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再会の瞬間、告げられたのは離縁だった

イーライとサムが頭を下げて執務室に入ると、

キヨは待ち構えていたかのように身を乗り出した。


「イーライ、どうだった?」


政務の報告ではない。

声に、期待が弾んでいる。


イーライは胸の奥で小さく息を吐き、跪いた。


「キヨ様、お呼びいただいたのは・・・」


言い終える前に、キヨが遮る。


「なあイーライ、あれだ! あの櫛は・・・ユウ様は気に入っておられたか?」


子どものような真剣さだった。

イーライは姿勢を崩さぬまま静かに答える。


「とても喜ばれておりました」


「そうか!笑っておられたか?驚いておられたか?」


「ウイ様や乳母様に渡された時、微笑んでおりました」


「おお・・・そうか、そうか。イーライ、お前の策は鋭い!」


満足げに目を細めるキヨ。


サムは横で控えながら、その温度差にひそかな溜息をついた。


「キヨ様・・・間もなくレイ様の馬車が到着いたします」


言いにくそうに、サムが口を開く。


「ああ、あれか。帰ってくるのか」


まるで他人事のような口調だった。


「レイ様が戻られれば・・・ユウ様のお気持ちが乱れるかと」


サムは控えめに、それでも忠義からの懸念を述べる。


キヨはぴたりと動きを止めた。


「そ、そうか・・・ユウ様に嫌われたら困るのう・・・」


その声音には、領主というより一人の男の声だった。


イーライは静かに顔を上げた。


「私がレイ様に事情を説明いたします。レイ様に手紙を出したのは・・・私です」


キヨはようやく胸を撫で下ろし、深く息をついた。


「そうか・・・そうか・・・ならよい」

その場にどさりと座り込む。


サムは横目でその姿を見つめ、胸の内で思った。


ーーキヨ様は、あれほどの権勢をお持ちながら。

案じておられるのは、ただユウ様の心ばかりか。


その時――扉が叩かれる。


「レイ様の馬車が、到着いたしました!」


「・・・迎えに参ります」


イーライは淡々と答え、静かに部屋をあとにした。


部屋を出た瞬間、胸の奥に冷たい不安が落ちた。


――これから、最も残酷な役目が待っている。



◇ サカイ城前 レイ到着


城門前には冷たい夕風が吹き、

馬車の車輪が砂利を擦る音だけが静かに響いていた。


到着の揺れと同時に、レイは待ちきれないように扉に手をかけた。


指先がわずかに震えている。


セーヴ城を出てからの旅路、

胸の奥に消えない不安がずっと渦を巻いていた。


ーー姉上の体調は優れないのだろうか。


馬車の扉が開かれた瞬間、

冷気とともに姿を見せたのは――イーライだった。


「・・・イーライ。わざわざ、迎えを・・・?」

レイは驚きに息を呑む。


「レイ様。お疲れでしょう」

イーライは変わらぬ穏やかな声で言った。


けれど、その瞳の奥には、抑え込まれた影が揺れていた。


レイの胸がきゅっと縮む。


「・・・イーライ。姉上は・・・どうしておられるのです?」


旅の間、胸を刺し続けた疑問が、震えた声で漏れる。


イーライは一瞬だけ言葉を選ぶように目を伏せ、

ゆっくりと頭を下げた。


「これから、ご案内いたします」


それだけだった。



◇ サカイ城内 ユウの部屋へ向かう回廊


イーライは、一言も発さずに歩き続けた。

その背中はまっすぐで、ただ任務を果たすように静かだった。


レイとサキは、その後ろに従う。


ホールに入った瞬間、

外とは別世界のような温かな空気と、豪奢な装飾が一斉に視界に広がった。


大理石の床。

壁に並ぶ絵画。

天井の細工。

ゆっくり揺れる光の反射。


サキは歩きながら感嘆の声を落とさず、

あちらこちらを見渡しては小さく叫んだ。


「まぁ・・・なんと立派なお城でしょう!」

「こ、こんなお城、生まれて初めて見ましたよ!」

「レイ様、ほら、あちらの壁画も・・・!」


まるで観光に来たかのようにきらきらと目を光らせている。


だが――レイの眼差しには、一切映らなかった。


巨大な城の荘厳さも、豪華な装飾も。

サカイ領が誇る回廊の美しささえも。


レイの視線は、ただひとつだけを追っていた。


イーライの背中。


その背中の硬さ。

沈んだ気配。

呼吸の浅さ。


すべてが、悪い予感を形にしていく。


ーー姉上の体調は本当に大丈夫なのだろうか。

どうして、急に私を戻したの・・・?


