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禁じられた誓い――母の形見と妾の影

◇ 湖岸にて――告げられた真実と、心に芽生えた禁断の願い


湖岸に立つサムの横顔は、朝日を浴びてもなお重かった。


「・・・キヨ様は、ユウ様を妾にすることを考えておられる」


突き刺さるような言葉に、シュリは息を呑む。


『まさか』

そんな風には言えなかった。


ユウを見つめるキヨの瞳は、邪心と欲望で溢れていた。


サムは視線を遠くへ投げたまま、続けた。


「表立って剣を振るうことはない。だが人の心を操り、思い描いたものを現実にしてしまう・・・それがあのお方だ」


一拍置いて、声を落とす。


「領政も、兵の指導も、交渉も・・・実際に担っているのは弟のエル様だ。領民の出であるからこそ兵や民の心を掴み、兄を陰で支えておられる」


シュリは拳を握りしめた。


――表に立つのは飄々とした領主、だが背後に控えるのは真に兵を動かす者。


サムの目は冷たく沈んでいた。


「だからこそ恐ろしい。あのお方は、一人では何もできぬように見えて・・・だが、弟と共に動けば、現実をねじ伏せる力を持っている」



「・・・けれど・・・随分と年齢が」

声がかすれ、動揺で震える。


二人の歳の差は親子以上・・・祖父と孫でも通る。


「そうだな」

サムは瞼を閉じ、短く息を吐いた。


「キヨ様はずっと、シリ様に憧れていた。その面影を色濃く残すユウ様を・・・欲しているのだろう」


「・・・そんな・・・!」

シュリの顔が苦悶に歪む。


「ユウ様は・・・誰よりも幸せになる権利がある。もっと若く、似合いの領主に・・・!」


――あんな年寄りで、欲深い男に。


ユウが身体を預ける日が来るのか。


その想像だけで、胸が張り裂けそうになる。


「・・・私も、そう思っている」

サムは静かに言葉を重ねた。


「だが未来のことは、誰にもわからない」


目を伏せる声は小さく、悔恨がにじんでいた。


「・・・キヨ様は、今年で四十六だ」

ぽつりと落とされた言葉は、湖面に沈む石のように重く響く。


この時代の平均寿命は五十。


――決して遠くない。


――ユウ様を妾に。そんな屈辱があってよいはずがない。


怒りがシュリの胸を焼く。


だが相手は領主。


仕える身でありながら、逆らうことなどできない。


忠義と憎しみがせめぎ合い、呼吸が乱れた。


ユウ様には幸せになってほしい。もっと若く、相応しい伴侶と――。


その未来を奪うのが、あの男だというのか。


いっそ・・・。


胸の奥に芽生えた願いを、押し殺そうとした。


だが溢れた。


――死んでほしい。


シュリはそう思ってしまった。


それは、自分の主に対する決して言ってはいけない言葉だった。


「お前の剣技は確かだ。可能な限り、ユウ様を守ってくれ」

振り返ったサムの瞳は、揺るぎない光を宿していた。


その言葉の裏には、かつてグユウとシリに仕えた誇りがあった。


――あの二人の魂に恥じぬよう、この少年を支えねばならない。


「承知・・・しました」

シュリは木剣を握り直し、力強く答えた。


「必ず・・・守ります」


その誓いが、やがて血を流す未来へと繋がるとも知らずに。



◇ 朝食の席――口づけの余韻、揺れる瞳


馬場から戻ったシュリは、着替えを済ませて朝食の部屋へ向かう。


扉の外からは、穏やかな若い女性の声が聞こえてきた。


「おはようございます」


一礼して部屋に入る。


「シュリ、おはよう」

ウイが笑顔で声をかける。


レイは無言で目で挨拶をした。


けれど、ユウはシュリの顔を見た途端、紅茶を持つ手を止める。


目元の淵が赤く染まっていく。


――昨夜、また自分の方から口づけをしてしまった。


彼を独り占めしたくて。


長いまつ毛を震わせながら、自分の足首に触れた感触が、まだ離れない。


一方、シュリもユウの顔を見て、恥ずかしそうに目を伏せ、耳を赤くした。


――ユウ様と交わした禁じられた口づけ。


柔らかく、甘いその瞬間を思い出すと、胸に欲が広がる。もっと触れたい、と。


二人は一瞬、見つめ合い、視線が絡み合った。


「・・・おはよう」

掠れた声で目を伏せるユウ。


黙って一礼をするシュリを、レイはじっと見つめていた。


紅茶を持つ姉の手が宙で止まり、目元がじわりと赤く染まっている。


普段は決して乱れぬ表情が、今は揺れていた。


――どうしたの、姉上。


思わず息を潜める。


だがすぐに気づいた。


シュリもまた、姉の顔を見た途端、目を伏せて耳まで赤く染めていたのだ。


二人の間に、私たちには触れられない何かが流れている。


視線が絡んだ一瞬、胸の奥に確信が落ちた。


――昨夜、姉上と彼の間で、何かがあった。


◇ 夕暮れ――小袋に宿る母の記憶、忍び寄る召喚


その日は、信じられないほど穏やかな時間が過ぎていた。


――つい二日前まで、燃え尽きた城を戦場で見ていたとは思えぬほどに。


夕焼けが湖を赤く染めるころ。


窓辺に立つユウは、輝く湖面を見つめながら胸を押さえた。


その仕草が、痛々しい。


レイはそっと胸元から紐を引き出す。


ピンク色の小袋――落城寸前、母から託されたもの。


中には両親と兄の髪が入っている。


「・・・母上」

思わず呟いたとき、隣のウイの頬に涙が伝っていた。


静かな時間の中で、母を失った実感がひしひしと胸に迫る。


「母上は・・・無念の死ではないのよ」

ユウの声が震える。


「自ら前を向いて、死に向かったの。・・・後悔はしてないはずよ」


そう言い切った唇から、涙がひと粒こぼれ落ちた。


三姉妹は胸元から同じ小袋を取り出す。


その姿を見て、シュリも自分の胸元に触れた。


亡き妃が自ら手渡してくれたもの。


――『私の、もう一人の息子』。


ーー守る。このお方を。


肩を震わせるユウを見つめ、誓いを新たにした。


泣き濡れる三姉妹とシュリ。


だが部屋の外は慌ただしい。明日は出陣なのだ。


突然、扉が激しく叩かれた。


「・・・!」


三人が息をのむ。


ヨシノが慌てて扉を開けると、涼やかな黒い瞳が覗いた。


イーライだった。


「キヨ様が、ユウ様に面談を希望しております」


硬い声が、部屋に冷たく響いた。




※木曜日と日曜日は2回更新をします。


次回ーー明日の20時20分


「キヨ様が、ユウ様との面談を望んでおります」


冷えた声が響いた瞬間、ユウの頬から血の気が引いた。

――また、来るの。あの男が。


怯えながらも立ち上がり、彼女は囁く。

「母上は強かった。・・・私も、その真似をするだけ」


⚫︎エッセイ更新のお知らせ 


家族に「共感ゼロ」と言われたエッセイを更新しました。

クマと雪とストックに追われる作者の、創作奮闘記です。

よければこちらもどうぞ。


『誰にも共感を得られないエッセイを書いた結果』

https://ncode.syosetu.com/N2523KL/


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