1942年1月15日 大統領執務室
大統領執務室に朝の光が差し込んでいた。
しかし、その光は冬のものらしく弱々しかった。
ルーズベルトは机の上に広げられた新聞を睨んでいた。
シカゴ・トリビューン、ニューヨーク・デイリー・ニューズ、ワシントン・タイムズ・ヘラルド。
見出しが並んでいた。
「フィリピンの我が軍、孤立か」
「封鎖下の兵士、補給途絶の危機」
「大統領は何をしているのか」
秘書がノックした。
「長官方がお見えです」
「通してくれ」
スティムソン陸軍長官とノックス海軍長官が入室した。
ハル国務長官が続いた。
スターク提督とマーシャル参謀総長が最後に入ってきた。
今日の会議は人数が多かった。
「座ってくれ」
ルーズベルトは新聞を脇に押しやった。
「この騒ぎについて聞かせてもらおう」
ハルが口を開いた。
「情報が漏れています。どこからかは特定できていませんが、フィリピンが封鎖下にあること、補給が途絶していることが、かなり詳細に報じられ始めています」
「国内の情報源か」
「それだけではありません。中立国経由で情報が入ってきています。リスボン、ストックホルム、ブエノスアイレス。各地の特派員が、日本側の発表を引用する形で記事を書いています。日本は自分たちの作戦の成功を、堂々と宣伝しているようです」
ルーズベルトは眉をひそめた。
「宣伝か」
スティムソンが補足した。
「意図的なリークと見て間違いありません。封鎖の事実、米軍の孤立、補給の途絶。我々が隠しておきたい情報を、向こうから世界に向けて発信している。しかも、誇張や虚偽ではなく、概ね事実に基づいた内容です。否定しようがない」
ノックスが新聞を手に取った。
「『フィリピンの若者たちは見捨てられたのか』。この見出しを見てください。野党系の新聞だけではない。普段は政権に好意的な紙面でも、疑問を呈し始めている」
ルーズベルトは煙草に火をつけた。
「報道を抑えられないのか」
ハルが首を振った。
「困難です。中間選挙を控えた年です。報道機関への圧力は、それ自体が政治的な攻撃材料になります。情報隠蔽、言論統制。野党は喜んで飛びつくでしょう。報道を抑えようとすること自体が、事態の深刻さを裏付けることになりかねません」
「外国からの情報はどうだ。遮断できないのか」
「無理です。中立国の通信社、外国特派員、外交ルート。情報の入り口が多すぎる。一部を押さえても、別のところから漏れてきます」
ルーズベルトは煙を吐いた。
「つまり、日本は我々を情報戦でも追い詰めていると」
「そういうことになります」
沈黙が落ちた。
◇ ◇ ◇
ルーズベルトはスタークを見た。
「潜水艦の輸送作戦はどうなっている」
「実施中です。ただし、最初の便がまだフィリピンに到達していません」
「一ヶ月以上経っている。なぜだ」
「潜水艦は水上艦より鈍足です。水上を航行すれば速度は出ますが、敵の哨戒圏内では潜航しなければならない。浮上充電の時間も必要です。さらに、日本の哨戒線を避けるため、迂回航路を取っています。直線距離で五千海里のところを、七千海里以上航行している艦もあります」
「いつ届く」
「最初の便は、あと五日ほどでマニラに入る見込みです。予定通りに進めば」
「積荷は」
「弾薬と医薬品が主です。食糧も若干積んでいますが、潜水艦の積載量には限界があります。魚雷発射管を取り外しても、一隻あたり百トン程度が精一杯です」
ノックスが言った。
「三万人の一日分にもならんな」
「そうです。潜水艦輸送は、士気を維持するための象徴的な意味はあります。しかし、実質的な補給手段としては、全く不十分です」
マーシャルが口を開いた。
「大統領、一つ報告があります」
「何だ」
「日本が、中立国船舶のフィリピン寄港を認めると発表しました。昨日のことです」
ルーズベルトは煙草を止めた。
「中立国船舶」
「はい。民間向け物資に限定して、ルソン島やミンダナオ島の港への入港を許可すると宣言しました。臨検を受けることが条件ですが、軍需物資でなければ通過させると」
ハルが補足した。
「既にタイの船舶が数隻、マニラに入港しています。食糧や日用品を積んでいたそうです。民間向けという名目で、フィリピン人に物資を届けている」
