従うと言わせてみせる
◇ サカイ城 本館 妃の部屋
机の上に広げられたドレスを見て、ウイとレイは思わず声を上げた。
「わぁ・・・!」
「こちらは、ウイ様のドレスです」
ミミが手で示したのは、春の日差しのように柔らかな黄色のドレスだった。
ウイは息を呑んだ。
胸の奥が、ふわりと温かくなる。
「こちらは、レイ様のドレス」
ミミはそう言って、淡い水色のドレスを手に取る。
「ありがとうございます」
レイの声は、自然と柔らいだ。
「国王就任の式に、着てくださいね」
ミミは穏やかに微笑む。
レイは、そっとウイの袖を引いた。
――ユウが不在の今、代表して礼を伝えるのは、次女であるウイの役目だ。
ウイは慌てて背筋を伸ばし、声を張る。
「ありがとうございます」
「・・・姉上のドレスは」
レイが控えめに尋ねた。
自分たちのものは用意されている。
だが、長女ユウのドレスがないのは、不自然だった。
「ユウ様は・・・」
ミミは一度、不自然に咳払いをしてから答える。
「キヨが、別のルートで用意しているようです」
その声が、わずかに硬い。
レイは、それを聞き逃さなかった。
――これは、揉める。
直感が、そう告げていた。
以前、キヨがユウに贈ったドレスを、彼女は激しく拒絶している。
「奥の控え室で、試着を――」
ミミがそう言いかけた、その瞬間だった。
バン、と勢いよく扉が開いた。
「ミミ!」
縋るような声。
次の瞬間、キヨはミミの元へ駆け寄り、その足元に跪いた。
その後ろから、静かな足取りでイーライが入り、扉を閉める。
「ミミよ!」
キヨはスカート越しにしがみつき、懇願する。
「頼む・・・許可をくれ!」
「キヨ・・・」
ミミは困惑したように声を落とす。
「姫様方がいらっしゃいます」
「なんじゃと!」
キヨは弾かれたように立ち上がった。
ミミの向かいには、呆然としたウイとレイが立っている。
「姫様は・・・いないぞ?」
首を傾げる。
「姫様はユウ様だけではございません」
ミミが静かに言い直す。
「妹姫の、ウイ様とレイ様です」
「あぁ・・・」
――そういえば、妹もいたな。
その時、静かな目で自分を見つめるレイと、視線が合う。
――この目だ。
若き日、夢中になったシリ様の夫。
グユウの、あの夜の闇のような黒い瞳。
同じ瞳を宿した娘。
――さっさと、有能な領主に嫁がせて追い出そう。
キヨは、再びそう決めた。
「あ・・・の・・・」
か細い声が、隣から聞こえる。
見ると、怯えた様子の少女が、ぎこちなく礼をしていた。
近づいたイーライが、小声で耳打ちする。
「ウイ様です。ユウ様の妹君」
――これが、ユウ様の妹。
キヨは、初めてウイの顔をまじまじと見つめた。
母に似たユウ。
父に似たレイ。
その間にいる娘。
目を引く派手さはない。
整ってはいるが、印象に残りにくい顔立ち。
「ウイ」
唐突に声をかける。
「そなた、いくつだ?」
「じゅ・・・十六でございます」
ウイはスカートをぎゅっと握りしめ、答えた。
――性格も地味だ。
キヨは顎を撫でる。
気の強いユウ、鋭いレイに比べ、扱いやすそうな娘。
「そうか」
声が、低く落ちる。
「ウイ様、レイ様」
ミミが落ち着いた声で割って入る。
「これから打ち合わせがあります。ご自室で着替えてもらえますか?」
「しょ・・・承知しました」
ウイは慌てて立ち上がった。
「行きましょう、姉様」
レイはそう言って、そっとウイの手を取った。
その指先は、思っていたよりも冷たい。
ウイは小さく頷き、ミミに一礼してから、レイと並んで部屋を出ていった。
扉が閉まる。
その音が、やけに大きく響いた。
残された室内で、ミミはゆっくりと息を吐く。
「・・・で、キヨ」
静かな声だった。
だが、そこには妃としての揺るぎがあった。
「その“許可”とは、何の話かしら」
キヨは一瞬、言葉に詰まる。
イーライは何も言わない。
ただ、主の背後で静かに立ち、
“これ以上、取り繕えぬ”空気を作っていた。
ミミは知っている。
――この男が、何を望み、誰を“駒”として見ているのかを。
「ミミ、頼む!」
キヨは床にひれ伏し、声を張り上げた。
その姿に、イーライは思わず目を見開く。
――まもなく国王となる男が、ここまでして妃に懇願するとは。
その理由が何であるのか。
答えは、次の瞬間、嫌というほど分かった。
「頼む!!ユウ様を――わしの“想い人”として、認めてくれ!!」
イーライは、思わず息を呑み、拳をぎゅっと握りしめた。
ミミが何か言おうと、口を開きかけた、その刹那。
キヨは、息をつく暇も与えぬ勢いで続ける。
「わしは、ユウ様に子を産んでほしいのじゃ!
