朝起きた時、誰は俺なのだろうカ?
しいなここみさん『朝起きたら……企画』参加作品です!!
朝起きたら、めちゃくちゃ運動神経が良くなっていた。
いつもの調子でベッドから身体を起こしたら、勢い余って3回くらい上体起こしをかましてしまった。
ベッドの横に立ってみると、明らかに身体が軽い。姿見に全身を写して、寝巻きがわりのTシャツの裾をめくると、6つに割れた美しい腹筋が露わになる。
その場で数回ほど宙返りした後、俺はキッチンに立った。
今日は休日、天気もいい。
近所の公園でランニングでもしてこようか。
その前に――ゆで卵でプロテインを補給しよう。俺は卵が茹で上がるまでの間、スクワットで時間を潰す。
* * *
朝起きたら、なんかめちゃくちゃ頭が良くなっていた。
寝起きなのに視界がすごくすっきりしていて、目に映る全てのものの情報が、詳細に流れ込んでくる。
ベッドから起き上がるのはいつも億劫だったけど、計算で導き出された運動法則にのっとって起き上がれば、ほらこんなにすんなりと――
カーテンの隙間から差し込む朝日に照らされ、部屋の埃が踊る。その挙動の一つ一つが、計算式として頭に思い浮かんでくる。
今日は休日、天気もいい。
こんな日にはベランダで日向ぼっこしながら、一般相対性理論についての理解を更に深める事にしよう。
その前に――糖分を補給しないと。俺は食パンをトースターに放り込んで、その赤熱する電熱線の熱方程式について考え始めた。
* * *
朝起きたら、めっちゃ面白い人になっていた。
運動も全然だし、難しい計算なんてわけわかんないけど、めちゃくちゃ面白い言葉が次々と浮かんでくる。
身体を起こして、掛け布団を放り投げる。
布団が吹っ飛んだ。
ふとんが、ふっとんだ……
やべー、めっちゃ面白い。しばらく腹を抱えて布団の上で笑い転げてから、もっと面白い事を探しに行こうと思った。
今日は休日、天気もいい。
きっと、とんでもなく面白い事が起きるに違いない! 俺は朝飯を食べるのも忘れて、寝癖と寝巻きTシャツのままでアパートを飛び出した。
* * *
朝起きたら、めちゃくちゃ料理が上手になっていた。
身体も重たいし、頭はぼんやりだし、憂鬱なことしか思いつかないけど、キッチンに立った途端にヤバうまい料理のアイディアが次々と浮かんでくる。
冷蔵庫に卵あったよな。それにアレとアレを使って、コレをこーすれば……
出来た、朝にぴったりの究極オムレツだ。
一口食べれば、ほっぺたが爆発する。舌がグルグルと回って、唾液が湧き水みたいに溢れてくる。
皿まで舐め取ってから、今日は晴れた休日であることを思い出す。
よし、食材をたっぷり買い込んで、今日は美味しい料理をたくさん作ろう。
* * *
朝起きたら、絶対音感を身につけていた。
* * *
朝起きたら、超絶イケメンになっていた。
* * *
朝起きたら
朝起きたら
朝起きたら――――――
* * *
朝起きたら、けん玉が天才的に上手くなっていた。
でも、そんなことはもうどうでもいい。
俺は自分がわからなかった。
自分は何が好きで、何が得意で、何をやるべきなのか、全然わからなかった。
自分はめちゃくちゃ運動神経が良かった気もするし、天才的に頭が良かった気もする。でもそれは、切り取られ個装された記憶。まるで他人事みたいな感覚だった。
今ここに存在している自分とは、何ひとつ繋がっていない。
寝る前の俺と、目を覚ました時の俺。
空白を挟んだ2つの俺は、果たして同一の人間なのだろうか。
それを証明できるのは、この記憶と、この肉体に刻まれた能力値の連続性しかない。じゃあ、その連続性を断たれた俺の肉体は、脳は、臓器は――本当に俺のものと言えるのだろうか。
俺を俺だと考えているこの脳みそは、果たして本当に俺のものなのだろうか。
鏡の前に立ち、そこに映る痩せこけた男を見る。
俺は本当にこんな形だっただろうか?
昨日の俺は、もっと違うカタチじゃなかったか?
「お前は、誰だ……?」
鏡に映る、見たこともない男へと問いかける。
お前は、誰だ?
お前は、誰だ?
オマエハ、ダレダ……?
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
「あー、また死んじゃったよ」
モニターを眺めながら上位存在の男は呟いた。
彼の放つ言語は複雑で、人間には理解できない。もしかしたら空気の振動ではなく、電波的なものによるやりとりなのかもしれないけど、それは下位存在である『生物』には理解でるはずもない。
だから、この言葉や単語、風景描写は、彼らの世界から未知の領域を除いて、人間が理解できる範囲にまとめ直したものにすぎない。
「なにやってんだよ?」
もう一人の男が、ガックリと項垂れた男の肩を叩く。肩を叩かれた男は画面から目を離し、頭を掻きむしりながら言った。
「いやね、シミュレーションで生命の住む惑星を作ったんだけど、最近は進化が停滞しちゃっててさ」
「ふむ」
「そんで、進化を促進させるために、キーマンになる人間を生み出そうとしたわけさ」
「まあ、そうするわな。他の惑星シミュレーションでも、だいたいそんな感じでやってるし、定石だな」
「んで、特定の一人を選んで、適正なステータスが発現するまで、リセットを繰り返してみたんだよ」
「あーリセマラってやつ」
「そしたら、どっかから少しずつ活性が落ちてって、最後には自分で死んじゃった……」
上位存在の男は「まじないわー」とボヤく。
「お前それ『連続性の喪失による自己の破壊』ってやつだろ。蓄積した記憶の断片が悪さして、検体が自分を認識出来なくなるやつ。一般的なバグの一つだぞ?」
「え、初めて聞いたんだけど」
「ばっか、知的生命体シミュレーション論IIでやったじゃん。ちゃんと講義聞いてろよな」
「はいはい、わーったわーった」
上位存在の男は面倒くさそうに頷くと、再び画面に向き直る。そのなんちゃらってバグで、すでに1000人くらいは自死させてしまった。でも、ここいらでちゃんと救世主を誕生させないと、この惑星は確実に滅亡する。
そしたら、絶対先生に怒られる……。
「あー、次こそは頼む〜〜!」
上位存在の男は、神頼み(彼らには存在しない概念)に似た心境で、小さな島国に住む一人の男をピックアップし、ステータスのリセットを再開したのだった。
お読みいただきありがとうございます(*´Д`*)
リセマラ(リセットマラソン)の話です。
運動神経いい描写が、運動音痴の妄想すぎて草!
頭が良くなった描写が、頭悪そうすぎて草!
面白くなった描写が、つまらなすぎて草!
作者の想像力の限界を感じました。