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血のように赤い花が散る頃

それから、季節は夏を過ぎ、秋になった。

レイの婚儀の準備は、着々と進んでいた。


縫い子たちは夜通しレイの衣装を仕立て、

各領からは祝いの品が次々と運び込まれてくる。


城の空気が変わった。

いよいよ――レイが嫁ぐまで、あと二日。


その朝、朝食の席でレイがぽつりとつぶやいた。


「・・・生まれた城に、行きたい」


その一言に、ユウとウイの手が止まる。


スプーンが皿の上で小さく音を立てた。


三姉妹が幼い頃を過ごした、レーク城の跡地。


それは今も領内にひっそりと残っている。


「レイ・・・どうして?」

ユウが小さな声で尋ねる。


レイは少し俯き、囁くように答えた。


「昨年の今頃・・・母上と行ったの」


――そうだった。


ちょうど一年前。


母が再婚する前に、三人を連れてレーク城へ訪れたのだ。


「・・・また、行きたいの」

レイの声がかすかに震えた。


ウイは唇を噛み、こぼれるように呟いた。


「懐かしいね・・・」


あの時、母は言った。


『新しい場所で、一緒に頑張りましょう』と。


まさか、一年後に母が亡くなり、

末の妹が嫁ぐことになるなんて――あの頃は夢にも思わなかった。


「・・・行きましょう」

ユウは静かに言った。


声は小さかったが、その響きには揺るぎがなかった。


その横顔を見て、レイはほっとしたように微笑んだ。


窓の外では、秋の風がカーテンを揺らしていた。



ミミに許可をもらい、馬車を出してもらった。

馬車の後ろには、サム、シュリ、そしてイーライが伴う。


山道を登りきり、馬車から降りると冷たい風が頬をかすめた。


視界の先には――懐かしい、レーク城の跡地。


「今年も・・・バラが咲いている」

ウイが駆け寄り、風に揺れる茂みを見上げた。


主を失って久しい庭に、深紅のバラが咲き乱れていた。


石垣の隙間から枝を伸ばし、廃墟を飾るように咲いている。


「ここに玄関がありましたね」

サムが懐かしげに呟く。


三人は、花の香りを背に受けながら、馬場があった方へと歩いた。


木々の合間から見える――豊かな水をたたえたロク湖。


その湖面に、ぽっかりと浮かぶチク島が静かに佇んでいる。


「・・・ここが、母上の好きだった景色」

ユウが呟くと、ウイとレイは黙って頷いた。


沈黙の中、レイが震える声で話した。


「怖いの。姉上と姉様がいない所に行くのは・・・」


生まれた時から、気が強いユウと、優しいウイが隣にいた。


あと二日で、その姉たちと離れ、顔も知らぬ人のもとへ嫁ぐ。


侍女たちは「おめでとうございます」と言うけれど、

レイにはどうしても、それが幸せなこととは思えなかった。


「・・・レイ」

ユウは、唇を結んだまま、何も言えなかった。


――代われるものなら、代わりたい。


どうして長女の私が残るのだろう。


ウイも何かを言いかけて、結局、口を閉じた。


「私は・・・わかっているの」

レイは淡々と口を開いた。


「あの人も、私の顔を見るのが嫌なの」


「・・・なぜ?」

ユウが震える声で問い、ウイが無言で視線を向ける。


「私の顔は・・・父上にそっくりだって」

レイの声は、どんどん小さくなっていった。


ユウとウイは、同時にうなずいた。


亡き父に瓜二つの容姿を持つレイ。


白い肌、インクのように真っ黒な髪、そして、感情を表に出さない漆黒の切れ長の瞳。


彼女を見つめる母の瞳には、

愛しさと切なさ、そして飢えにも似た感情が混ざっていた。


そのせいだろう。


母は、レイを殊更可愛がっていた。


「私を見ると・・・父上を思い出すのよ。だから・・・嫁がせたの」

レイは目を伏せ、かすかに笑った。


――この顔のせいで、皆が距離を置いた。


叔父も、義父も、そして・・・キヨまでも。


「そんな・・・」

ウイが思わず言葉を漏らした。


整った神秘的な美しさを持つ妹の容姿を、

これまで何度、羨ましいと思ってきただろう。


美しい姉と妹に挟まれて、

平凡な自分はいつも一歩引いていた。


けれど――今、ようやくわかった。


美しさは羨望ではなく、時に鎖になる。


母や姉が美しいがゆえに苦しんでいるように、

レイもまた、その美しさゆえに苦悩していたのだ。


ウイは胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。


そして、そっとレイの手を握った。


「ずっと三人で、一緒にいられると思っていたのに・・・」

ウイの声が震えた。


――父と別れ、母とも別れ。


永遠なんて、ないとわかっていたはずなのに。


三人で過ごす時間があまりに幸せで、つい、“続く”と信じてしまった。


ユウも、レイとウイが握っている手を上から重ねた。


「レイ。私がいるところが、あなたの戻る場所よ。

 何かあったら、いつでも帰ってきて」


「姉上・・・」

レイの瞳が揺れる。


ユウは唇をかみ、かすかに微笑んだ。


「レイに何かがあっても・・・今はどうしようもないけれど・・・次は――必ず、助けるわ」


その言葉に、レイの黒い瞳から涙がこぼれた。


「私も!」

ウイが二人の間に飛び込むように抱きついた。


「私も、レイのために頑張る!」


「姉様・・・」

レイは声を震わせ、二人の肩にすがった。


三人はしっかりと抱き合った。


その温もりが、離れても消えぬように。


「離れていても・・・心は、そばにいるわ」

ユウの叫びが、湖風に乗って広がっていく。


レイは静かに頷き、つぶやいた。


「最後に・・・ここに行けて良かった」


秋の風が、三人の髪をやさしく揺らした


その優しい流れの中に、かつてこの城で笑っていた父と母の気配があった。


――見ている。今も、どこかで。



少し離れた丘の上で、シュリは三人を見ていた。


風に揺れるドレスの裾が、湖面の光を受けてきらめく。


その光景があまりにも美しくて、胸が痛くなった。


シュリ自身も、幼い頃から三姉妹と過ごしていた。


ーーずっと、一緒に過ごせると思っていたのに。


自分も、姫たちも大人になってしまった。


秋の風が吹き抜け、赤い花びらが一枚、ユウの髪に舞い落ちた。


その色は、まるで血のように鮮やかだった。


――あの人たちを守りたい。


けれど、その中でも一番に想うのは・・・。


シュリは拳を握り、静かに誓った。


「・・・必ず、守ります」





カクヨムとの付き合い方(そして別れ)について、エッセイを書きました。


『カクヨムに見切りをつけた日』(雨日のエッセイ)

よかったら休憩がてら読んでみてください。


https://ncode.syosetu.com/N2523KL/



次回ーー明日の20時20分


末の姫が嫁ぐ前夜。

キヨはついに本性を現す――「ユウ様を妾にする」。

それは政治ではなく、欲望の宣言。

静かな部屋で、イーライの心が軋む。



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