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言葉にできない想いを縫い込んで

「失礼します」

支度を終えたシュリが、控えめにユウの部屋へ入った。


鏡の前に立っていたユウが、ゆっくりと振り向く。


――その瞬間。


シュリは、息を呑んだ。


目の前にいるユウは身体の線に沿う、細身で控えめな仕立て。


流行を追ったものではないのに、視線を奪われる。


動くたび、布が光を受け、

白とも銀ともつかぬ色が、静かに揺れた。


その動きに合わせ、

計算し尽くされ、配されたビーズが、呼吸するように瞬いた。


そして何より――


白く、静かに輝く胸元から、目を逸らせなくなる。


――美しい。


そう思ったのに、

それを口にする資格が、自分にはない気がして、言葉にならなかった。


何か言おうとして、喉が動くだけで、声が出ない。


ヨシノはすでに、夜会用の靴を探しに部屋の奥へ下がっている。


「・・・シュリ」

ユウが、そっと声をかけた。


イーライが用意したこのドレスを、

ユウ自身も「似合っている」と感じていた。


けれど。


シュリが、そう言ってくれたなら――それだけで、もっと嬉しい。


そう思って、ユウはまっすぐに彼の瞳を見つめる。


シュリは、何も言えなかった。


ただ、ユウの顔を見て、静かに頷く。


その一瞬で、ユウには分かってしまった。


その眼差しは、

百回分の「美しい」を、何より雄弁に語っている。


次の瞬間、シュリは思わず、手を背中へ隠した。


濃い鉄紺の礼装に身を包んだシュリは、光を浴びた瞬間だけ青を宿している。


その慎ましい装いは、

彼自身がそれを誇ることもないまま、誠実さだけを静かに際立たせていた。


「何を持っているの?」

ユウが首を傾げる。


「いえ・・・何でもありません」


視線を逸らして答える。


――けれど。


長い付き合いだ。


その程度の嘘は、すぐに見抜かれる。


「嘘。なに?」

ユウが一歩、距離を詰める。


――近い。


滑らかな腕、白い胸元が、間近に迫る。


シュリは息を呑み、観念したように手を前に出した。


その掌にあったのは、小さな、白い薔薇。


「・・・ドレスに、と思ったのですが」


口ごもる。


あまりにも贅を尽くした装いに、

この白い薔薇は、あまりにささやかに思えたのだ。


「シュリ・・・嬉しいわ」


ユウは静かにそれを受け取り、

耳のすぐ後ろに、そっとピンで留めた。


「・・・似合う?」


控えめに、問いかける。


「はい。――とても」


その答えを口にした瞬間、

シュリは、嬉しさに目眩がするような想いに包まれていた。




ヨシノが差し出した上靴は、白く、踵の高い華奢なものだった。


細いヒール。

足首を強調するように、無駄のない曲線。


「履くと、足が痛いわ」

ユウが小さく息をつく。


「お洒落は、我慢勝負です」

ヨシノは、こともなげに言った。


その時ーー扉の小窓が、カチッと音を立てた。


一礼をして、イーライが部屋に入る。


その動作に合わせて、襟の内側に縫い込まれた小さなビーズが、わずかに光を返した。


「お迎えに参りました」


顔を上げた瞬間――


イーライは、言葉を失った。


――想像以上だった。


イーライは、思わず喉を鳴らした。


この姿を見るために、

布の重なりも、光の反射も、宝飾の位置も――細部まで、何度も確かめ、選び抜いてきた。


ユウの肩から鎖骨へと続く線が、過不足なく露わになり、

胸元は深くはないのに、完璧な曲線だけが静かに主張している。


白とも銀ともつかぬ布が、光を受けて淡く揺れ、

その奥にある体温さえ、上品に包み隠している。


その胸元は、触れること自体が、罪に思えるほどだった。


「イーライ、あなたのために着ました」

ユウは、静かにそう告げる。


耳元で、白いバラがわずかに揺れた。


「・・・お見事です」


それだけを言い、イーライは深く頭を下げる。


――美しい。

――綺麗だ。


そんな言葉は、喉の奥で砕けて消えた。


口にするには、軽すぎる。

触れるには、畏れ多い。


ただ、祈るように、崇めるように、

その姿を見つめることしかできなかった。


その様子を、シュリは横目で見ていた。


何も言わず、視線だけで、すべてを理解する。


ーーやはり、イーライも。


キヨのように軽々しく想いを口にできない男の想いは、深くて重い。


ーーもちろん、自分も。


シュリは目を伏せた。


この場にいる二人は、彼女の横に立つことを許されない二人だった。



「それでは」


イーライは、静かに一歩進み、片手を差し出した。


濃灰色の礼装。

その袖口の内側に、ふと、赤が覗く。


深く、暗い紅。


言葉にできず、表に出すことも許されない――

イーライの心の奥を、そのまま縫い込んだかのような色だった。


「参りましょう」


その声は、いつもの側近のものだった。


だが、差し出された手だけが、

彼の本心を、かすかに裏切っていた。


次回ーー本日の20時20分

踊る資格は、二人まで。


だが、想いは三つ以上。


逃げる姫。

追う男。

そして、待ち構える影。


今夜、選ばれるのは誰か

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