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その覚悟が、優しすぎるから

◇ サカイ城 ユウの部屋


「ジュン様が来られたの?」

レイの声が、食卓のある部屋に響いた。


「そうなの」

ユウはナイフとフォークを手にしたまま、口を動かさずに答える。


「あの人、キヨ様に頭を下げない領主よね?」

レイが、思い出すように呟いた。


「レイ・・・随分、詳しいのね」

ユウは思わず目を見開く。


――国の情勢を把握している女性は、そう多くない。


ウイがそういう話に興味を持たないことは知っているし、レイも同じだと、ずっと思っていた。


「姉上とイーライたちの話を聞いていれば、なんとなく分かるわ」

レイは淡々と答える。


その脳裏に、図書室で交わしたヘンリーとの会話がよぎった。


あの日以来、二人は時折、情報を交換するようになっていた。


「・・・そう」

ユウは小さく頷き、再びフォークを握る。


「ジュン様は、この城に来ても世間話をすると話していたわ。

臣下になるつもりは、なさそう」


「そうなんだ」

レイは、少し驚いたように目を丸くする。


「じゃあ、どういうつもりで来たのかしら?」

ユウは考え込むように、視線を泳がせた。


「争うつもりはない、っていう姿勢を見せに来たのかもしれないわ」

レイがそう呟くと、ユウは小さく微笑んだ。


「・・・それは賢いわね」


ウイが嫁いでから、レイと向き合って話す時間が増えた。

こうして国のことを語り合えるようになったのも、そのせいだろう。


姉妹の距離が、以前よりも少し近づいた――

ユウは、そんな感覚を胸に留めたまま、食事を終えた。





昼食を終え、ユウは考え込むようにテラスへ出ていた。


暖かな春の風が、ユウの髪を静かに揺らす。


深く思案するその横顔を見て、シュリが声をかけた。


「どうされました?」


しばらく沈黙が流れた後、ユウはふっと息を吐いた。


「・・・シュリ」


「はい」

近づいたシュリに、ユウは一瞬、言葉を探すように視線を落とす。


「あなたは・・・本当に、今のままで良いの?」


思いがけない問いだったのだろう。


シュリは、わずかに目を瞬かせた。


「・・・どういう意味でしょうか」


「先ほどの、ジュン様との会話を聞いて・・・」


ユウは、小さく息を吸う。


「私は、心が揺れたわ。私のせいで、あなたの未来が狭まっている。

もっと違う世界に行けば、あなたは、もっと輝けるのよ」


「そんなこと・・・」

シュリは、静かに首を振った。


「私は、シュリに幸せになってほしいの。

いつまでも私のそばにいたら・・・あなたは、ずっと使用人なのよ」


真剣な眼差しを向けられ、シュリの表情も引き締まる。


「先ほども・・・お伝えしましたが」

落ち着いた声で、はっきりと言った。


「いくら出世したとしても、ユウ様を守れないのであれば、意味がありません」


「でも・・・」

ユウの声は、かすかに震えていた。


「私は、使用人であることを選びました。その選択は・・・間違っていません」

シュリは、まっすぐにユウを見つめ続ける。


ユウは一度俯き、ゆっくりと呼吸を整えた。


――分かっている。


シュリの言葉は、嘘ではない。


ユウは、指先に力が入っていることに気づき、そっと力を抜いた。


今この瞬間、彼が選んでいる道は、確かに彼自身のものだ。


けれど、それで終わりではないことも、ユウは分かっていた。


いつか。


本当に彼の未来を思うなら、

自分の手から、シュリを放さなければならない日が来る。


その覚悟が、必要になる。


その時から目を背けてはいけないことだけは、

胸の奥で、はっきりと理解していた。


それが自分の役目だ。


ユウは顔を上げ、微笑んだ。


「さっき・・・父上と母上は、亡くなっても胸にいると話していたでしょう?」


顔を上げ、静かに続ける。


「それが・・・私は、嬉しかったの。私も、同じだから」


ユウは胸元に下げていた紐を引き、淡い桃色の小袋を見せた。


その中には、両親と兄の髪が納められている。


「私もです」

シュリも微笑み、自分の小袋をそっと示す。


二人は、言葉を交わさず、しばらく互いの小袋を見つめていた。


春の風が、テラスを静かに通り抜ける。


――守るために、留まる。

――想っているからこそ、手放そうとする。


その矛盾した想いを、ユウは胸に抱いたまま、ふと呟いた。


「・・・レイも、同じなのかもしれないわ」


「レイ様、ですか?」


「ええ。聡くて、強くて・・・でも、それを表に出さない」


シュリは、すぐには答えなかった。


「ああいう子は・・・嫁いで、うまくやっていけるのかしら」


ユウは、ぽつりと不安をこぼす。


「どういう意味でしょうか?」


「聡いのよ。

女性は、もっと穏やかで、意見を言わない方が・・・領主とは、うまくいくはずだもの」


そう言って、ユウは眉を寄せる。


その言葉に、シュリは思わず吹き出した。


「・・・はははっ」


「な、なに?」

ユウは唇を尖らせ、顎を上げる。


「いえ、ユウ様こそ、そうではありませんか」


その指摘に、ユウは目を丸くする。


「・・・そうかもしれないわ」

口元に手を当て、少し考え込む。


「レイ様も、ユウ様と同じ、シリ様のお子です。

そういう性質を受け継ぐのは、自然なことですよ」


「・・・そうね」


「もっとも」

シュリは、困ったように微笑んだ。


「ユウ様は、政のことにはとても聡いですが・・・少し、鈍感なところもありますね」


――政略には鋭いのに、恋愛には驚くほど鈍い。


「私は、鈍くないわ」

ユウは、さらに顎を上げる。


「・・・そう、でしょうか」

シュリは苦笑した。


「そういう女性でも、好いてくれる男性は、きっといます」

実感を込めた言葉だった。


「・・・本当?」


「ええ。シリ様だって、そうでした」


仲睦まじかった両親の姿を思い出し、ユウは、少し安堵したように頷く。


「レイを大切にしてくれる領主と巡り会えたら・・・私の任務は、終わるわ」


小さく呟いたその声には、静かな決意が宿っていた。


「あの子には・・・幸せになってほしい」

そう呟くユウの横顔は、覚悟に満ちている。


シュリは、その横顔から目を離せずにいた。


それは、誰かを守る者の強さであり、同時に――自分を後回しにする者の顔でもあった。


ーーユウ様は、いつもそうだ。


誰かの幸せを願う時ほど、自分のことを顧みない。


その在り方が正しいのかどうか、シュリには分からない。


――けれど。


その強い覚悟が、いつか身を滅ぼすのではないか。


そんな予感が、シュリの胸の奥をかすめた。


暖かな春の日差しの中で、思わず身震いをした。


その予感は、やがて現実となる。


それも、誰も望まぬ形で。


次回ーー明日の9時20分


王は「今」を治める。

だが、ある男は「その後」を見ていた。

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