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私だけ違う――母が遺した秘密

夜更け、廊下に小さな足音が響いた。

枕を抱えたウイとレイが、姉の部屋の扉をそっと叩く。


「・・・一緒に寝てもいいですか」


蝋燭が揺れる灯の中、ユウ様の声がやさしく応じた。

「・・・もちろんよ」


部屋の隅でドレスの手入れをしていた乳母ヨシノは、思わず目を細める。


――あぁ、シリ様にそっくりなお顔をなさって。


「すごい! 寝台が広い!」

ウイの弾む声が聞こえ、寝台へ飛び込む気配がする。


十三歳。喜怒哀楽のはっきりした、あの子らしい振る舞い。


金褐色の髪に群青の瞳――母と父の面影を半分ずつ映した子だ。


一方で、末のレイは言葉もなく、じっと寝台を見つめている。


十歳にして、静かすぎる子。


インクのような黒髪に、感情の奥を読ませぬ黒い瞳。


けれど誰よりも人を見ている――ヨシノはそう思っている。


彼女は、亡き父の血を濃く受け継いでいた。


ふいに見せる表情が、グユウ様にそっくりでヨシノは思わず手を止めることがある。


そして、長女のユウ様。


金の髪と湖のように澄んだ青い瞳――母シリ様をそのまま映した姿だった。


けれど、その胸の奥には叔父ゼンシ様の影が潜んでいる。


挙式前の妹に乱暴をする獣のような兄。


その血が、この少女の内に流れていた。


癇癪もちで、感情の波は激しい。


残酷さと情熱をあわせ持ち、人を惹きつけずにはおかない。


あの方の烈しい心を宿したユウ様は、ただの姫ではなかった。


ヨシノは、寝台に入った三人がよく眠れるように微笑んで、布団を引き上げポンポンと叩いた。


「ゆっくりお休みください」


末っ子のレイを真ん中にして、三姉妹は互いの吐息と熱を分け合っていた。


「・・・母上がここにいたら・・・」

不意にウイの声が震える。


昼間は賑やかさに紛れて忘れられる。


けれど――夜になると、母を失った切なさがひしひしと胸に迫ってくるのだ。


「母上・・・」

レイの声もかすかに震え、涙が枕に沁み込んでいく。


やがて、二人の嗚咽が静かな部屋に響き始めた。


ドレスの手入れをしていたヨシノは、思わず手を止めた。


母を失ってなお幼さの残る姫たち。


――この子たちの途方もない苦しみに、乳母としてどう寄り添えばよいのか。


胸の奥が揺らぎ、思わず声をかけようとした、その時――


「寂しくないように、あそこに飾ったわ」


ユウの震える声が闇を割った。


彼女が指差す先には、小さな木像が棚に置かれている。


落城寸前、母が娘に手渡したセン家の木像。


父から母へ、そして母から娘へと受け継がれたものだった。


母がそうしたように、寂しい時にはいつでも見えるようにと――三姉妹は話し合い、この部屋に置いたのだ。


揺れる灯に照らされ、木像の影が壁に長く伸びる。


三人の瞳はその像に吸い寄せられていた。


まるで母が、そこに立っているかのように。


「それでも・・・私は母上に会いたい」

ウイの声は震えていた。


「木像じゃなくて・・・母上に会いたい」

レイも静かに涙を流す。


ユウは二人を覗き込むように見つめ、唇を開いた。


「私がいるわ」


暗闇の中で、金の髪と青の瞳がわずかな灯に照らされる。


その姿は――まるで母そのもののようだった。


「姉上・・・」

ウイが泣きながらユウに手を伸ばす。


レイはぴたりとユウに寄り添った。


「母上に・・・感謝をしないと」

ユウは小さくつぶやく。


「感謝?」

ウイが群青の瞳で顔を上げる。


「私たちを・・・三人を産んでくれたこと。

この状況で一人だったら・・・耐えられない」


「はい・・・」

レイはそう呟き、ユウの胸に顔を寄せた。


「三人で・・・頑張ろうね」

その声はかすかに震えていた。


「はい」


涙で濡れた寝室の中で、三人は静かに寄り添い合った。


やがて・・・ウイは小さな寝息を立て始めた。


レイも静かに目を閉じる。


部屋の灯は落ち、二人の微かな寝息が聞こえてくる。


ユウは目を開けたまま、天井を見つめていた。


胸の奥がざわめいて、どうしても眠れない。


――私だけ、違う。


唇の内側を噛みながら、声にならない言葉を心の中で繰り返す。


ウイもレイも、父上の子。


けれど私は・・・叔父ゼンシの子。


母上は挙式の前、兄の暴力に抗えなかった。その結果、私の血は・・・


父上はすべてを知りながら、私を慈しんでくれた。


この秘密を知るのは、母とヨシノ、そしてシュリだけ。


妹たちは無邪気に眠っている。


だが私は――。


あの叔父の影は、確かに私の中に潜んでいる。


癇癪を起こすたびに思う。


やっぱり、私はあの人に似ているのだと。


――私の中には、火と闇がある。


もうすぐ、あの男がこの城に戻ってくる。


対面せざるを得ないだろう。


ーーその時に、私は平常心でいられるだろうか?


妹たちを守らなければならないのに。


大人にならなくてはいけないのに。


自分に流れる血は、反発する心を抑えきれない。


ユウは布団を握りしめた。


「・・・どうして、私だけ・・・」


その声は誰に届くこともなく、夜の闇に吸い込まれていった。


窓の外では、湖からの冷たい風が揺れていた。


もうすぐ、あの男がこの城に戻ってくる。


――そのとき、私は妹たちを守れるのだろうか。



ユウが生まれた日を描いた短編を投稿しました。

『偽りの子を抱く私を、夫は“オレたちの子だ”と言った』

https://ncode.syosetu.com/N7869LE/


ユウの名前の由来、そしてグユウの言葉。

――その朝が、後の三姉妹の運命を決めました。


次回ーー本日の20時時20分


ロク城に帰還する領主キヨを迎える朝。

両親を奪った男への怒りに震えるユウを、乳母子シュリが抱きしめた。

――それが、禁じられた絆の始まりだった。


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