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妃が使用人に託した手紙

「失礼します」


扉を開けると、小柄な女性が椅子に座っていた。


ーーこの人が妃?


鳶色の大きな瞳に、優しげな微笑み。


シリやユウが「美しい」のなら、目の前の女性には「可愛らしい」という言葉が似合った。


年齢は30代後半くらいだろうか。


ユウはゴクリと唾を飲んだ。


――恐ろしい女に違いない。


あのキヨの妻とは思えないほど穏やかな雰囲気。


だが、その瞳の奥には底の見えぬ光が潜んでいるように感じられた。


まだわからない。


ユウは慎重に部屋へ入り、続いて妹たちも後に続いた。


「ユウと申します。こちらは妹の――」


深く頭を下げようとしたその途中で、ミミはユウの手を取った。


あっけにとられるユウ。


その手をきゅっと握りしめ、ミミは言った。


「我が夫、キヨに代わりまして・・・心からお詫びを申し上げます」


――本当に?


ユウの瞳に戸惑いが揺れる。


ユウは一瞬、何かを言い返そうとした。


だが、言葉が見つからない。


優しさを装っているのか、本心なのか――まだ掴めない。


背後のウイとレイにも動揺の空気が走った。


ゆっくりと顔を上げると、潤んだ瞳のミミの視線が真っ直ぐに注がれていた。


その優しさを素直に受け取ることができない。


声は震えているのに、握られた手は驚くほど冷たかった。


この人はいったい何を考えているのだろう。


領主の夫が敵を打ち負かした。


その妻が、夫の代わりに謝罪の言葉を口にしている。


「ユウ・・・様、本当に・・・シリ様に似ておられますね」

ミミはそこから先、言葉に詰まった。


「父君だけではなく、母君も失われて・・・」


――ここで感情を揺らしてはいけない。


妹たちのためにも。


ユウは再び頭を下げた。


「私たちは身寄りのない身。これからは・・・」


そこまで言ったところで、唇を噛み締める。


――言わなければならない。


『キヨ様とミミ様を本当の父母と思って、頼りに生きていきます』と。


何度も馬車の中で、部屋の中で、その言葉を練習した。


けれど。


心にも思ってもいないこと。


むしろ、逆のことを伝える事を口にするほど、ユウは大人になりきれてなかった。


ーー言えない。


両親を殺した男、その妃に『頼りにしています』など。


『本当の父母と思っています』など。


喉が塞がれ、声が途切れた。


「ユウ様・・・」

後ろの乳母たちが心配そうにざわめく。


妹たちもまた、不安げにユウの袖を握りしめる。


けれど、ユウはただ、深く頭を垂れるしかなかった。


「ユウ様・・・お顔をあげてください」


ミミは掴んだ手を強く握った。


「・・・その先の気持ちは、落ち着いてからで大丈夫です」


口調も態度も真摯で、心からそう思っているのが伝わってくる。


――この人は本当にそう思っている。


ユウの心は一瞬、解けそうになった。


そう思ったことが、逆に怖くなった。


「ありがとうございます」

ユウは涙を堪えて口にする。


微笑むミミの顔を見て、ユウは感じた。


――悪い人でもない。


恐ろしい人でもない。


むしろ・・・良い人かもしれない。


あのキヨの妻が、予想以上に器の大きな女性だったことに、混乱する。


ユウは俯いたまま椅子に腰を下ろした。


「あなたたちに紹介したい人がいます」


ミミがそう言って、部屋の片隅に座っていた女性に声をかける。


「・・・メアリー」


呼ばれた女性は静かに立ち上がり、ユウたちに向き直った。


その瞳に、一瞬だけ影が差した。


長い年月、深い痛みを胸に抱えてきた者だけが持つ影。


ユウの心臓が強く脈打つ。


ミミの言葉が続く前から、ただならぬ気配が伝わってくる。


「初めまして。メアリー・コクです」


「・・・コク?」

三姉妹が一斉に顔を上げた。


メアリーと呼ばれた女性は、インクのように豊かな黒髪、薄い灰色の瞳を持っていた。


その表情には、常にかすかな寂しさが灯っている。


「コク家は、あなたたちにとって親族でしたよね」

ミミが口を挟む。


「はい。一度もお会いしたことはありませんが・・・私と姫様たちは従姉妹です」

メアリーは答える。


「あの・・・!」

今まで一言も話さなかった妹のウイが、椅子をきしませて身を乗り出した。


「リオウ様の・・・お姉様ですか?」


「そうです」

メアリーは微笑んだ。


その笑みはリオウの面影を確かに映していた。


けれど同時に、どこか影を帯びていた。


