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姫を仕留めるのは誰か

「弟のリオウと、いかが?」

メアリーは、隙のない微笑を浮かべてそう言った。


その一歩後ろで、リオウが静かに前へ進み出る。


「ユウ様。・・・私と、踊っていただけますか」


差し出された手。


黒い瞳には、隠しきれない緊張が滲んでいた。


ユウは、ほんの一瞬、躊躇する。


左奥――

壁際に控えるシュリの視線が、否応なく意識に入る。


――けれど、シュリとは踊れない。


使用人と姫は、舞踏の輪に並べない。


そして、背後から迫る気配。


――エドワード。


あの視線だけは、受け入れられなかった。


ユウは迷いを断ち切るように、リオウの手を取った。


「・・・承知しました」


二人は手を取り合い、人波が渦を巻く舞踏の中央へと足を踏み入れる。


瞬間――会場の視線が、一斉に二人へ集まった。


「・・・お似合いだわ」

ミミが、思わずため息をこぼす。


背が高く、若き日のグユウの面影を残すリオウ。

その隣に立つユウ。


並び立つ姿に、会場のあちこちから、抑えきれない小さな溜息が漏れた。


やがて、音楽が始まる。


軽快で、明るい旋律。

夜会の幕開けにふさわしい一曲。


ユウは迷いなくステップを踏み、

リオウは微笑みながら、その動きを正確に受け止める。


リオウのステップも速く、迷いがなかった。


ユウの手を取り、次の動きへと自然に導く。


回転のたび、視界が変わり、音楽が前へ進む。


若さと勢いが、そのまま形になったような踊り。


呼吸を合わせるように、

二人の動きは、自然に一つになっていった。




その光景を――面白くなさそうに見つめる男がいた。


キヨである。


「・・・わしも、次の曲で踊るぞ!」


立ち上がろうとした、その袖を、ミミが即座に掴んだ。


「おやめなさい」


冷静な声。


「来賓が、ご挨拶にいらっしゃいます」


ミミの視線の先には、

贈り物を抱えた年嵩の領主たちが、ずらりと列を成していた。


「嫌じゃ! わしは行く!」


「あなたが行って、どうなさるのですか!」


ぴしゃりとした一喝。


キヨは肩をすくめ、渋々――王座へと腰を下ろした。


その視線だけは、なおも、舞踏の輪の中央を逃さなかった。



リオウは、夢見心地だった。


戦地を潜り抜け、

一年ぶりに目にするユウは、

記憶の中よりも、さらに輝きを増している。


以前よりも美しく、そして――遠い。


ユウの手が、リオウの手に触れた瞬間、

思わず、その指に力がこもった。


「・・・ユウ様」


黒い瞳に、抑えきれない想いが宿る。


ユウは、何も言わずにリオウを見つめ返した。


その眼差しは静かで、

けれど、逃げることも、拒むこともなかった。


「私は、先の争いで――領地を、さらに得ることができました」

リオウの声は、低く、確かな喜びを帯びていた。


「リオウ・・・夢が、叶ったのね」

ユウは、静かに微笑む。


4年前から、彼が繰り返し語っていた夢。


――コク家を、もう一度立て直すこと。


それが、今、現実になった。


「・・・いいえ」

リオウは、首を横に振った。


「私の夢は、まだ終わっていません」


その言葉と同時に、ユウの身体が、そっと引き寄せられる。


唐突な動きではない。

あくまで、ダンスの流れの中で。


胸元に触れる距離。

逃げ場のない近さ。


「あなたを――妃に迎えたい」


黒い瞳に宿るのは、迷いではなく、決意だった。


だが、ユウは、そっと一歩、身を引いた。


拒絶ではない。

それもまた、ダンスの一部のように。


「私の婚礼は」

淡々と、感情を挟まずに告げる。


「すべて、ミミ様と・・・あの男が取り仕切るものです」


事実だけを、静かに。


リオウは、ユウの腰に手を添えた。


ためらいなく、しかし、乱暴ではなく。


「それでも」


その声には、若さと野心が、はっきりと混じっていた。


「私は、その“位置”に立つことができました」


それは、願いではない。


自分が得た力への、確信だった。



