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キヨ、最大の天敵あらわる

◇サカイ城 執務室・隣室


「この荷は第三陣へ! 出航は刻限どおりに!」


イーライは、次々と領主へ指示状を飛ばしながら、

港での兵糧の積み込み、船の準備、時刻の確認を休む間もなく続けていた。


「・・・次の報告はどこだ」

朝から走り回り続ける彼のもとで、兵と船は慌ただしく動き出している。


その姿を見て、エルは苦笑しながらイーライの肩を叩いた。


「イーライはすごいなぁ。全部一人で回しておるではないか」


素直な称賛に、イーライは即座に首を振る。


「いえ、それでも・・・まだ準備不足です」


向かいで書類を整理していたサムが、「少し休んだらどうだ」と声をかけようとした、その時――


「イーライ」


執務室の扉からキヨが小走りで現れた。


途端にイーライは背筋を正す。


「キヨ様、どうされましたか」


キヨはイーライの肩に手を回し、扇で口元を隠しながら小声で囁く。


・・・囁くと言っても、エルにもサムにも、はっきり聞こえていた。


「ところでイーライよ。ユウ様は軍船を見て、何か仰っていたか?」


エルは露骨なため息をつく。


ーー兄者の病気・・・また“女好きの病”が始まった。


「はっ。誠に驚いておりました」

イーライは真正面を見据えたまま答える。


「そうか。わしの偉大さが実感できたと思うか?」


イーライは一瞬だけ目を伏せ、静かに返す。


「キヨ様のご威力を、ユウ様はその目で実感されたと思います。ただ・・・驚きが勝っていましたので」


その時、イーライの脳裏に“振り返ったユウ”が過った。


『あなたは出世するわ』


その言葉を思い出したのだろう。

能面のようなイーライの顔に、ごく僅かだが色が差す。


サムはその変化を見逃さなかった。


一方でキヨは、子供のように無邪気に笑っていた。


「そうか!そうか!ユウ様は、わしのことをいつも低く見積もっておる。

これで、あの頑ななユウ様も心がほぐれるかのう!」


顔が、だらしなく緩んでいる。


「はっ」


イーライは短く答えたが、代わりに弟のエルが呆れた声を出した。


「兄者、争いが迫っているんです。あの強気な姫に執着しなくても・・・。

女なんぞ他に山ほどおるじゃないですか」


「ユウ様は他の女と違う。特別なのじゃ」


「もう、いい加減に・・・。あの姫はシリ様の血を濃く継いでいます。

戦略的には良い“駒”です。妾にしなくても――」


「ユウ様は妾になどしない!」

キヨは声を張り上げた。


その発言に、イーライをはじめ、サムとエルも顔を上げた。


「妾にしないとは・・・?」

エルが戸惑うように質問をした。


「あのユウ様を、我が者とするのなら・・・他の女とは一線を引かないといけない。

毎晩、通うように特別な屋敷を建ててもいい。存分に夜を過ごせるように・・・」

話していて、キヨの顔がだらしなく緩む。


「それでは、妾と同じではないですか」

エルが呆れたように呟く。


「違う!その他大勢とは違う、特別配偶にするつもりだ!」


キヨが声を張り上げた、その瞬間。


「どなたを“特別配偶”になさるおつもりで?」


澄んだ声が扉の向こうから響いた。


振り向くと、キヨの妃・ミミが微笑んで立っていた。


次の瞬間、部屋の空気が凍りつく。


ーーいつから、この場に?