スティムソンが言った。
「巧妙だな」
「そうです。フィリピン人には物資を届ける。しかし、我が軍の兵士には届かない。臨検で軍需物資は排除されますから、我々の将兵には一切恩恵がない。現地住民と我が軍の間に楔を打ち込もうとしている。我が方が入港を認めなければ、これもまた現地住民の恨みを買う」
ノックスが唸った。
「しかも、我が国の世論に向けて『我々は民間人を飢えさせていない』と宣伝できる。封鎖しているのに、我が国の世論から敵意を買わない様に振る舞っている」
ハルが頷いた。
「情報戦としては見事です。フィリピン人には恩を売り、我が国の世論には寛容さを示し、そのうえで我が軍だけを締め上げている。我々がどう対応しても、日本に有利な絵が描ける」
ルーズベルトは立ち上がった。
「つまり、こういうことか。日本はフィリピンを封鎖しながら、自らは寛大に見せかけている。一方で、封鎖の事実を我が国の世論に宣伝し、我々に非難が集中するように仕向けている」
「はい」
「我々は、三万人のアメリカ人を飢えさせている冷血な政府だと。そういう絵を描こうとしている」
「そういうことです」
ルーズベルトは窓際に歩いた。
外は曇り空で、遠くの木々が裸の枝を空に伸ばしていた。
◇ ◇ ◇
「マッカーサーは何と言っている」
スティムソンが答えた。
「毎日のように電報が来ています。内容は繰り返しです。物資が不足している、兵士の士気が落ちている、救援はいつ来るのか」
「持久の見通しは変わらないか」
「変わっていません。五月末が限界というのが、最も悲観的な見積もりです。ただし、士気の低下を考えると、戦闘力の崩壊はそれより早い可能性があります。兵士たちは、自分たちが見捨てられつつあることを感じ始めています。民間人への敵愾心が芽生えている可能性もあります」
ノックスが言った。
「中立国の船が民間人に食糧を届けているのに、自分たちには何も届かない。それを目の当たりにすれば、士気が落ちるのは当然だ」
「日本はそこまで計算しているのでしょう」
沈黙が部屋を満たした。
ルーズベルトは振り返った。
「救援艦隊の検討はどうなっている」
スタークが姿勢を正した。
「検討は進めています。いくつかの選択肢があります。ただし、いずれも困難を伴います」
「聞かせてくれ」
スタークは壁際の地図に歩み寄った。
太平洋が青く広がっていた。
「まず、目的を明確にする必要があります。救援作戦の目的は何か。大きく分けて二つの選択肢があります」
スタークは続けた。
「一つは、補給線の確立。フィリピンを恒久的に維持するために、本土からの補給路を開く。もう一つは、将兵の撤退。フィリピンの維持を諦め、将兵を救出して帰還させる」
「違いは何だ」
「必要な作戦規模が全く異なります」
スタークは地図を指した。
「補給線を確立するなら、中部太平洋の島嶼を確保する必要があります。マーシャル諸島、カロリン諸島。ここを押さえて前進基地を構築し、制空権を広げながら進まなければ、輸送船団の安全が確保できない」
「……」
「大規模な上陸作戦を連続して実施し、占領した航空基地を修理し、護衛網を構築する。どれだけ急いでも数ヶ月、場合によっては一年以上かかる作戦です」
「一年では遅すぎる」
「そうです。フィリピンが五月末で限界なら、補給線確立は到底間に合いません。消去法として、撤退が現実的な選択肢になります」
ノックスが言った。
「撤退なら何が必要だ」
「撤退であれば、恒久的な航路確保は必要ありません。一度だけ、艦隊がフィリピンに到達し、将兵を収容し、帰還すればいい。中部太平洋の島嶼を占領する必要はない。障害になる航空基地を破壊し、封鎖艦隊を排除し、輸送船を入れ、撤退を完了させる」
マーシャルが補足した。
「ただし、日本が黙って見ているはずがありません。我々がフィリピンに向かえば、全力で迎撃に来るでしょう。基地航空隊、空母機動部隊、戦艦部隊、水雷戦隊、潜水艦。持てる戦力を投入して阻止しようとする」
ルーズベルトは腕を組んだ。
「それを突破できるのか」
スタークは慎重に答えた。