胸の奥が苦しく、息が浅くなる。


やがてイーライが、静かに足を止めた。


「・・・こちらです」

扉の前に立つイーライの声は、どこか震えているように聞こえた。


レイの心臓が、強く跳ねた。


イーライは扉の前で静かに小窓を開いた。

中を確認したあと、軽く頷く。


その合図と同時に、ヨシノが扉を勢いよく開いた。


レイは堪えきれず、ほとんど駆け込むように部屋へ飛び込んだ。


途端――


視界の先に、ふわりと揺れる金の髪が見えた。


陽の光を受けて、一筋一筋が生きているように輝く。

その後ろ姿だけで胸が熱くなる。


「姉上!」


レイの声が震えた瞬間、

正面にいたウイが驚きの声を上げた。


「レ、レイ・・・!?」


ユウが振り返る。


その青い瞳が、大きく見開かれた。


「・・・レイ!」


扉の前で立ち尽くす妹。

艶やかな黒髪。

幼く嫁いでいった小さな姿とは違い、

背が伸び、表情は少し大人びている。


一瞬、時が止まる。


次の瞬間、ユウは駆け寄り、強くレイを抱きしめた。


「レイ!どうしたの?」


ーー夢みたい。


一年以上、ずっと会いたいと思い続けてきた妹が、今、腕の中にいる。


レイは、嬉しさと混乱を抱えたまま絞り出すように言った。


「姉上・・・! 体調は、大丈夫なのですか?」


「体調?」

ユウはきょとんとして首を傾げる。


「私は元気よ」


「で、でも・・・手紙には!」


レイの声は震え、言葉の先が続かない。


その時、イーライが静かに前に出た。


「手紙を書いたのは――私です」


その声音は淡々としていながら、誰よりも重く、静かに沈んでいた。


シュリはその声に気づき、横目でイーライを見る。


ーー何かある。


シュリの胸に、言葉にできない重さが静かに広がった。


ユウは、レイをそっと抱きしめたまま、ゆっくりとイーライへ視線を上げた。


「・・・イーライ。どういうこと?」


その声は怒りではなく、

ただ“理解できない”という戸惑いに満ちていた。


イーライはわずかに肩を揺らし、静かに頭を垂れた。


「・・・ユウ様の具合が悪いと知れば、

レイ様がこのサカイに来られる、と判断したからです」


黒い瞳がわずかに揺れた。


その震えは、嘘の重さでもあり、責務の痛みでもあった。


「なぜ・・・私はこの城に呼ばれたの?」


レイはユウの腕をそっとほどき、自分の足でイーライの前に立った。


驚きと不安が入り混じる瞳で、まっすぐにイーライを見る。


イーライは一瞬だけ目を伏せ、

すぐに、覚悟を決めたように顔を上げた。


「・・・レイ様は――離縁されることになりました」


その瞬間、レイの世界から音が消えた。


ヨシノの息を呑む音も、ウイのざわめく気配も、遠ざかる。


沈黙が落ちた瞬間、シュリは気づいた。


ユウのまつ毛がわずかに震えたことに。


ーーああ・・・ユウ様。


レイより早く、その痛みに気づいてしまう自分がいた。

胸の奥が、細く締めつけられるように痛む。


一拍置いて、レイの唇が震える。


「・・・離縁・・・?」


その声は、細く、弱く、

ひとつ触れれば崩れてしまう氷のようだった。


ウイは衝撃のあまり、口を開けたまま言葉を失っている。


ヨシノが息を呑み、手元の盆を落としそうになって支えた。


部屋の中央で――

レイの黒い瞳だけが、何かを理解しようともがいて揺れていた。


その横で、シュリは胸の奥に針のような痛みを感じていた。


ーーこんな形で、レイ様が帰ってくるなんて。


ユウの体がわずかに震えた。


「レイ・・・」


ユウは妹へ手を伸ばしながら、イーライを見つめた。


青い瞳の奥には、怒りでも悲しみでもない。


ただ、“なぜそんなことを言わなければならないのか”という

深い、深い困惑があった。


イーライはその視線から逃げず、静かに頭を下げた。


「・・・全ては、キヨ様のご判断です」


その声は、絞り出すような硬さを帯びていた。




次回ーー明日の20時20分


「レイ様は、離縁されました」


崩れ落ちる妹。

怒りを抑えきれないユウ。

すべては、キヨの判断だった。


対峙する二人。

取り戻したいユウと、決して譲らぬキヨ。


そして放たれた、冷酷な一言。


「これは男が決める政だ。女は黙っていろ」


その瞬間、

ユウの中で何かが、静かに――決定的に折れた。

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