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「これから、ミミ様のお部屋へ参ります」


ユウはそう言い切ると、ふと立ち止まりサムをまっすぐに見つめた。


「サム。ヨシノをお願い」


それだけ告げる。


ヨシノは床に座り込んだまま、立ち上がれずにいた。


声も、足も、すべてが奪われたようだった。


ユウはそれ以上、振り返らない。


静かに執務室を出ていく。


追うように、イーライとシュリが後に続いた。


扉が閉まる、その背中を見送って――

ヨシノの喉から、絞り出すような声が零れ落ちた。


「あぁ・・・」


それは、取り返しのつかない選択を悟った者の叫びだった。


サムは、慌ててヨシノの腕を取り廊下へ連れ出した。


「サム・・・」

縋るように名を呼ぶ。


「あぁ・・・」

サムは、それだけ答えて頷いた。


この二人は、ともにグユウとシリに仕え、

城が落ちるその日まで、主君を見届けた臣下だった。


「ユウ様が・・・妾になるなんて・・・」

ヨシノの声が、震える。


「若くて・・・あんなに美しくて・・・」


言葉は、途中で途切れた。


サムは何も言えず、ただ震える肩にそっと手を置く。


「・・・私は、亡くなったシリ様に顔向けできません」

ヨシノは、唇を噛みしめる。


「託されたのに・・・妾になるのを、見送るなんて・・・」


それは、かつて主を失った乳母が、

再び“娘を見送る”ことを悟った声だった。


サムはしばらく沈黙したあと、低く言った。


「シリ様が生きておられたなら――きっと、同じ選択をなさっただろう」


ヨシノが、顔を上げる。


「そういう道を選ぶユウ様を育てたのは・・・ヨシノだ。誇っていい」


それは、慰めであると同時に、

自分自身へ言い聞かせる言葉でもあった。


「・・・けれど」

サムは切なげに息を吐く。


「誇りが、何になるわけでもない」


その言葉は、重く廊下に落ちた。


そのとき。


廊下を歩いていたヘンリーが、思わず足を止めた。


重臣のサムと、見覚えのある中年の使用人が、

廊下に座り込み、顔を伏せている。


ただならぬ空気に、ヘンリーは声を落として問いかける。


「・・・どうされたのですか」


サムは顔を上げ、一瞬だけ言葉を選んでから口を開いた。


「ヘンリー様。これより緊急の重臣会議を行います」


そして、静かに続ける。


「すぐに重臣の招集を」


その声は、抑えていても分かるほど張り詰めていた。




ユウは黙ったまま、ミミの部屋へ向かって歩いていた。

その足取りに迷いはない。


後を追うシュリの胸中は、混乱で満ちていた。


――長年、仕えてきたから分かる。


今のユウ様の言葉は、衝動ではない。


怒りに任せた暴走でもない。


だからこそ、恐ろしい。


妾になる――そんな選択を、ミミ様に願い出るなど。


ここで、一度立ち止まらせなければならない。


シュリはそう判断した。


「ユウ様、少し休みましょう」


声をかけると、ユウはゆっくりと振り返った。


その瞳は、思っていたよりもずっと静かだった。


荒れていない。

揺れてもいない。


そこにあったのは、深く沈んだ覚悟だった。


「こちらへ」

シュリはバルコニーの椅子を示す。


後ろに控えていたイーライも、無言で頷いた。


だが、ユウは椅子には座らなかった。


手すりに寄りかかり、庭を見下ろす。


花を愛でているわけでもない。

ただ、景色を見つめているだけだった。


「・・・ユウ様、どうしてですか」

シュリは、震える声を必死に抑えながら問いかける。


――嫌だ。

こんな取引に応じて、ユウ様が妾になるなんて。

考えたくもない。


しばらくの沈黙の後、ユウが口を開いた。


「レイが、初めて嫁いだ時に決めたの」


淡々とした声音だった。


「可愛い妹に、あんな思いを二度とさせない。レイとウイのためなら、何でもするって」


「だからといって・・・!」

シュリは思わず一歩踏み出す。


「ユウ様が犠牲になる必要はありません!」


ユウは静かに首を振った。


「これ以上の譲歩は、望めないわ」


そう言って、イーライへ視線を向ける。


「分かるでしょう?」


「・・・はい」

イーライは、苦しそうに答えた。


――今の今まで、抜け道を探していた。


だが一度承認された婚姻を覆すことが、政治的にどれほど不利かも理解している。


それでもキヨは、この手を選んだのだ。


「私が引き受ければ、レイは救われる」

ユウは静かに言った。


「レイが、釣り合う相手と結ばれる未来を見るためには・・・もう、この道しか残っていないの」


シュリは、黙ってユウを見つめた。


――納得なんてできない。


けれど。


ユウの言葉は、投げやりでも逃げでもなかった。

冷静に考え抜いた末の、選択だった。


「レイとウイの幸せを見届けることが、私の任務なの」


そう言ってユウは微笑む。


「シュリ、あなただって、そうでしょう?」


「・・・え?」


不意を突かれ、シュリは顔を上げた。


「有利な引き抜きがあっても流されず、

父上と母上との約束を守ろうとしている。私も同じよ」


信じた役目を最後まで果たす。

それだけだ、と。


その言葉に、シュリは何も言えなかった。


春の風が吹き抜け、ユウの金色の髪を揺らす。


あまりにも残酷な現実の前で、その姿は夢のように美しかった。


イーライは、唇を噛み締める。


「行きましょう」

ユウは背筋を伸ばした。


「ミミ様のところへ」



◇ サカイ城 本館 妃の部屋


「エル。あの建設中の建物は、妾たちの住まいなの?」

ミミは、呆れたように窓の外を指し示した。


「ええ・・・そうなんです」

エルは困ったように苦笑し、手にしていたカップをそっとテーブルに置く。


キヨが手を出した妾は、西棟だけでは収まりきれない人数になった。


彼女たちを収容する棟を、新たに城内に建設中だ。


「あの人の女好きには、本当に目も当てられないわ」

ミミは、ため息混じりに肩をすくめた。


「姉者がそれを認め、許してくださるからこそ・・・兄者は国王になれたのです」

エルは宥めるように、穏やかな声で言う。


「女性を抱くことで政の原動力になる、という理屈は分かるけれど・・・」

ミミは眉を寄せる。


「それでも、どうかと思わない?」


「どれほど美しい女性がいても」

エルは少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。


「兄者が最後に選ぶのは、結局姉者ですよ」


「・・・そう」

ミミは渋々ながらも、頷いた。


そのときだった。


扉を叩く音が部屋に響いた。


強く、揺るぎのない音だった。


「どなたかしら」

ミミは顔を上げる。


乳母のマーサが扉を開けた、その瞬間――そこに立っていたのは、ユウだった。


思わず息を呑むほどの美しさ。


その姿に、ミミは一瞬言葉を失う。


「ユウ様・・・?」

エルは思わず声を漏らした。


同時に、ユウの背後に控えるシュリとイーライの表情に気づく。


二人とも、ひどく沈んだ顔をしていた。


――何かが起きた。


その予感が、背筋を冷たく撫でる。


ユウは一歩前に出る。


そして、静かに深く頭を下げた。


「――お願いがあります」


その言葉が落ちた瞬間、

部屋の空気はぴたりと止まった。



次回ーー明日の20時20分


妹を守るため、

ユウはある願いを口にする。


その願いは――

自分の未来を差し出すものだった。


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