「太平洋艦隊の戦力は、日本海軍に劣っていません。戦艦同士の砲戦なら、我々が優位に立てる可能性が高い。確実を期するなら、大西洋艦隊から一部の戦艦や空母を回しても良いでしょう。大西洋での護衛作戦では必ずしも必要な艦ではありませんから」
「……」
「問題は、艦隊決戦だけでは終わらないことです」
「どういうことだ」
「日本は漸減邀撃を狙っています。正面からの艦隊決戦を最初から挑むのではなく、我々が前進する過程で航空攻撃、潜水艦、夜間雷撃を繰り返して戦力を削り、十分に消耗させてから主力艦隊を投入する」
スタークは言葉を続けた。
「アジア艦隊と同様に、誘い込まれて叩かれる。未確認の情報ですが、パラオ諸島で大規模な航空基地建設が始まっている兆候もあります」
ノックスが言った。
「日本の機動部隊の位置が分からないのも問題だ」
「それについては」
スタークは少し間を置いた。
「考え方を変える必要があるかもしれません」
「どういう意味だ」
「我々は日本の空母がどこにいるか分からないことを、作戦実行の障害として捉えてきました。しかし、冷静に状況を分析すれば、日本の選択肢は限られています。空母が今この瞬間にどこにいるかは、実はそれほど重要ではないかもしれません」
ルーズベルトが聞いた。
「説明してくれ」
「日本は現在、我々とだけ戦争をしています。英国もオランダも参戦していない。日本海軍が対処すべき主要な脅威は、太平洋艦隊だけです。であれば、空母機動部隊の任務は二つに絞られる」
「……」
「一つはフィリピン方面への航空支援、もう一つは本土での休養と訓練です」
「休養と訓練」
「はい。開戦から一ヶ月以上が経過しています。開戦劈頭のミンダナオ島への空襲で、艦載機の搭乗員は消耗している。機体の整備も必要です。次の大規模作戦に備えて、態勢を立て直している可能性が高い。今すぐ太平洋のどこかを哨戒している必要はないのです」
マーシャルが頷いた。
「つまり、日本の空母は今、おそらく本土周辺にいる」
「そう考えるのが合理的です。そして重要なのは、我々が救援艦隊を編成して出撃すれば、日本は必ず察知するということです」
「……」
「通信量の増大、艦艇の移動、補給物資の集積。大規模作戦の準備は隠せません。哨戒中の日本潜水艦にも捕捉される可能性が高い」
ノックスが言った。
「つまり、日本は我々の出撃を確認してから動けばいいということか」
「そういうことです。横須賀からマーシャル諸島まで約二千三百海里。真珠湾からマーシャル諸島まで約二千海里。距離はほぼ同じです」
「……」
「しかし、我々は輸送船団を伴わなければならない。艦隊の速度は、最も遅い輸送船に制約される。日本の機動部隊が身軽に動けば、我々より先に迎撃位置に展開することは十分に可能です」
ルーズベルトは窓から振り返った。
「つまり、我々が出撃すれば、日本は待ち構えているということか」
「そうなる可能性が高いと思います。漸減邀撃の構えです。マーシャル諸島周辺の基地航空隊と連携し、航空攻撃を仕掛け、潜水艦で襲撃し、夜間には水雷戦隊を突入させる。我々が消耗したところで、主力艦隊との決戦になる。日本にとって理想的な展開です」
沈黙が落ちた。
◇ ◇ ◇
スティムソンが口を開いた。
「空母で先にマーシャル諸島を叩くことはできないのか。日本の機動部隊が展開する前に、基地航空隊を無力化しておく」
スタークは首を振った。
「検討しましたが、問題が多い。マーシャル諸島への空母攻撃自体は可能です。しかし、それをやれば、日本に我々の意図を知らせることになる」
「……」
「奇襲効果は最初の一度きりで、その後は全力で警戒される。さらに、空襲で艦載機と搭乗員を消耗すれば、本番の救援作戦で航空支援が手薄になります」
「空母自体の損傷は」
「否定できません。対空砲火、陸上機の反撃。空母が無傷で帰れる保証はない。一隻でも失えば、その後の作戦に大きな影響が出ます」
ノックスが言った。
「つまり、先手を打っても得にはならないと」
「得にならないとは言いません。しかし、先手を打つことで失うものもある。艦載機の消耗、搭乗員の損失、空母の損傷リスク、そして奇襲効果の喪失。差し引きで有利になるかどうか、確信が持てないのです」