このトミ家のために!この国のためにも!!」
必死に、何度も、頭を床に擦りつける。
「それは、認められません」
ミミの声は、静かだった。
だが、はっきりと拒絶している。
「なぜじゃ!!」
キヨは、思わず叫んだ。
――普段のミミは、優しい。
女遊びも、キヨの力になるのなら。
妾を持つことも、政治の一環だと理解している。
多くの妾を抱え、その関係を乱さずに保ってきたミミは、
理想の妃とまで評されてきた。
そのミミが、ここまで明確に拒む。
「以前にも申し上げました」
ミミは、感情を挟まずに告げる。
「ユウ様が、心から妾になることを望まれるのなら――その時は、許可いたします」
「ユウ様は!」
キヨは、勢いよく立ち上がった。
「照れておるのだ!
あの奥ゆかしいユウ様が、そんなことを口にするはずがない!」
その瞬間。
イーライは、思わず噴き出しそうになるのを必死で堪えた。
――奥ゆかしい?
乗馬をし、ドレスの裾を捲り上げ、梯子を登るユウを思い出す。
贔屓目に見ても、奥ゆかしい、という形容は当てはまらない。
「奥ゆかしい・・・ねぇ」
ミミもまた、同じことを思っていた。
「そうじゃ!」
キヨは、なおも食い下がる。
「わしが声をかけると、嬉しくて震えておる!」
「・・・嬉しい、ですか」
ミミの脳裏に、以前、目にした光景が浮かぶ。
窓の下でキヨに触れられた手を、必死に水で清めていたユウの後ろ姿。
そこに、歓喜の色はなかった。
恐怖と、嫌悪だけがあった。
「私の意見は、変わりません」
ミミの声は、低く、揺るがない。
「ユウ様が、心から望まれない限り――許可はいたしません」
きっぱりと、言い切る。
「就任式まで、日がありません」
ミミは引き出しから書類の束を取り出した。
「キヨ。招待客のリストアップを、確認してください」
「嫌じゃ!」
キヨは子供のように顔をしかめる。
「わしは、疲れた!」
「やるのです」
ミミの一喝に、キヨは渋々書面に目を落とした。
そして、ぼそりと呟く。
「・・・それならば」
声は、ひどく低い。
「近いうちに、ユウ様に言わせてみせる」
その言葉は、小さく、ミミの耳には届かなかった。
だが――
背後に控えていたイーライには、はっきりと聞こえてしまった。
それは、虚勢でも、妄言でもない。
必ず、そうさせる
そんな確信を帯びた口調だった。
その瞬間、イーライの背筋を、冷たいものが走る。
キヨには、不可能を可能にしてきた過去がある。
――領民から、国王にまで上り詰めた男。
あのユウ様を・・・妾にしてしまうかもしれない。
そんな予感が、どうしても胸から離れなかった。
夏の日差しの下で、
その不安だけが、イーライの身体を冷やしていった。
総合評価が100ポイントを超えました。
正直に言うと、この作品で100に届くとは思っていませんでした。
非テンプレ、群像劇、劇重テーマ。
読みやすいとは言えない物語を、それでも読み続けてくださる皆さまのおかげです。
最初から追いかけてくださっている方も、途中から出会ってくださった方も、ひとつひとつのブックマークや評価が、雨日の背中を押してくれました。
本当にありがとうございます。
この物語を最後まで、丁寧に書ききります。
次回ーー明日の20時20分
主の命に従うはずだった。
それなのに、
心は別の名を呼んでいる。
笑う姫。
誓い直す男。
そして、白く輝くドレスが、
その覚悟を問う。




