子を成せぬ男
「あの男に、子を作る能力など――ない」
ユウの一言に、部屋はしんと静まり返った。
それは、誰も口にしないだけで――
皆が、わかっていることでもあった。
イーライは何か言おうと口を開き、そして閉じた。
言葉が、見つからなかった。
「あの男には妻もいる。妾も――それこそ四十人以上」
ユウは淡々と続ける。
「毎晩、楽しんでいるはずなのに、子は一人もできない」
その声音には、怒りよりも、確信があった。
「無理なのよ。相手が私であろうと、他の誰であろうと」
ユウは唇を噛み、言い切る。
「あの男と添い遂げれば――子を産むことなど、できない」
「子を授かるかどうかは、当人同士の相性ではなく・・・神の采配、とも申しますが」
イーライの声は低く、慎重だった。
重臣としての、当たり障りのない答え。
だが、ユウは首を振った。
「違うわ」
苛立ちを抑えきれず、声が強まる。
「皆が口にしないだけ」
イーライは視線を落としたまま、静かに続けた。
「今から二十年以上前に、妾との間に男児を授かったと聞いております」
ユウは、じっとイーライを見つめた。
「それ以降は――」
イーライは、その先を口にしなかった。
「その男の子は?」
「二歳で・・・亡くなられたそうです」
重い沈黙が落ちた。
ユウは、それ以上、何も言えなかった。
――とはいえ。
キヨの勝手な思い込みで、子を作る行為をするなんて。
想像しただけで、胃の奥がひりつく。
ユウは、自分を守るように、両腕で身体を抱きしめた。
その背後に、静かに気配が寄る。
シュリだった。
震える背中に、そっと手を当てる。
「ユウ様、落ち着いて」
低く、静かな声。
このままでは感情が乱れる――そう判断して、シュリは迷わず動いた。
「息を吸って・・・吐いて」
ユウは目を閉じ、指示に従う。
「カモミールを」
ヨシノが小さくイーライに告げる。
イーライは一瞬ユウとシュリに視線を向け、すぐに茶の準備に入った。
シュリが手を離す頃には、ユウの呼吸は深くなり、
瞳に宿っていた炎も、小さくなったように見えた。
――何とか、鎮まった。
シュリは、誰にも気づかれぬよう、ほっと息を吐く。
昔に比べ、ユウの感情の波は確かに穏やかになっている。
成長もある。
だが何より、ユウ自身が癇癪を抑えようと意識している――シュリには、そう見えた。
「どうぞ」
絶妙なタイミングで、イーライがカップを差し出す。
ユウは機械的に受け取り、口に含んだ。
「あれ・・・?」
思わず、カップを見る。
「カモミールなのに・・・甘い?」
「はい。ミルクと蜂蜜を入れると、より穏やかな心持ちになるそうです」
イーライは小さく頭を下げた。
「ありがとう」
ユウは、シュリとイーライ、そしてヨシノに向けて礼を述べた。
ユウは、もう一度、ゆっくりと息を整えた。
そして、以前から胸に引っかかっていた疑問を、静かに口にする。
「イーライ。あの男は、もう五十を超えているわよね」
「はい」
イーライは、静かに頷いた。
五十歳――
それは、この時代における平均寿命でもある。
「あの男に子がいないのなら」
ユウは視線を伏せたまま、続ける。
「弟のエルの子が、跡を継ぐの?」
「――それが、エル様のところにも・・・子はおりません」
「そう」
短い返答のあと、部屋に沈黙が落ちた。
ーーそういう体質の家なのかもしれない。
ユウの脳裏に、冷ややかな推測が浮かぶ。
「それなら、トミ家の跡取りは誰になるの?」
顔を上げ、淡々と問いを重ねる。
「国王になるのなら、後継候補を定めなければ、厳しいわよね」
「キヨ様の姉君のお子――キヨ様から見れば、甥にあたる方です」
「甥」
「エドワード様が、名目上の跡取りという形になっております」
「そのエドワードという方が、継げばいいわ」
感情の起伏は、もうない。
「・・・その人に、子はいるの?」
「はい。昨年、三人の男の子がお生まれになりました」
「三つ子?」
一瞬だけ、ユウの眉が動く。
「・・・いえ。妃、妾の方々から、それぞれ」
「そう」
ユウの声は、冷え切っていた。
「好色なところだけは、叔父に似たのね」
空気が、さらに冷える。
「キヨ様は・・・」
イーライは、言葉を選ぶように一拍置き、続けた。
「子を成すために、必死の努力を、なさっております。ですから――」
そこから先は、言えなかった。
言葉にすれば、
それはもはや「努力」ではなく、
歪んだ執着になってしまうからだ。
「・・・あの男が、戻らないのなら・・・幸せなのに」
ユウは、胸の内に押し込めていた思いを、どうしても口にせずにはいられなかった。
そう言ってから、
ユウは、はっとしたように口を閉じた。
――それは、国のためでも、妹のためでもない。
ただ、自分を守りたいという願いだった。
イーライは、伏目がちに視線を落とす。
それに同意できる立場ではない。
重臣としても。
――そして。
ユウの願いは、叶わなかった。
春が過ぎ、
季節はやがて、夏の盛りへと移ろう。
戦は終わりを迎え、
キヨは――勝者として城に帰還した。
次回ーー本日の20時20分
戦は終わり、勝者は城へ戻ってきた。
ただそれだけの事実が、
ユウの心と身体を、深く揺さぶる。
「怖い」
その一言を口にできたのは、
ただ一人――シュリの前だけだった。