ルーズベルトは煙草を灰皿で揉み消した。
「結局、どうすればいいんだ」
スタークは正直に答えた。
「現時点では、確実に成功する方法がありません」
「……」
「救援艦隊を送れば、日本の漸減邀撃を受ける。損害を覚悟で突破できるかもしれないし、アジア艦隊の二の舞になるかもしれない。日本の哨戒圏を迂回してソロモン海、ビスマルク海、ニューギニア北岸を進むルートもありますが航行距離が長大になる上に最終的にはパラオ諸島の航空隊から攻撃を受ける可能性がある。ニューギニアとオーストラリアの間、トレス海峡を通り、アラフラ海を抜ければ基地航空隊からの接触は免れるが海峡で待ち伏せされれば身動きが取れなくなる。どれも不確実性が高すぎて、作戦として推奨できる段階にありません」
ノックスが声を荒げた。
「では何もしないのか。三万人のアメリカ人が飢えていくのを黙って見ているのか」
「黙って見ているわけではありません。しかし、無謀な作戦で太平洋艦隊を失えば、事態はさらに悪化します。フィリピンを救えないだけでなく、ハワイの防衛も危うくなる。最悪の場合、西海岸への脅威すら生じかねません」
「では、どうしろというんだ」
スタークは答えなかった。
沈黙が重く垂れ込めた。
◇ ◇ ◇
スティムソンが口を開いた。
「大統領、提案があります」
「聞こう」
「フィリピンの降伏を、選択肢として本格的に検討すべき時期に来ているのではないでしょうか」
部屋の空気が張り詰めた。
ノックスが身を乗り出した。
「降伏だと」
「これ以上の犠牲を避けるために、フィリピンでの戦闘を終結させるということです」
「兵士達は一発の銃弾も交わしていないというのに、三万一千名の我が軍の兵士達を日本軍の手に委ねるのか。そんな前例を作れば、我が軍の威信は地に落ちる」
「威信の問題は理解しています。しかし、現実を見てください」
スティムソンは続けた。
「救援艦隊を送れば、艦隊が壊滅する危険がある。送らなければ、フィリピンの将兵は飢餓に直面する。どちらを選んでも、我々は大きな損失を被る」
「だからといって、降伏という選択肢があるのか」
「損失を比較しているのです」
スティムソンは声を抑えて続けた。
「救援作戦に失敗すれば、将兵だけでなく艦隊も失う。太平洋の制海権が揺らぐ。降伏であれば、将兵は捕虜になるが、艦隊は温存できる。次の戦いに備えられる」
ノックスは首を振った。
「捕虜の待遇がどうなるか、分からんぞ」
「分かりません。しかし、飢え死にするよりはましだろう。生きていれば、戦争が終わった時に帰還できる可能性がある」
マーシャルが口を開いた。
「一つ補足します。降伏を決断するにしても、それをワシントンから命じるのか、現地指揮官の判断に委ねるのかという問題があります」
ルーズベルトが聞いた。
「違いは何だ」
「政治的な責任の所在が変わります。ワシントンが降伏を命じれば、大統領と政権が直接責任を負う。現地指揮官の判断であれば、軍事的な決断として扱える。もちろん、実態は同じでも、見え方が違う」
ハルが言った。
「どちらにしても、非難は避けられません。現地の判断だと言っても、なぜ救援しなかったのかと問われる」
「その通りです。しかし、程度の問題はある」
ルーズベルトが手を上げた。
「待ってくれ。その議論は時期尚早だ」
部屋が静まった。
ルーズベルトは窓際に歩いた。
背中を向けたまま言った。
「降伏を選択肢として検討することは否定しない。しかし、今この場で決断する段階ではない」
スティムソンは静かに答えた。
「承知しています。ただ、状況が悪化してから慌てても手遅れになる可能性があります。今のうちに、選択肢として整理しておくべきだと申し上げているのです」
「整理は結構だ。だが、この議論が外に出れば、我々はまだ戦ってもいないのに降伏を検討していたと言われる。政治的に致命傷になりかねない」
「承知しました」
ルーズベルトは振り返った。
「国民は何と言うだろうな。フィリピンを降伏させた大統領だと」
ハルが口を開いた。
「大統領、政治的な観点から申し上げます。降伏は確かに痛手です。しかし、三万人が餓死するのを傍観すれば、それは遥かに大きな痛手になります」
