表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
秘密を抱えた政略結婚 ―血に刻まれた静かな復讐と、許されぬ恋の行方―  作者: 雨日
第6章 妹の婚姻 姫でいられた最後の一年
155/160

欲望が、言葉になった日

「ユウ様の婚礼について、お話をします」


ミミの声は穏やかだったが、

有無を言わさぬ響きを帯びていた。


「・・・ユウ様の、婚姻?」

キヨの顔色が、はっきりと変わる。


「そうです。ユウ様が先日、希望を伝えて参りました。妹姫たちの婚礼を、先に進めてほしい、と」


「なぜじゃ!」

驚きのあまり、キヨは立ち上がった。


「妹姫たちの幸せを、見届けたいとのことです」


ミミの背筋は、まっすぐだった。


「そんな・・・それでは・・・」

キヨの口から、情けない声が漏れる。


――南領の争いが終われば、

ユウ様を妾に迎えるつもりでいた。


その算段が、

ミミの手によって、音もなく握り潰された。


キヨの狼狽など、

ミミは見ていないかのように、淡々と続ける。


「ユウ様は、十七歳。末姫のレイ様は、十三歳です」


結婚適齢期は早く、二十を過ぎれば晩婚と見なされる。


「レイ様の結婚適齢期を待っていては、ユウ様が婚期を逃してしまいます」


「・・・十三で嫁がせても、良いではないか」

キヨが、ぼそりと呟いた。


「何か?」


鋭い眼差しが突き刺さる。


キヨは、反射的に背筋を伸ばした。


「・・・それならば」


ミミは、声の調子を変えない。


「遠い地の領主の元へ嫁がせるよりも、

近くにいる者と婚儀を結んだ方が、よろしいかと」


「・・・近くの者?」

キヨの口元に、思わず笑みが浮かぶ。


――それは、わしのことだ。


確信に近い手応えが、胸に満ちる。


それまで冷ややかだったミミの姿が、一瞬、後光に包まれたように見えた。


「そうすれば、ユウ様も安心でしょう。

近くで、妹姫たちの行方を見守ることができます」


「さすがじゃ! さすがだ、ミミ!」


キヨは、嬉しそうに膝を打った。


その様子を、ミミは静かに見下ろしていた。


「お相手は――」


一拍。


「イーライに、いたしましょう」


後ろに控えていたサムは、思わず顔を上げた。


――イーライが、ユウ様に対して秘めている感情。


それを知っているのは、自分だけだと思っていた。


だが。


ミミ様は、気づいておられる。


そう確信した瞬間、

サムの胸の奥に、じんわりと温かなものが広がった。


次の瞬間だった。


「なるほど。それは良い」

声を上げたのは、エルだった。


「イーライは、トミ家を支える次世代の若者だ。

あの二人は年の釣り合いも取れている」


キヨの弟――エルは、納得したように手を打つ。


「そうですね」

サムも、ゆっくりと頷いた。


「このまま、キヨ様の甥――エドワード様が跡を継がれた際にも、

イーライは、良き重臣となるでしょう」


自然と、表情が綻ぶ。


「近くに住まわれれば、ウイ様やレイ様にとっても、心強いはずです」

ノアも、静かに頷いた。


次の瞬間、キヨが拳で激しく机を叩いた。


「イーライは、ダメじゃ!」


憤怒の形相で叫ぶ。


「なぜですか?」

ミミは、顔色ひとつ変えずに問い返した。


「何が、ご不満なのですか?」


ミミは静かに口を開く。


「重臣たちも後押しをしております。イーライは聡い」

「あの子がいれば、トミ家は安泰です」


「イーライでは、家柄が釣り合わぬ!」

キヨは吐き捨てるように言う。


「ユウ様は、ゼンシ様の姪御ぞ!もっと、確かな家柄を――」


「でしたら」

ミミは、言葉を挟む隙すら与えなかった。


「リオウに、いたしましょう」


「・・・リオウ?」

キヨが顔を引き攣らせるのを見ながら、

ミミは静かに頷いた。


「コク家は、古くから続く家柄です。

リオウもまた、トミ家を支える次世代の若者」


その言葉に、ノアは思わず目を細めた。


――以前、仕えていたノルド城でも。


リオウは、確かにユウ様に恋焦がれていた。


一瞬、シュリの顔が脳裏をよぎる。


だが、乳母子という立場では、結ばれることはない。


あの若く、ひたむきな青年の想いが実るのなら――

それは、良いことだ。


「・・・リオウか」

エルが、低く呟く。


「この前の争いでも見事だった。 領地を与えても、よいだろうな」


「はい」

ノアが、はっきりと頷く。


「武力は申し分ありません。家柄も良い。なにより、真面目な男です」


「お二人は、従兄弟同士」

サムが、穏やかに言葉を添えた。


「結束を深めるには、良い釣り合いかと」


そう言ってサムは、静かに頷いた。


――リオウの想いの行方も、イーライの胸中も。


すべての想いが報われるわけではないことを、

サムは、嫌というほど見てきた。


その上で――


今、最も穏当で、血を呼ばぬ選択はこれだと。


そう判断していた。


「ならん! リオウはダメじゃ!」


キヨは甲高い声を上げ、両の拳で机を叩いた。


まるで、駄々をこねる子供のように。


「家柄の良いリオウがダメでしたら、どこの領主がよろしいのですか?」

ミミの声は、終始冷静だった。


「どなたか、すでに目星がついているのですか?」


――ついに、核心に触れた。


キヨは、視線を伏せる。


自分の野望を、はっきりと打ち明けた相手は、

弟のエルと、イーライだけ。


妻であるミミには、これまで一度も語ってこなかった。


――だが、今だ。


ここが、好機だと直感した。


「ミミよ」

キヨは、重々しく口を開く。


「わしは、まもなく国王になる」


「存じております」

ミミは、淡々と応じた。


「これまで、わしは努力してきた。

領民から成り上がり、ここまで来たのじゃ」


「・・・何を、仰りたいのですか?」

ミミは視線を逸らさず、まっすぐにキヨを見据える。


その沈黙に耐えきれなくなったように、

キヨは、ついに言葉を吐き出した。


「ユウ様は――」


一瞬、言葉が詰まる。


それでも。


「わしの、想い人にする」


ついに、

妻の前で――欲望を口にした。



次回ーー明日の9時20分


勝者として戻ったキヨ。

だが、城の中で始まったのは、別の“戦”だった。


イーライか。

リオウか。

それとも――王自身か。


誰がユウを「守り」、

誰がユウを「欲する」のか。


静かな執務室で、

婚姻という名の刃が、振り下ろ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