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1941年12月9日 大統領執務室

挿絵(By みてみん)


大統領執務室には煙草の煙が漂っている。


ルーズベルトは昨夜ほとんど眠れなかった。


議会での演説を終え、対日宣戦布告の決議を得たのは数時間前のことである。


スターク提督が入室した。


スティムソン、ハル、海軍長官のノックスが続く。



「現時点で判明している状況を報告します」


スタークが言った。


「昨日午前、日本の野村大使が国務省に宣戦布告文書を手交しました。同時刻、日本政府は短波放送、在外公館を通じて、宣戦布告の意図を広く発信しています」



「わざわざ宣伝したわけか」


ノックスが言った。



「その一時間後、台湾を発進した日本陸海軍航空隊がフィリピンに来襲しました。クラーク飛行場、イバ飛行場、ニコルス飛行場。航空基地が軒並み叩かれています。格納庫、滑走路、燃料集積所。マニラ湾のカビテ海軍工廠も爆撃を受けました。アジア艦隊の損害は軽微ですが……」



「損害は」


ルーズベルトが聞いた。



「正確な数字はまだ入っていません。混乱が続いています。ただ、稼働可能な機体はかなり少ないと見るべきです。相当数のB-17とP-40が地上で破壊されたと見られます」



「警戒態勢を敷いていたはずだ」


スティムソンが言った。


「なぜ地上で捕まった」



スタークは首を振った。


「詳細は調査中です。ただ、日本側の攻撃規模と精度は、我々の想定を上回っていたようです」



ルーズベルトは海図を見つめる。


「南方は?」



「フィリピン南方、ダバオ周辺でも空襲がありました。こちらは艦載機と思われます。機動部隊が南方に展開している可能性があります」



ルーズベルトは頷く。


「日本軍の上陸は」



「報告されていません」



「まだ来ていないのか」



「今のところは」



ノックスが口を開いた。


「これから来るのでしょう。航空基地を叩いたのは、上陸の準備でしょうから」



「マッカーサーは何と言っている」


スティムソンに向かってルーズベルトが聞いた。



「航空戦力の損害が大きいと。増援を求めています」



「グアムとウェークは」



スタークが答えた。


「グアムは守備隊が小規模です。持ちこたえられるかどうか。ウェークも攻撃を受けていますが、まだ抵抗を続けています」



「ハワイは?」


と、ノックス。



「何もありません」



沈黙が落ちる。



「何もない?」


スティムソンが繰り返した。



「太平洋艦隊からの報告では、ハワイ周辺に敵の動きはありません。潜水艦発見の報告は少数ありますが、大規模な攻撃の兆候はありませんでした。消息不明だった機動部隊はフィリピン空襲に投入されたものと思われます」



 ◇ ◇ ◇



ルーズベルトは煙草に火をつけた。


「英国はどうだ」



ハルが答える。


「チャーチルに連絡を取りました。日本は英領を攻撃していないので、今のところ静観する構えです。シンガポールで警戒を強めてはいますが」



「蘭印も同様か」



「蘭印も攻撃を受けていません。参戦の意向は示していません」



ルーズベルトは煙を吐いた。


「日本は我々だけを相手にしている」



「今のところは、そう見えます」



沈黙が落ちた。



ハルが口を開いた。


「大統領、別件ですが」



「何だ」



「バタビアから連絡がありました。タイ政府が蘭印に対し、大量の原油購入を打診しているとのことです」



「タイが?」



「はい。量がタイの国内需要を大幅に超えています」



スティムソンが言った。


「日本への迂回輸出か」



「可能性はあります」



ルーズベルトが聞いた。


「蘭印は応じるのか」



「既に少量ずつ売り始めているようです」



「タイの目的は明確だろうに……バタビアはなぜ売っている。止められるか」



ハルは少し間を置いた。


「難しいかもしれません。法的な根拠の問題だけではなく」



「どういうことだ」



「バタビアの大使館から、気になる報告が入っています。タイとの交渉に当たっている蘭印の担当者が、タイ側から奇妙な話を聞いたと」



「奇妙な話?」



「日本軍が仏印から撤退した際、小銃の更新を行ったそうです。古い小銃は仏印に置いたまま転出した。その小銃が、日本軍に協力している華僑に払い下げられたという話です」



ルーズベルトは眉をひそめる。


「華僑に?」



「タイ側の交渉担当者が、雑談のように漏らしたそうです」



スティムソンが言った。


「それが蘭印と何の関係がある」



ハルは続けた。


「同じ報告の中に、もう一つ気になる記述がありました。蘭印各地で、華僑と現地の民族主義者との接触が増えているそうです」



沈黙が部屋を満たす。



ノックスが言った。


「つまり、何だ。日本はインドネシア各地の独立派に武器を流そうとしているのか」



「わかりません。ただの噂かもしれない。しかし、バタビアはこの情報を深刻に受け止めているようです」



ルーズベルトは煙草を灰皿でもみ消した。


「蘭印は脅されている、ということか」



「断言はできません。しかし、蘭印がタイへの石油輸出を拒めない理由が、単に法的根拠の問題だけではない可能性があります」



「我々が圧力をかけても」



「蘭印にとっては、我々の圧力より、足元の火の方が切実かもしれません」



ルーズベルトは窓の外に目を向ける。


「日本は用意周到だな」



誰も答えなかった。



 ◇ ◇ ◇



スタークが言った。


「大統領、マッカーサーへの指示はいかがいたしますか」



「当面、現状を維持しろと伝えろ。日本軍の動きを注視して、逐次報告させろ。こちらも態勢を整える」



「承知しました」



会議は終わった。


閣僚たちが退室していく。



ルーズベルトは一人で窓の外を見ていた。



フィリピンは攻撃を受けた。


日本軍は航空基地を叩いた。


次に何が来るのか。


上陸か。


いつ来るのか。



蘭印では何かが動いている。


英国は動かない。


バタビアはタイに石油を売っている。



まだ何もわからない。


しかし、何かが静かに、しかし確実に進んでいるような気がしていた。

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