「どういう意味だ」
「餓死は時間がかかります。何週間も、何ヶ月も。その間、報道は続く。毎日、毎週、フィリピンの状況が伝えられる」
「……」
「日本が中立国船を通して民間人には物資を届けているのに、我々の若者だけが飢えている。その構図が繰り返し報じられる。政権への非難は日を追うごとに高まるでしょう」
ノックスが言った。
「だからといって降伏を選べば許されるのか」
「許されはしません。しかし、降伏は一度で終わります。非難の嵐は来ますが、いずれ収まる。餓死は終わりが見えない。毎日が新しい非難の材料になる」
スティムソンが続けた。
「しかも、日本は情報戦を仕掛けている。封鎖の事実を公開し、中立国船を通し、我々との対比を際立たせている。時間が経てば経つほど、日本の描いた絵の中に我々が嵌まっていく」
ルーズベルトは苦笑した。
「つまり、降伏の方が政治的にはまだ対処しやすいと」
「どちらも最悪の選択です。比較すれば、という話に過ぎません」
「比較すれば、か。中間選挙の年に、そういう計算をしなければならないとは」
誰も答えなかった。
◇ ◇ ◇
ルーズベルトは机に戻り、腰を下ろした。
しばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「今の段階での方針を確認しよう。潜水艦輸送は継続する。象徴的であっても、何もしていないわけではないと示す必要がある」
「承知しました」
スタークが答えた。
「救援艦隊の計画も進めろ。ただし、実行の判断は保留だ。リスクが高すぎる。今すぐ決断する必要はない」
「はい」
「降伏については」
ルーズベルトは全員を見回した。
「今は決断しない。しかし、選択肢として排除もしない。状況の推移を見て、改めて議論する。これは共通認識として持っておいてくれ。マッカーサーにも伝えろ」
スティムソンが頷いた。
「承知しました」
「報道については、できる範囲で対応しろ。潜水艦輸送が進行中であること、救援計画を検討中であること。言えることだけを言え。嘘はつくな。ただし、持久限界の見積もりや、救援の困難さについては、詳細を公表するな」
ハルが聞いた。
「それで世論が収まるとは思えませんが」
「収まらなくても構わない。時間を稼げればいい」
「時間を稼いで、どうするのですか」
ルーズベルトは答えなかった。
◇ ◇ ◇
しばらくの沈黙の後、彼は口を開いた。
「日本は何を狙っていると思う」
全員が顔を見合わせた。
「封鎖を続けて、我々を追い詰めている。救援に来させたいのか。それとも、見捨てさせたいのか」
スタークが答えた。
「両方ではないでしょうか」
「両方」
「我々が救援に行けば、漸減邀撃で救援艦隊を叩ける。行かなければ、フィリピンが干上がり、我々の威信は失墜する。中立国船を通すことで、飢えているのは米軍だけだという構図も作れている」
「……」
「どちらに転んでも、日本は得をする仕組みになっています」
ノックスが唸った。
「完璧な罠だな」
「そういうことです」
ルーズベルトは煙草を取り出したが、火をつけなかった。
「日本は、この状況を最初から計算していたのか」
誰も答えなかった。
「三国同盟を破棄し、英蘭と戦わず、フィリピンだけを封鎖する。上陸せず、民間人には物資を通す。情報を我が国の世論に流し、我々に非難が集まるように仕向ける」
「……」
「全てが繋がっている」
スティムソンが言った。
「開戦の時から、この局面を見据えていた可能性はあります」
「だとすれば」
ルーズベルトは窓の外を見つめた。
「我々は、戦争が始まる前から追い込まれていたのかもしれんな」
その言葉に、誰も反論できなかった。
◇ ◇ ◇
「今日はここまでだ。また状況が変われば集まってもらう」
五人が立ち上がり、退室していった。
ルーズベルトは一人で窓の外を見つめた。
三万一千名。
五月末。
中間選挙。
救援に行けば艦隊を失う。
行かなければ将兵を失う。
降伏させれば、威信を失う。
どの道を選んでも、損失が待っている。
日本は最初から、この袋小路に我々を誘い込むつもりだったのだろうか。
その問いが、重く頭に残った。