――リオウ。


まだ母が生きていた頃、彼はユウの婚約者候補とされた。


彼の求婚を断ったのは、ユウの心に別の青年がいたから。


だが、ウイはその頃からリオウに憧れを抱いていた。


「リオウ様は・・・ご無事なのですか?」

思わず飛び付くように尋ねるウイ。


争いで消息不明と聞いていた。


メアリーは静かに頷いた。


「ええ。怪我の状態はひどいものでしたが、今は治療を受けています」


「・・・良かった・・・」

ウイの大きな群青色の瞳に、安堵の涙が浮かんだ。


次の瞬間、我に返り、頬を赤らめて俯く。


大声を出した自分を恥じ、レイがそっとその裾を引いた。


「あの・・・」

ユウも思わず口を開いた。


「なぜ・・・メアリー様がこちらに?」


その問いに、メアリーは薄く微笑んだ。


「私は・・・キヨ様の妾なのです」


三姉妹は一斉に息をのんだ。


その言葉は、あまりに静かで――だからこそ、重く響いた。



ユウの手が冷たく震える。


――そういえば。


昔、リオウが話していたことがある。


「姉は妾になった」と。


その時の、悔しさを噛みしめるような横顔を思い出す。


「妾・・・と、ミミ様が・・・ご一緒に・・・」

ユウは躊躇いながら、思ったことをそのまま口にしてしまった。


後ろに控えていたヨシノが、思わず顔を覆う。


「ええ。ミミ様には・・・とても良くしていただいています」

メアリーの声は静かだった。


その笑みは穏やかでありながら、どこか影を帯びていた。


――信じられない。


ユウは思わずメアリーの顔をじっと見た。


目の前にいるミミとメアリー。


同じ男に抱かれているというのに、まるで長年の友人のように並んで微笑んでいる。


「姫様方のお力になれると思って、呼んだのよ」

ミミが柔らかく微笑む。


「ええ。私もセン家の姫様方を全力でサポートします」

メアリーの言葉に、ウイとレイは口を開けて固まった。


そのまま世間話に流れそうな雰囲気になった瞬間――

部屋の空気が、ひやりと変わった。


後ろに控えていたシュリが一歩、前へ出た。


「失礼します」


乳母や妹たちがはっと息を呑む。


使用人が妃に声をかける、それは異例のことだった。


「顔を上げて」

無礼だと責めもせずに、ミミが静かに促す。


シュリはゆっくりと顔を上げた。


整ったその顔は緊張に固く、だが瞳はまっすぐに光っている。


「シュリ・メドウ。ユウ様の乳母子です」


「乳母子・・・?」

メアリーが息をのむ。


「姫に・・・?」

ミミはユウの顔を見てから、再びシュリを見た。


「男の・・・乳母子」


「はい」

シュリは短く答えた。


乳母子とは、名の通り乳母の子。


王子には男の乳母子、姫には女の乳母子が常識だった。



「シズル領の妃、シリ様からの手紙を預かっております」

シュリは跪き、真剣な表情で手紙を差し出した。


「・・・シリ様が・・・あなたに、この手紙を?」

ミミの瞳が大きく揺れる。


「はい」

シュリはじっとミミを見つめた。


その端正な顔と澄んだ茶の瞳は、彼がただの乳母子ではないことを雄弁に物語っていた。


戸惑いながらも、ミミは両手でその手紙を受け取った。

指先がかすかに震えていた。


――母上、あなたはこの人に何を託したのですか。


ユウの胸に、新たな疑念と恐怖が芽生えた。


読んで頂きありがとうございます。

初日にブックマーク、評価をありがとうございます。

待っててくれたのかな?と思ってしまいます。


次回――本日の12時20分

ミミのもとに届けられた一通の手紙。

そこに記された“シリの言葉”が、ユウの運命を再び揺るがしていく。


◇登場人物メモ(第4話時点)◇

※物語の進行に合わせて更新していきます。


・ユウ

長女。十四歳。母を亡くし、妹たちを守るためにロク城へ。


・ウイ

次女。純粋で姉を慕う。リオウへの憧れを胸に秘めている。


・レイ

末の妹。幼くも冷静。家族の空気をよく読み取る。


・シュリ

乳母子の青年。ユウの傍に仕える忠実な従者。


・ヨシノ

乳母。三姉妹を支える母代わり。シュリの母


・サム

ワスト領の重臣。かつてユウの母シリに仕えていた家臣。


・イーライ

ユウに複雑な感情を抱く若い家臣。


・ミミ

キヨの正妻。穏やかで聡明。ユウたちに真摯な謝罪を示す。


・メアリー

キヨの妾のひとり。ウイの憧れの青年リオウの姉。


・キヨ

セン家を滅ぼした領主。ユウの母シリに執着していた男。

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