イーライの頭が、唸るような音を立てて回り始めた。


「み、ミミ・・・今日も美しいのぅ。目が覚めるようじゃ!」


口から生まれたような男・キヨは、慌てた末に“いかにも不自然な笑顔”を浮かべた。


「あなた。もしかして・・・ユウ様を妾にしたいと考えているの?」


ミミは、キヨの取り繕った褒め言葉など一切聞かず、

突然、核心へ切り込んだ。


「・・・と、とんでもない!」

キヨは顔を引きつらせ、扇をばたつかせながら言葉を捻り出す。


「ユウ様は特別なお方。どの領主に嫁がせるか・・・皆で頭を悩ませておるのだ。なぁ?」


横に並ぶ男たちに助け舟を求めるが、



エルは 嵐よ、早く過ぎろ とばかりに下を向き、

サムは書面を読むふりをしながら、目は泳ぎまくり、

忠実なイーライだけが前を向いて「はっ」と短く返した。


ミミは嘘をつくなと言わんばかりにキヨを睨んだ。


その視線に、キヨの身体はさらに小さく縮んでいく。


「もし、お悩みなら・・・リオウに嫁がせても良いのでは?」


その一言に、男たちは一斉に顔を上げた。


「リオウ・・・だと?」

キヨの声がひくく掠れる。


「ええ。リオウは十八歳、ユウ様は十六歳。年齢も釣り合っております」


ミミは穏やかに話す。その裏には――

“弟をなんとか推したいメアリーの願い”があった。


「ダメじゃ! あんな冴えない男はダメじゃ!」

キヨは大袈裟に首を振る。


「少なくとも、あなたよりは美青年でございますが」

ミミの冷静な追撃。


エルが咳払いをして議論に加わる。


「姉者、リオウは最近トミ家に仕えたばかり。将来性はありますが・・・武功はまだありません」


「それでは武功をあげれば、リオウをユウ様の伴侶にして良いのですか?」


「ならん!」

キヨが机を叩かんばかりに声を張り上げた。


ミミの目が細くなり、室内にぴりりと緊張が走る。


その空気を読んだイーライが、静かに口を開いた。


「ユウ様はゼンシ様の姪。

その血筋に相応しい有能な領主を・・・キヨ様は、日々お探しになっております」


その声はわずかに震えていたが、表情はいつもの能面のように崩れない。


「よう言った!」

キヨは扇を叩いて喜ぶ。


イーライの完璧な擁護に、ミミは眉を寄せただけだった。


そして――浮かれたキヨに、氷の刃のような言葉を突き立てる。


「なんにせよ。妾を得るのなら、妃である私の許可が必要です。

ユウ様が望まない限り、私は・・・あの方を“妾”など、絶対にしませんから」


刺すような眼差しでキヨを射抜く。


「お・・・おぅ。誠に・・・ミミは賢い・・・」


困惑と恐怖をごまかすように、キヨはひきつった笑顔を浮かべた。


扉が閉まった途端、キヨはイーライにしがみつくように寄ってきて、

そのまま身体を左右に揺らした。


「イーライ! どうしたら良い? ミミはユウ様を妾として認めない!!」


まるで、イーライにすがれば願いが叶うと信じているかのようだった。


イーライは目を伏せたまま、淡々と答える。


「まずは・・・ユウ様のお心を開くように努めれば、可能性はございます」


「心を開く、か。イーライは女を知らぬ割には核心をつくのぅ」


キヨの手の力がわずかに緩む。


だがその直後、再び熱を帯びた声で叫んだ。


「そうか! ユウ様のお心を開き、いずれはわしの――!!」


その瞬間。


ガチャ、と再び扉が開いた。


「誰の心を開くのですか?」


ミミの声だった。


深い井戸の底から響くような冷たい声が、部屋を凍らせる。


キヨは息を呑む。


ーー会話を聞かれている!!


一拍の間ののち、イーライが素早く声を出した。


「キヨ様は、民の心を開くため・・・日々ご苦心なさっております」


いつもの能面のような表情のまま、真正面を見据えて。


ミミはイーライ、そしてキヨの顔をゆっくり見比べた。


「・・・そう」


そう一言だけ告げ、扉を閉めた。


バタン。


キヨは椅子に崩れ落ちた。


「寿命が縮むかと思うた・・・」


エルがこめかみに手を当て、冷静に言い放つ。


「兄者。今は南西領に攻める準備をしておる最中。

女の話をしている場合ではございません」


「もう・・・十日も・・・女を抱いてない・・・」

しょんぼりと呟くキヨ。


「お言葉ですが、まだ二日でございます」

イーライは迷いなく訂正した。


エルが思わず吹き出しそうになる。


「ユウ様と話もできん・・・」

キヨの肩がさらに落ちる。


「ほら、兄者! 重臣と軍議をいたしますぞ!」


エルはキヨを半ば引きずるようにして部屋から連れ出した。


扉が閉まり、静寂が戻る。


サムがやっと顔を上げる。


一方、イーライは変わらぬ表情で仕事に戻っていた。


だがそのペン先は先ほどより軽く、

その横顔には――わずかだが、機嫌の良さが滲んでいた。


ふと、ユウの笑顔が脳裏に過ったのかもしれない。

次回ーー本日の20時20分

剣を振るう背中に向けられる、称賛と嫉妬。

“影”として生きる覚悟を問われながら、

シュリの心は、静かに揺さぶられていく。


姫を想う視線が重なりはじめたとき、

この想いは――まだ、守るだけで済むのか。

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