない。
制度と階級が、この国では意思決定を加速させる。
王家の名を掲げれば、命令は命令として通る。
ジルベルトは指を揃え、敬礼の形を整える。その動作に迷いはない。誇りという語が、彼の背を支えていた。
「今夜は静かだな」
誰かがそう言った。静けさは準備の完了を示す。
オルディスは月明かりの中で歩き出す。刃はまだ鞘に収まっているが、意志すでに抜かれている。
獅子の誇りを名乗る刃――その名が、行動を正当化する。
王宮の各所で影が動く。命令が連なり、扉が開閉され、階段に足音が重なる。
個々の動きは小さい。だが、積み上がれば流れになる。
今夜、誇りは道具として使われる。
オルディスはそれを理解した上で、歩を進めた。
厳選された順序に従い、王宮という器の中で、計画は淡々と進行していく。




