1941年12月2日 大統領執務室
大統領執務室には冬の午後の光が差し込んでいた。
フランクリン・ルーズベルトは車椅子を窓際に寄せ、煙草の煙を天井に向けて吐き出す。
ハル国務長官が書類を手に入室した。
海軍作戦部長のスターク提督が続き、その後ろからスティムソン陸軍長官が重い足取りで入ってくる。
「大統領」
ハルが口を開く。
「昨日の日本の動きについて、ご報告があります」
「三国同盟の破棄か」
ルーズベルトは煙草を灰皿に押しつけた。
「ベルリンは大騒ぎだろうな」
「それだけではありません」
ハルは書類をめくった。
「南部仏印から航空隊、艦艇、陸軍兵力が撤退を始めています。また、英国、オランダに対して中立を一方的に宣言しました」
スティムソンが眉をひそめた。
「北に向かっているのか」
「仏印と台湾の戦力が満州に戻っているとの報告があります」
「対ソ戦か」
スタークが腕を組んだ。
「今の時期に? ドイツがモスクワ前面で足踏みしている。日本が極東から押せば、スターリンは二正面になる」
ルーズベルトは黙って聞いていた。
「しかし」
ハルが続ける。
「我々との交渉は従前と変わりません。満州国の承認、中国からの撤兵拒否、石油禁輸の解除要求。妥結の見込みはありません」
「つまり、南から手を引いたが、我々との交渉姿勢は変わらない」
ルーズベルトが言った。
「矛盾しているな」
「あるいは、矛盾に見せかけているか」
スティムソンが言った。
沈黙が落ちる。
スタークが口を開いた。
「大統領、もう一点。各地の傍受施設が、昨日、日本海軍の暗号電を傍受しました」
「内容は?」
「詳細は不明です。しかし、作戦発動の期日を含む可能性があります。恐らく十二月八日……」
ルーズベルトは窓の外に目を向けた。
ポトマック川の向こうに、鉛色の雲が広がっていた。
「六日後か」
「日本時間であれば、こちらの七日になります」
「南から引いて、中立を宣言して、それで作戦発動?」
ルーズベルトは首を振った。
「何を狙っている?」
ハルが言った。
「いくつかの可能性があります。対ソ転進を隠すための中立宣言。あるいは、交渉決裂時の軍事オプションを同時進行している。南方兵力の転出は偽装で、実際は別の打撃作戦の準備かもしれません」
「別の打撃作戦」
スティムソンが繰り返した。
「どこに?」
「フィリピン」
スタークが言った。
「あるいはハワイ」
「ハワイ?」
怪訝な面持ちでスティムソンが声を上げる。
「あり得るのか」
「距離を考えれば困難です。しかし、不可能ではありません」
ルーズベルトが再び煙草に火をつける。
「警戒態勢を上げろ。フィリピン、ハワイ、ウェーク、グアム。全ての太平洋基地に」
「どの程度の警戒を?」
スタークが聞いた。
「一定程度だ」
ルーズベルトは言った。
「過度に刺激する必要はない。しかし、不意打ちを受けるわけにもいかない」
スティムソンが言った。
「マッカーサーに連絡します。フィリピンの防備を確認させます」
「それと」
ルーズベルトはハルを見た。
「野村大使との交渉は続けろ。日本が何を考えているにせよ、交渉のチャンネルは開けておく」
「承知しました」
◇ ◇ ◇
会議は終わった。
スタークとスティムソンが退室し、ハルが最後に残った。
「大統領」
ハルが低い声で言う。
「日本の動きが読めません。三国同盟を破棄し、英蘭に中立を宣言しながら、対米交渉は硬直したまま。何かが噛み合わない」
ルーズベルトは煙を吐いた。
「噛み合わないのは、我々の理解の方かもしれない」
「と言いますと?」
「日本が何かを企んでいるなら、我々が理解できない形で動くのは当然だ。問題は、その意図を六日以内に読み解けるかどうかだ」
ハルは黙って頷いた。
「コーデル」
ルーズベルトは窓の外を見たまま言った。
「嫌な予感がする」
「私もです、大統領」
◇ ◇ ◇
ハルが退室した後、ルーズベルトは一人で窓の外を見つめていた。
冬の陽が雲に隠れ、執務室に影が落ちた。
六日後、何が起きるのか。
大統領はまだ、その答えを持っていなかった。




