表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暁の獣恋譚  作者: 白川桜蓮


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

60/85

第十四章 咆哮の臨界

 霧が裂け、戦場にわずかな空隙が戻った。

 息を整える暇はない。

 狼国の残存兵が、傷だらけの列を崩さぬまま前へ出る。倒れた者の影を踏み、まだ熱を帯びた黒い痕の縁を越え、牙を剥いた。

「来るぞ!」

 獅子族の兵が構え、盾が並び、槍先が揃う。

 理で組み直した布陣は、怒りの熱に押され、わずかに歪み始めていた。

 レオンは一歩も動かず、前を見据える。命令は短い。

「列を崩すな。追う必要はない。受け止めることだけに集中しろ」

 それで足りるはずだった。足りると、何度も自分に言い聞かせてきた。

 背後で、朱雀の炎が異様な音を立てる。

 焚き火でも松明でもない。

 周囲の空気そのものが擦れ、低く鳴った。

 熱が皮膚を越え、骨の内側へと染み込んでくる。

 守護の炎は、本来、国を守るためのものだ。

 王の心が乱れても、炎だけは清く在る。

 そう信じられ、教えられてきた。

 次の瞬間、朱雀の炎が跳ね上がった。赤であるはずの火が、黒を巻き込み始める。

 禍々しさは守護の輝きを怯ませるどころか、さらに勢いを増し、絡み合って膨張した。

 獅子の咆哮が、レオンから噴き出す。

「すべて俺のせいだ」

 それはもはや王の声ではなかった。

 罰を求める獣の声だった。

 背負い過ぎた強さが、ついに歪み、理で抑え続けてきたものが炎として形を持ったのだ。

「王! おやめください!」

 バルガスが叫び、ユラが一歩踏み出す。

「落ち着いてください! このままでは我が軍は劣勢になってしまいます」

 制止の声が重なり、誰かが腕を伸ばす。

 だがその声は、レオンの耳には届かない。

 世界は炎のうねりで満たされ、他の音が遮断されていく。

 熱が戦場を覆い始めた。

 敵味方の列が判別できなくなるほどの明度が膨れ、空気が張り、土が乾いた音を立てて割れる。

 黒い炎が朱雀の火に巻き込まれ、広がりの規模がどんどん変化していく。

 このままこの炎を解き放ったままにすると、被害は狼国だけでは済まない。

 獅子族の兵も、理も、国境も、すべてが焼き尽くされてしまう。

 依然として、炎の勢いは止まらない。

 誰にも止め方が分からない。

 レオンの胸に積み上がった自責の念が、彼の力の行き先を誤らせていた。

 守るための炎が、罰を求める炎へと傾いていく。

 レオンは歯を食いしばり、剣の柄へ手を伸ばしかけて止めた。

 剣では断てない。

 命令でも抑えきれない。

 自分自身の奥底が、すでに限界を超えていることを彼は悟っていた。

 炎はさらに膨れ、紅と黒が入り混じって世界を塗り替える。

 皮膚が焼ける前に、理が先に焦げ落ちる感覚があった。

 この一瞬で、すべてが終わる。

 そう確信した、その刹那――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