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秘密を抱えた政略結婚 ―血に刻まれた静かな復讐と、許されぬ恋の行方―  作者: 雨日
第3章 潮騒の婚礼 ――そして戦が始まる
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その強さが、いつか命を焼くとしても

春が過ぎ、夏が訪れようとしていた。


リオウやキヨからの手紙が絶えることはなかった。


けれど、その向こうで、もうひとつの“言葉の戦”が始まっていた。


キヨが放った書状は、ジュンの陣営の重臣たちのもとにばら撒かれた。


それだけではない。


彼は、有能な兵たちにも密かに誘いの言葉を送っていた。



◇ ジュンの陣


夜、焚き火が揺らめき、風に灰が舞う。


「聞いたか? キヨ様の使者が来て、仕えれば収入を三倍にするって・・・」


「本当か?」


「本当らしい。金鉱の権利も約束されたとか」


一人が口を濁すと、もう一人が火に枝を投げ込んだ。


パチ、と火の粉が弾ける。


「俺は行く。腹を満たして生きられるなら、それでいい」


「裏切りだぞ」


「忠義で腹は膨れん」


その夜、焚き火の周りから、数人の姿が消えた。




◇ キヨの陣


報告を受けたエルが、膝をついて告げた。


「ジュン様の兵、百人ほどこちらに来ました」


キヨはゆっくりと頷き、ワインを口に含む。


赤い液が灯火を映して揺れた。


「十が百に、百が千に。集まれば、やがて国を動かす力になる」


扇を閉じ、天井を仰ぐ。


その瞳に、炎より冷たい光が宿っていた。


「ジュンは強い。だが兵は皆、人間だ。

忠義より、明日の飯を信じる。――そこを掴めば、勝利は我らのものよ」


エルは静かに頭を垂れた。


胸の奥に、ぞくりとした寒気が走る。


兄は血を流さずに人を奪う。


――それこそが、最も恐ろしい戦だった。



◇ ロク城 ユウの部屋


「ジュン様の兵たちが・・・キヨのもとに仕えているの?」


ユウが驚いた顔で振り返る。


「はっ。続々と、我が軍へ寝返っております」

イーライがどこか誇らしげに言った。


机の上には、報告書の束。

ジュン陣から投降した兵の名が、細やかな字で並んでいる。


ユウは思わず目を走らせた。


「・・・ナノ領の領主までも?」

口を押さえ、信じられないように目を見開く。


「セーヴ領は?」

ユウが身を乗り出すように尋ねると、イーライは首を振った。


「こちらには、まだ動きはございません」


「・・・そう」

ユウは深く息をついた。


「セーヴ領がこちらについてくれたら・・・良かったですね」

シュリが、ためらいがちに口を開く。


「本当に。そうしたら、姉妹で争わずに済むのに」

ユウは書状の端に指を滑らせた。


「・・・領主のセージ様は、誘いに乗る方ではないのか・・・

それとも、キヨ様があえて声をかけなかったのか」

イーライは少し考え込み、答えを探すように宙を見た。


しばし、悩んだ後にイーライは口を開いた。


「キヨ様なら・・・お声はかけないでしょう。

セージ様は一度、同盟を裏切った方ですから」


ユウは短く息をつく。


「・・・そう。やっぱりそうよね」


イーライの言葉は説得力があった。


彼は聡く、そしてあの男――キヨの考えを最も理解している。


「ジュン様の陣は、もう穴だらけだわ」

ユウが低く呟く。


「争いの流れが、変わるということですか?」

シュリが尋ねた。


「キヨ様の采配。見事なお手並みでございます」

イーライは静かに頷く。


「キヨ様は、無駄な血を流さず勝つことを好まれます」

そう言った彼の声に、ほんのわずか誇りが混じっていた。


ユウはその響きに、悔しげに唇を結ぶ。


「・・・人を斬るより、人の心を奪う。それが、あの男のやり方よ」


イーライが補うように口を開く。


「剣で斬れば一人。笑みで奪えば百が動く。

 “理でも剣でもなく、欲と恩こそが人を支配する”――キヨ様は、そう私に教えてくれました」


ユウは目を伏せ、ゆっくりと立ち上がった。


「・・・それが、あの男のやり方。力では勝てぬ男が、人を動かして勝つ――。

 そういう時代が来ているわ」


ーーそれが、あの男が作り出した新しい時代の勝ち方。


理解はしても、納得はできなかった。


ユウの脳裏に、剣を掲げる父と、策を練る母の姿がよぎる。


「父上も、母上も・・・強く、賢かった。けれど、あの男に敗れた」


イーライは深く頭を下げる。


「この流れでは、我が軍が勝ち戦になるでしょう。あとは・・・どのように終わらせるか、です」


イーライの分析に、ユウは黙って頷いた。


部屋の隅で、妹ウイが刺繍の手を止める。


難しい言葉はわからなかったが、姉の声がいつになく力強く響くのを感じた。


ーー政治も戦も知らぬ自分とは違う。


女は家を守り、夫に仕え、子を産み育て、静かに暮らす――それが当然だと教えられてきた。


ユウの言動は、女の枠からはみ出したものだった。


誰にも理解されずとも、自分の意志で立つ場所。


シュリもまた、使用人でありながら主のために意見を述べ、

時にユウと並んで立っている。


そんな姿もまた、ウイには不思議でならなかった。


ーー姉上は、母上に似ている。


何度も想ったことを改めて実感する。


母ーーシリもそうだった。


女でありながら、妃でありながら、

男たちと肩を並べ、策を練り、時に領主たちをも動かした。


それを誇りに思いながらも、少女のウイにはどこか怖かった。


ーー姉上も・・・。


母のように誰にも従わず、強さと誇りを持っている。



けれどその強さは、いつか母と同じように、愛するものを守るために――


自ら死への道を選ぶのではないか。


そんな不安と予感が、小さく胸の奥で揺れた。


それでもウイは、ひとつだけ願った。


――この戦が終わったら、妹のレイに会えるだろうか。


真剣に話す姉とシュリ、そしてイーライの横顔を見つめながら、ウイは小さく祈るように目を閉じた。



次回ーー本日の20時20分


争いは“停戦”で幕を下ろした。

皆が安堵するなか、ユウだけは静かに首を振る。


――あの男が、このまま終わるはずがない。


秋風の中で揺れる不安と、レイに会いたい祈り。

平和の影で、新たな気配が動き出していた。

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