十四歳を交渉に出す日
◇ サカイ城 執務室
ジュンが城を去ってから、数日が過ぎていた。
その間、サカイ城では連日のように重臣会議が開かれていた。
議題は、ただひとつ。
――従わぬジュンを、どう扱うか。
キヨは上座で腕を組み、家臣たちの言葉を黙って聞いていた。
兵を出せ。
圧をかけろ。
次こそは、必ず勝てる。
今のキヨが全軍を動かせば、勝てるかもしれない。
だが、キヨの脳裏に浮かぶのは、勝利の先の景色だった。
「・・・ジュンは、力では折れぬ」
ぽつりと、キヨが言った。
落ち着きを取り戻したイーライが、即座に応じる。
「はい。たとえ我らが勝っても、ジュン様は屈しません」
「なら、どうする」
エドワードが疲れたように息をついた。
場が静まり返る。
イーライは、言葉を選ぶように続けた。
「ジュン様は、“負けない道”を選ぶ男です。
ならば――負けない理由を、与えねばなりません」
キヨは、ゆっくりと目を細めた。
「理由、か」
「はい。剣ではなく、信を切る覚悟を」
その言葉に、オリバーが息を呑んだ。
「・・・女か」
低く、キヨが言った。
「そうだな」
エルが、静かに頷く。
「しかも、ただの女では意味がありません」
緊張を孕んだ声で、エルは続けた。
「ジュン様は、奥方を先立たれてから、妃の座を空けたままです」
沈黙が落ちる。
キヨは、ゆっくりと天井を見上げた。
――ただの女では、足りぬ。
エルが、椅子から立ち上がる。
「兄者。今こそ、ユウ様を差し出す時です」
その言葉に、イーライの頭が、真っ白になった。
誰よりも早く、意見を言わねばならない。
――「そうでございます」と。
その言葉を、口にしようとした。
だが、喉の奥が張り付いたように、声が出なかった。
「ユウ様は、年頃。そして、ゼンシ様の姪です。血は、確かです」
エルは淡々と、事実だけを並べる。
「あの容姿であれば、ジュン様が拒むことはないでしょう」
その瞬間、座の空気が、一段冷えた。
誰も、否定しなかった。
一番手強い男に、交渉の切り札としてユウを差し出す。
誰も、それを否定しなかった。
イーライが沈黙したままでいるのを、横目に見て、サムが口を開いた。
「・・・しかし、懸念点があります」
「サム、なんだ」
エルが問い返す。
「ユウ様のご気性です。
あの方を差し出せば・・・逆に、争いの火種を落とす可能性がある」
その言葉に、エルは顔を顰め、額に手を当てた。
「・・・そうだな。あの姫の気性は・・・凄まじい」
数年前、ユウに叱責された記憶が、脳裏をよぎる。
――いくらジュン様とはいえ、扱いにくい姫でもある。
その時だった。
上座に座っていたキヨが、ふるりと肩を震わせた。
「・・・ははは」
乾いた笑い声だった。
だが、それは次第に大きくなっていく。
「兄者・・・?」
エルが眉を寄せ、声を荒げる。
「こんな時に、何を笑っているのです」
「いや・・・もう、問題は解決じゃ」
キヨの笑いは、ぴたりと止まった。
そして、低い声で告げる。
「ゼンシ様の血を継ぐ姫が、もう一人残っておろう」
場が凍りつく。
「・・・と、申しますと?」
エルが首を傾げた。
「末の姫だ」
キヨは、淡々と言った。
「レイを、嫁がせろ」
その声は、驚くほど静かだった。
「・・・レイ様・・・」
ノアの声が、わずかに引き攣る。
「そうじゃ。あの姫も、ゼンシ様の姪。血は、同じ」
「レイは、まだ14です」
ここで初めて、ヘンリーが口を開いた。
その顔は、見る見るうちに青ざめていく。
「14なら、嫁いでも何ら困ることはない」
キヨは、平然としていた。
「・・・確かに」
エルが静かに頷く。
「3年前のレイ様は11だった。14なら、子を産める年齢だ。許容範囲だろう」
「そんな!」
ヘンリーは、勢いよく立ち上がった。
「相手は、40を過ぎた男だぞ!」
「43と14だ」
キヨは即座に言い返す。
「年は離れておるが、別段おかしな話ではない」
冷たい論理だった。
「若い娘は良い。子を産む。
ゼンシ様の血を、ジュンの家に嫁がせるのは癪だが・・・」
ヘンリーが何か言いかけて、さらに一歩踏み出す。
だが、隣に座るエドワードが、素早く腕を伸ばし、その動きを制した。
「落ち着け」
低く囁く。
「ここで声を荒げても、何も変わらん」
唇を噛みしめたヘンリーが、言葉を失った、その時。
キヨは、何の感情も乗せず、イーライに告げた。
「イーライ。ジュンに手紙を書くのじゃ」
イーライの肩が、わずかに揺れた。
「妃として、モザ家の血を継ぐレイを嫁がせるとな」
「・・・はっ」
イーライは、静かに頭を下げた。
「後は、ジュンがどう動くかじゃ」
キヨは続ける。
「承諾したなら、あいつにも人質を差し出させる」
「この件は・・・」
サムが言いにくそうに口を挟む。
「ユウ様や、ウイ様には・・・」
「内密じゃ」
キヨは、きっぱりと言い切った。
「ジュンの返事が来るまでは、極秘。――誰にも、漏らすな」
その言葉で、会議は終わった。
これは、ただの政略ではない。
――ひとりの少女の人生を、切り札にする決断なのだ。
その時、誰にも気づかれぬように、
ヘンリーは拳を握りしめていた。
次回ーー明日の20時20分
二週間後――
サカイ城に、一通の手紙が届く。
それは、レイの運命を決める知らせだった。




