妾にする理由
「ユウ様は、わしの想い人にする」
キヨの言葉が、執務室に重く響いた。
エルは、黙ってミミの背中を見つめる。
ノアは、視線を伏せた。
サムは、思わず目を閉じる。
「・・・ご冗談を」
ミミは、容赦なく切り捨てた。
「冗談ではない。わしは、本気だ」
「あなた」
ミミの声は、はっきりと冷えた。
「ユウ様と、いくつ年が離れているか、ご存知ですか?」
「年齢など、関係ない」
キヨは、言い張る。
「三十以上、離れています」
ミミの声音には、隠しきれない呆れが滲んだ。
「祖父と孫ほどの年の差です」
その言葉に、室内の空気が凍りつく。
「・・・それが、よいのじゃ」
キヨは、なおも引かない。
エルが、堪えきれずに口を挟んだ。
「兄者。ユウ様は、特異な存在だ。あの姫は、有力な政略の駒にもなり得る。
トミ家の行く末を考えれば・・・妾にするのは、いかがなものかと思う」
「・・・私も、そう思います」
ノアが、弱々しくもはっきりと続けた。
サムも、力強く頷く。
その瞬間、
かつて仕えていた主の顔が脳裏に浮かんだ。
――グユウ様。シリ様。
あのお二人の子を、妾として囲うなど――。
サムは、ぎゅっと拳を握る。
その指先が、わずかに震えていた。
「キヨ」
ミミが、低く、しかし滑らかな声で告げる。
「あなたは、王になるの。今までのように、好き勝手はできないわ。
王に相応しい判断を、しなくてはならない」
「これは、相応しい判断だ」
キヨが、即座に言い切った。
その声に、迷いはない。
「・・・ユウ様を」
ミミの声が、わずかに詰まる。
「ユウ様を、妾にすることが――王として、相応しい判断なの?」
最後の一言で、ミミの声は、わずかに引き攣っていた。
「わしには、子がいない。このままでは、トミ家は一代で終わる」
重く、低い声だった。
「それは、ずっと分かっていたことです」
ミミは、感情を挟まずに告げる。
「兄者。だからこそ、甥のエドワードが跡を継ぐではないか」
エルも、一歩前に出た。
「だが、もう待てぬ」
キヨは、ゆっくりと首を振る。
「国王になる今こそ、血を残さねばならぬ」
ミミは、キヨの手にそっと自分の手を重ねた。
「なぜ、ユウ様なのですか」
問いは静かだった。
キヨは、わずかに間を置く。
そして。
「ゼンシ様の血じゃ」
短く、はっきりと告げる。
「ゼンシ様の姪。ユウ様が、わしの子を産めば――誰も、文句は言えぬ」
ミミの唇が、かすかに震えた。
「・・・どんなに願っても、子は望めません」
それでも、キヨは迷わない。
「ユウ様なら、わしの子を産んでくれる」
即答だった。
ミミは、静かに首を振った。
――子を産めない。
それは、長い年月、彼女自身をも縛り続けてきた事実でもあった。
願い、祈り、受け入れようと努めてきたこと。
それを、他人の口から“理由”として突きつけられる痛みを、
ミミは、よく知っている。
だが、キヨは気づかない。
キヨは、ミミの手を、さらに強く握りしめた。
「ユウ様が、男子を産めば」
言葉を選ぶことなく、続ける。
「トミ家は、“成り上がり”ではなくなる。
ゼンシ様――モザ家の血を引く、正統な家になるのじゃ」
その瞬間、
ミミの中で、何かが静かに、しかし決定的に崩れ落ちた。
「わしは、ユウ様に邪な気持ちなど持っておらぬ。
トミ家の行く末を考えて、ユウ様を妾に迎えたいのじゃ」
その言葉は、
自分自身に言い聞かせるようでもあった。
あまりにも迷いのない口調だった。
――それが、
どれほど自分勝手な理屈に聞こえているかを、
キヨだけが理解していなかった。
「・・・それは、あなたの都合です」
ミミは、すっと手を離した。
「都合ではない!」
キヨが、思わず怒鳴る。
「あのユウ様を・・・シリ様の娘を、
あなたの妾にするなど、許されることではありません」
「妾ではない!この家の未来なのじゃ!」
キヨは、必死に叫ぶ。
「・・・私は、認めません」
ミミは立ち上がった。
「ミミ・・・!」
キヨの呼び声に、初めて弱さが滲む。
――妃が認めぬ限り、
国王といえども、妾を迎えることは許されない。
それは、王家内部の争いを防ぐために定められた、
揺るぎない掟だった。
「・・・お前次第なのだ」
キヨは、懇願するように言った。
ミミは、何も答えず、静かに椅子を引いた。
「どうしても、ユウ様を妾にしたいのなら」
その声は、あまりにも冷静だった。
「ユウ様ご自身が、妾になることを望まれた時です」
その言葉に、ノアとサムは、思わずミミを見つめる。
――彼女こそが、最後の砦。
「・・・そんな・・・ミミ・・・」
キヨの声は、もはや掠れていた。
ミミは、その声を背に受けながら、扉へと歩いていく。
――これまで、どれほど多くの妾を許してきたことか。
キヨの女好きは、もはや性分であり、病のようなものだろう。
それでも。
――ユウ様だけは、だめだ。
それは、彼女の母から託された手紙があるから。
そして何より――
ミミ自身が、ユウという存在を、恐れているからだった。
あの瞳。
かつて夫が仕えた主――ゼンシの面影。
美しさと、強烈な毒。
無自覚なまま、周囲を狂わせる狂気。
扉の前で、ミミは足を止めた。
「・・・そういえば」
静かに振り返る。
「ユウ様が、こんなことを仰っていました」
その声は、どこまでも穏やかだった。
「理想の結婚相手は、お父上のような方が良いそうです。
――自分だけを想ってくれる方、ですって」
そして、ほんのわずかに微笑む。
「あなたとは、まるで違うタイプですね」
それだけを残し、ミミは扉を閉めた。
次回ーー本日の20時20分
王の欲望。
妃の拒絶。
そして――
姫が求めたのは、
「自分だけを想ってくれる人」だった。
その言葉を、
“理解してしまった男”と、
“見てしまった剣”がある。
戦が終わった城で、
静かに始まる婚礼の話。
誰が選ばれ、
誰の想いが切り捨てられるのか――。