ホールを見つめるウイは、グラスを握る指に、思わず力を込めていた。


会場の中央で、誰よりも輝いて見える姉。

そして、その隣に寄り添うリオウ。


――お似合いの、二人。


遠目からでも分かる。


ユウを見つめるリオウの眼差しには、迷いのない光が宿っていた。


それを理解してしまうからこそ、

ウイは、唇が震えるのを噛み締めて堪える。


ーー叶わぬ想いだと、分かっている。


それでも、唇が震えた。


その様子を横目で見ながら、レイは気づかぬふりを続けていた。


触れれば壊れてしまう感情があることを、レイは、もう知っている。


「姉様、パンのおかわりがあるわ」


何気ない声音で、話題を変える。


その時――


「同じテーブルに座ってもよろしいですか」


上から、静かな声が降ってきた。


二人が顔を上げると、

そこにはグラスを手にした、若い男が立っていた。


エドワードの弟――ヘンリーだった。


その物腰は、兄とは違い、押しつけがましさを感じさせなかった。


――ここで、姉様の気持ちが切り替わるのなら。


レイは、即座にそう判断した。


「どうぞ」


短く答える。


「失礼します」

ヘンリーは軽く頭を下げ、同じテーブルに腰を下ろした。


そして、顎でそっと視線を示す。


「あそこには――」


指し示した先には、

キヨの姉妹たちが集まり、楽しげに噂話をしている姿があった。


「僕の居場所がなくてね」


そう言って、肩をすくめる。


グラスに入った林檎のジュースを、一息に飲み干した。


「若い者は、若い者同士で話したいだろう?」


冗談めかした口調だったが、そこに押しつけがましさはなかった。


「ヘンリー様は、おいくつですか」

レイが静かに尋ねた。


「あと三日で、十七歳になる」

ヘンリーはあっさりと答える。


「私と、同い年なのですね」

今度はウイが、少し驚いたように口を開いた。


年の近い誰かと話すだけで、

張りつめていた胸の奥が、わずかに緩む。


――ほんの、ひとときだけ。


「・・・見てください」

ヘンリーが、楽しげに視線をホールへ向けた。


「兄上はね――ユウ様を手に入れたくて、うずうずしている」


にやり、と口元を歪める。


ウイの表情が、一瞬で強張った。


レイはそれを横目で捉え、「そうですね」と、苦笑いで受け流す。


「叔父上と兄上は、女の趣味がよく似ているんです」


そう言って、ちらりと振り返る。


視線の先では、

キヨもまた、落ち着かない様子でユウとリオウの姿を追っていた。


――やはり、血筋か。


レイは、胸の奥で小さく息を吐く。


やがて、曲が終わり、

リオウとユウは、互いに向き合って優雅に一礼した。


その瞬間。


「兄上は、欲しいものは逃さない」


ヘンリーは何気ない調子で呟き、

フォークを伸ばして、鹿肉を一切れ取った。


だが、彼の言葉とは裏腹に、

ホールの空気は、すでに動き始めている。


エドワードだけではない。


複数の領主たちが、次の曲に合わせて

ユウへ声をかける機会をうかがっていた。


その気配を察し、

ユウは、今度こそシュリのもとへ向かおうとする。


――慣れない靴で、足が痛む。


シュリに頼んで、代わりの靴を交換してもらおう。


そう思い、会場の隅にいる彼に向かって歩き出した、その時――


「ユウ様」


背後から、静かな声がかかった。


振り向いた先に立っていたのは、イーライだった。


「・・・イーライ、どうしたの?」



ブックマークありがとうございます。

166話という長い連載の中で、今この物語を選んでいただけたこと、とても嬉しく思っています。


そして、連載初期から見守ってくださっている皆さまにも、心から感謝しています。


非テンプレ・群像劇・重いテーマの作品ですが、読んでくださる方の存在が何よりの支えです。


本当にありがとうございます。



次回ーー明日の20時20分


王の甥、若き領主、そして重臣。

差し出された手は、いくつもある。


ユウは――誰の手を取るのか。


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